琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】自動販売機の文化史 ☆☆☆☆


自動販売機の文化史 (集英社新書)

自動販売機の文化史 (集英社新書)

内容(「BOOK」データベースより)
自動販売機の歴史は意外に古く、そのルーツは古代エジプトにまでさかのぼる。その後、一九世紀のイギリス、二〇世紀前半のアメリカで発展。日本にはすでに明治時代からあったが(日本人による第一号は1888年)、あまねく普及するのは二〇世紀後半のことである。今日の日本では全国津々浦々に普及し、その数は五五〇万台を超え、年間売上金額は七兆円に上る。世界一の「自動販売機大国」なのである。自動販売機はなぜ日本で発達したのか。自動販売機が人間や社会に与えた影響は何か。自動販売機の歴史と文化を豊富な図版を使って述べる。


自動販売機大国、日本。
この新書、その「自動販売機」のルーツ、そして、一般的なものとなっていくまでの歴史が紹介されています。

 自動販売機台数が世界でもっとも多い国はアメリカである。その数はおよそ760万台に達する(2001年12月末現在)。しかし、「日用雑貨の自動販売機が台数に数えられていない。これを加えれば、800万台になるだろう」と日本自動販売機工業会事務局長の黒崎貴氏はいう。日本はおよそ556万台(2001年12月末現在)、世界第二位の普及台数である。だが、アメリカの人口は2億8532万人(2001年7月1日現在)、日本の人口は1億2729万人ほど(2001年10月1日現在)。人口1万人あたりの台数は、アメリカ266台に対して(760万台で計算)、日本437台。人口対比自動販売機台数でいえば、日本は文句なしの世界一である。国土の単位面積比でいえば、さらに日本の自動販売機普及は群を抜いて世界一となる。
 自動販売機による売上高(業界用語で「自販金額」という)はどうだろう。これは日本がダントツの世界一である。年間の自販金額は7兆523億円(2001年)になる。

2003年に出た新書なので、紹介されているデータは10年以上前のものなのですが、日本は世界有数の「自動販売機大国」なんですよね。
自動販売機の総数では1位がアメリカ、2位が日本、3位ドイツなのですが、人口ひとりあたりでいうと、日本の自動販売機の数はアメリカよりも、ずっと多くなるのです。
海外旅行先で「自動販売機の少なさ」に違和感があった人も、少なくないはず。
言葉のコミュニケーションに不安があるだけに「自動販売機があればなあ……」なんて考えがちでもありますし。
ところが、自動販売機があっても使い方がわからなかったりするんですよね、困ったことに。


ちなみに、日本の自動販売機の数は、2011年末の時点で、508万4000台(日本自動販売機工業会調べ)だそうです。
日本国内では飽和状態となっているのか、ここ10年くらいは、ほぼ横ばい〜漸減傾向となっています。
自販機のなかで、もっとも比率が高いのは飲料自販機で、約49%。


この新書を読んでいると「ちゃんとお釣りが出て、トラブルがあればきちんと表示される日本の自動販売機」は、「世界に冠たる技術」だということが理解できます。
海外では「余計にお金を入れてしまっても、それは自己責任なので、お釣りは出ない」自動販売機も珍しくないそうです。

 海外と日本の違いは普及台数や自販金額ばかりではない。機能がおよそ異なる。たとえば、日本の飲料および食品自動販売機に、冷却および加熱装置がついているのは普通である。だが、海外でようやく見つけた自動販売機で飲料水を求めても、冬は熱く、夏は冷たい飲料水を手にすることはまるできない。いつもほぼ常温で出てくる。

現在普及しているような「ホットとコールドを切り替えられる自動販売機」が登場したのは、1970年代になってからで、日本で開発されたものなのだそうです。
僕が生まれた後だったのか……


また、この新書のなかでは、長年、アルコールやタバコの自動販売機が放置されてきたという「日本の自動販売機の負の歴史」についても言及されています。


この新書のなかで、僕にとって興味深かったのは、「自動販売機の歴史」でした。
もっとも古い「自動販売機」は、2000年前の古代エジプトアレクサンドリアにあった「聖水自動販売機」だったそうです。
「自動」といっても、乗せたコインの重みで、一定時間、水の出口を覆っている蓋が上がって、水が蛇口から出る、という原始的な仕組みのものでした。


その後、ヨーロッパの歴史に「自動販売機」が登場するのは、17世紀初頭のイギリスです。
上部のふたについている穴から半ペニー硬貨を入れると、留め金が外れて、上部の蓋が開く仕組みなのだとか。
これは「お金を入れると蓋があいて、嗅ぎタバコを自由に取り出せるようになる」のですが、一度開けてしまえば、あとはお客の良心次第で、「正直箱 Honour Box」と呼ばれています。
そんなの、たくさん持っていくやつがいて、商売として成り立たないのでは……と思うのですが、このシステムは20世紀のはじめくらいまで、続いていたそうです。
日本でもこの「正直箱システム」で野菜などを売っている店を、郊外の道路沿いなどでときどき見かけるのですが、これだけ長いあいだ続いているということは、「あなたの良心にまかせます」と言われてしまうと、案外、人間って悪いことができないのかもしれませんね。


その後も、切手やハガキ、切符の自動販売機などがイギリスで普及していきました。

 1893年には香水自動販売機がアメリカでもお目見えする。商店のドア、劇場、コンサートホールなどに置かれた。少し後の1902年、カナダでは、牛頭形の香水自動販売機が現れた。硬貨を入れて牛の角を握ると、牛の鼻から香水のスプレーが噴射されるものだった(本にはこの「香水自動販売機」の写真も掲載されています)。なんともキッチュな自動販売機である。これは香水の種類を選べない機種だが、数種類の香水から自分の好みの香水を選ぶことのできる自動販売機もあった。なお、香水自動販売機は、1940年代、50年代にもふたたび流行することになる。

こんな「香水の自動販売機」なんていうのもあったそうです。
「自動販売機のいま」については、2003年刊のこの新書はちょっと「古い」感じがするのですが、こういう「自動販売機の歴史」って、案外紹介されることが少ないので、貴重な内容だと思います。
そして、第二次世界大戦によるイギリスの荒廃によって、自動販売機大国の座は、アメリカへと移っていくことになります。

 1920年代にどんな自動販売機の改良が見られただろうか。
 1925年には、ウィリアム・ロウ William Roweが紙巻きタバコの自動販売機を発明する。これは多品種のタバコを売る販売機だが、タバコの値段は種類によって違う。多品種、多価格の商品に対応できる自動販売機だった。それゆえ、ロウの自動販売機をもって、「近代的自動販売機」の最初とされる。ロウの自動販売機を使ってタバコを販売しようとしたある業者は、当時、11セントないし12セントだったものを15セントで売れると強気に予想した。なぜならその自動販売機は「これまで以上に便利だから」だ、すなわち付加価値がある、と。結果は予想通りになった。タバコ自動販売機の分野では、数年後に15種類のタバコと三つの両替機のついた販売機がニューヨークはブロードウェイに登場。さらに29年には硬貨を入れると「有り難う Thank You」と声が出るタバコ自動販売機もつくられた。


 現在の日本に住んでいる僕は、「自動販売機で買うと、対面の煩わしさが無いので便利」である一方で、「自動販売機で買えるのなら、定価より高くても買う」というほどの付加価値を感じていません。
 しかしながら、1930年代はじめには、「短時間の映像が観られる」などの機能をつけたお菓子の自動販売機が、明治製菓江崎グリコによって開発され、大いに賑わっていたそうです。
 これらは、日本中に普及した、というわけではなく、「自動販売機そのものが、メーカーの宣伝になっていた」のです。
 日本にも海外にも、「自動販売機で買えることそのものが凄い」という時代があったんですね。


 この新書を読んでいくと、太平洋戦争後の日本での自動販売機数の増加は、日本の復興や景気動向とリンクしていたということがわかります。
 海外の自動販売機は屋内に設置されているものが多いそうなのですが、日本では屋外24時間営業のものが大部分です。
 これは、日本の治安の良さの、大きな証拠でもあります。
 確実にお金が入っている機械が、真夜中も路上に放置されているのですから。
 また、自動販売機の普及というのは「戦後の人手不足の時代への対策」でもあったのです。


 先述したように、この10年くらい、日本での自動販売機の数は頭打ちになっています。
 この新書は、その「停滞期」の前に書かれたものではありますが、「そこらへんに存在しているのが当たり前」の自動販売機というものについて、さまざまな興味がわいてくる一冊だと思います。
 タバコやお酒の自動販売機の現状とか、電子マネーの普及とか、そろそろ自動販売機について、新しい知見が出てくる頃なのではないか、と期待しつつ。

アクセスカウンター