琥珀色の戯言

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【読書感想】現代アート経済学 ☆☆☆☆


現代アート経済学 (光文社新書)

現代アート経済学 (光文社新書)


Kindle版もあります。

現代アート経済学 (光文社新書)

現代アート経済学 (光文社新書)

内容(「BOOK」データベースより)
アートは経済や政治と密接に関係している―。そしていま、世界の国々は文化政策に多額の予算を割き、芸術分野の対外発信事業に力を入れている―。それはなぜか。「経済的な都市おこし」を目的としたヴエネツィア・ビエンナーレに代表される大規模国際展、経済動向を色濃く映し出す「アートフェア」やアジアのオークション事情、さらにはギャラリストやキュレーターといった「時代を動かすキー・プレイヤー」の動きから、美学や美術史の観点では語られることのない、「現在進行形・アートの見方」を包括的に示すとともに、日本の文化的プレゼンス向上に向けたヒントを探る。


 現代アートが世界各国におよぼしている「経済的な影響」の話。
 僕は現代アートの作品に対する観賞眼はまったく無いのですけど、「中国では経済成長に伴って、『投資先としての現代アート』が盛り上がっている」というのをテレビ番組で観て、ちょっと気になっていたのです。
 とはいえ、アートの「作品」について紹介した書籍はあっても、「お金の話」となると、なかなか「ちょうどいい入門書」というのは無いんですよね(まあ、僕も積極的に専門書を探していたわけじゃないんですが)。
 そんな中、書店でこの新書を見つけ、読んでみました。

 なぜ、多くの国々は文化政策に多額の予算を割き、芸術分野の対外発信事業に力を入れているのでしょうか。
「文化の国」と自他ともに認めるフランスの文化予算は年間5163億円です。この額は、我が国の5倍以上にも上ります。
 アジア地域に目を転じれば、韓国は1659億円と、およそ日本の1.5倍ですが、中国は700億円と、今や世界第2位の経済大国にしては控え目な数字となています。しかし、各国の前国家予算に占める割合で見れば、中国は0.25%と、日本や米国を上回り、韓国に至っては0.87%と、唯一、1%を超えるフランスを猛追しています。また、韓国の人口がおよそ5000万人に過ぎないことを考えれば、国民1人あたりの予算額がいかに多額であるか、ご理解いただけると思います。


 アート、とくに現代アートというのは「金持ちのパトロンの道楽」みたいなものなんじゃないの?と僕は思っていたのです。
 お金が余っている人が、採算度外視で支援するものなんだろう、と。


 ところが、この新書を読んでみると、「アートへの支援」というのは、もはや、「個人の道楽」レベルのものではなくなっているのです。

 国際社会の中で文化的価値を活用して広く世界に働きかけることは、自らに有利な国際環境を形成し、外交政策や対外交渉を有利に進めるだけでなく、企業の対外経済活動にも大きな影響を与えます。特に、「パブリック・ディプロマシー」といわれる、直接的な世論形成においてその傾向は顕著です。歴史認識や領土を巡る情勢で激しく火花を散らしながらも、日本における根強い韓流ブームや、中国における日本アニメーションの高い人気はその好例といえるでしょう。
 また、地域における活発な文化・芸術活動や美術館を始めとする文化施設の充実は、世界中から多くの観光客を集め、時に莫大な経済効果を生み出します。加えて、新しい住民の流入や、企業・産業の誘致にもその効力を発揮します。
 前者は、およそ半年間の会期中に、世界中から44万人以上の入場者を集めるヴェネツィアビエンナーレや、年間1000万人近くの入館者が訪れるパリのルーブル美術館がその代表です。後者は、グッデンハイム・ビルバオ(スペイン・バスク自治州)による都市の再生が好例といえるでしょう。同館はオープンから5年で、開館投資額の約10倍にあたる7億7500万ユーロ(約945億円)以上の直接的経済効果を地域にもたらしています。
 さらには、こうした国家や地方自治体予算による文化事業以外にも、芸術は経済と密接に関わっています。
 一節によれば、米国における文化、芸術、教育関連の寄付金総計は年間20兆円を超え、英国ですらその額は1.6兆円に達するといわれています。
 また、世界の美術品オークション市場を見れば、トップの米国が65億ユーロ(約7540億円)、次いで中国が59億ユーロ(約6800億円)と、それぞれ約30%のシェアを占め、マーケットを二分しています。もっとも、これらは2010年の数値なので、現在では中国の落札額、市場占有率は大幅に増加しているはずです。


 日本では、予算を削減する際に、芸術・文化関連のものが槍玉に挙げられがちなのですが、「アートを支援することは、経済的にも大きなメリットがある」というのが、世界の認識になりつつあるのです。
 自分の国の文化が他国で受け入れられれば、国のイメージアップにもつながりますし。


 また、僕にとってはよくわからない「現代アート」の作品にも、高い評価額がつくようになり、その展示・売買方法も大きく変わってきていることが紹介されています。

 美術館以外で、しかも美術館では取り上げられないような最先端のアートを見る場所といえば、これまでそれはギャラリーであり、アート作品を買う所といえば、ギャラリーかオークション・ハウスでした。しかし、ここ数年、その役割がアートフェアに取って代わられつつあり、それにともなってその影響力も非常に大きくなっています。
 アートフェアとは、一言で言えばアートの展示即売会です。3〜4年間の会期中、コンベンション・センターや見本市会場に設えられた、数百のギャラリー・ブースを目指し、世界中からコレクターが集まってきます。
 今や毎月、いや毎週のように世界のどこかでフェアが開催され、しかもここ数年、その数は著しい増加傾向にあります。こうした飽和状態の中、各フェアの主催者は、ブース出展者であるギャラリーと、来場、作品購入者であるコレクター双方の誘致を図るため、熾烈な競争を繰り広げています。


 これらのアートフェアのなかで、現時点で世界最高峰とされているのが、毎年6月にスイスで開催されている「アートバーゼル」なのだそうです。
 開催期間中、近隣の空港は、世界中から集まるお金持ちのコレクターのプライベート・ジェットで満杯になるのだとか。
 お金っていうのは、いつの時代でも、あるところにはあるのだなあ、と。
 それまで、ギャラリーとの個人的なつきあいで売買されることが多かったアートなのですが、この「アートバーゼル」では、「早い者勝ち」が徹底されています。
 それまでの実績や知名度にかかわらず、いちばんに「買います!」と言った人に購入権がある。
 こうした合理性が、人気を高めているのです。
 もっとも、VIPに対しては、一般公開の前日に入場して商談ができるという「特典」もあるようです。
 それはそれで「合理的」ではありますね。


 ちなみに、これらのフェアは、急速な経済発展をとげているインドネシアや中国、そして、国策のひとつとしてアートフェアにも力を入れているシンガポールなど、アジアがひとつの中心地となってきているのです。
 日本も、横浜など各地でアートイベントが開かれているものの、一般の人たちへの浸透度や盛り上がりは、これらの国々と比較すると、まだまだ、という感じです。


 とくに、中国のアート関連の市場規模は、すごい勢いで膨張しているのです。

 かつて戦乱や内戦、文化大革命などの混乱期に海外に流出した文物が、中国の経済的成長にともない、現在では猛烈な勢いで同国に戻りつつあります。このような現象は「海外回流」と呼ばれ、今やこの分野を中心に、同国のオークション市場は驚異的なスピードで成長し続けています。
 他の新興産業同様に、1990年代以降開放政策によって誕生したオークション市場(総落札額)は、2000年には12億5000元(175億円)に過ぎませんでしたが、およそ10年で約45倍の553億元(7740億円)にまで拡大しています。

 いまや、世界のオークション会社トップ10の内、5社が中国のオークション会社なのだそうです。
 1位がクリスティーズ、2位サザビーズという両巨頭が並んだあとの3位が、中国のポーリー・インターナショナル・オークション。
 

 そして、アートの評価額についても、近年、大きな変化がみられてきているのです。

 サザビーズ・ジャパンの石坂泰章社長は同社のニュース・レターの中で「現在の美術品相場を大雑把に申し上げると、印象派〜現代のマスター・ピースだと20億円以上、ピカソ、モネの代表作で50億円以上、1世紀を代表する作家の希少性の高い作品は100億以上、セザンヌとかジャスパー・ジョーンズクラスの最高の紙作品で25億円といったところだ。当時と大きく違うのは、トップ作品の相場に印象派と現代、絵画と彫刻という区別がなくなった点だ。以前は彫刻の価格というのは、絵画に比べると著しく低かった。だから、日本の実業家が1990年にサザビーズルノワールの『ムーラン・ド・ギャレット』を8250万ドル、当時の円貨で119億円で落札したのが、いかに凄かったかお分かりいただけると思う。ちなみに、その後、あの作品に匹敵するルノワールは市場に登場してきていない。現代美術でも、日本の画商が抽象表現主義のデ・クーニングの作品を2068万ドル(約30億円)で落札して、周囲の度肝を抜いた。現在この作品はこの数倍するだろう。いかに買われた方に先見の明があったかが分かる」と書いておられます。


 ルノワールはともかく、デ・クーニング、ご存知でしょうか?
 僕はWikipediaで調べてしまいました。

 ジャクソン・ポロックと並ぶ「アクション・ペインティング」の代表的画家で、抽象表現主義の創始者のひとりと言われている。

 デ・クーニングは、1904年生まれ、1997年没。


 高い価格で落札される絵画といえば、ピカソゴッホなどの教科書に出てくるような歴史的有名画家の作品、だと思い込んでいたのですが、そういう感覚はもう時代遅れで、「トップ作品は、現代アートでもすごい値がつく」のです。
 それには、いまの「アート」というのが、観賞するためのものだけではなく、富裕層にとっての「投機対象」になっている影響もあります。


 もはや「金持ちのパトロンの道楽」ではなく、「国策」や「地域再生の切り札」、そして「投機対象」となっている「アート」の現在。
 ゴッホフェルメールの生活ぶりを考えると、隔世の感がありますが(時代が違うのも事実なんですけど)、いろんな意味で、日本はまだまだ「アートをうまく利用できていない国」なのかな、という気がしてくるのです。

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