琥珀色の戯言

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【読書感想】「ニッポン社会」入門―英国人記者の抱腹レポート ☆☆☆☆


「ニッポン社会」入門―英国人記者の抱腹レポート (生活人新書)

「ニッポン社会」入門―英国人記者の抱腹レポート (生活人新書)

内容(「BOOK」データベースより)
日本社会について手っ取り早く学びたければ、近くのプールに行ってみることだ。規則と清潔さを愛し、我慢強く、大きな集団の悪事に寛容な国民性が理解できるはずだから。過剰なまでに礼儀正しく親切な人々、思ったより簡単で奥深い日本語、ガイドブックには載っていない名所の数々…。14年間日本に暮らす英紙記者が無類のユーモアを交えて綴る、意外な発見に満ちた日本案内。


 2006年、いまから8年前に出た新書です。
 イギリスの『デイリー・テレグラフ』紙の記者であり、1992年に来日し、日本語を学んだのがきっかけで、14年間日本に住んでいる著者がみた「ニッポン社会」。


 これを読んでいると、日本でずっと暮らしている僕にとっての「あたりまえ」は、イギリスから来た著者にとっては、必ずしもそうではない、ということがよくわかります。
 というか、あらためて指摘されてみると、「これはやっぱり、おかしいよな」と思うんですよね。

 プールでは日本人の信じられないような我慢強さを目にすることもある。たとえば、とても泳ぎの遅い人が中級者向けのレーンで泳いでいるようなときだ。そんな場合、そのレーンで泳いでいる人たちはみな平泳ぎになって、辛抱強く列を作り、問題となっている人が出ていってくれるのをひたすら待っていたりする。そのうち、別のレーンに移る人もちらほらと出始める。つまり、ひとりの人に丁寧な口調で「初級者向けのレーンで泳いではいかがですか」とお願いするよりも、あえて不便な思いをするのもやむをえないと考える人が6、7人いるわけだ。追い越しは禁止なので(これも規則のひとつ)、行く手を塞ぐ人に出くわしたら、くるっと方向転換をして逆向きに泳がねばならないこともある。そして、これをプールを何往復かする間、くり返さなければならないのだ。
 多くの人にとって明らかに迷惑であるにもかかわらず、このように個人を大切にすることは美徳と言ってよいだろう。そして、おそらく、この我慢強さこそが人口が多すぎる日本列島を曲がりなりにも暮らしてゆける場所にしている要因にちがいない。
 しかし、日本人は大きな集団に対して法外な敬意を払っているということも指摘しなければならない。居酒屋で二十人くらいのグループが、隣りのテーブルで会話をしているカップルに少しの配慮もなく、大声を出して騒ぎたてたりするのはその好例だ。

 このプールの話も、居酒屋の話も、「あるある」という感じです。
 前者に対しては、「個人を尊重する」というよりは、「自分がその遅い人に直接『移ってください』と言う貧乏くじを引くのがイヤ」というのが実際のところです。
 こういう場合、えてして、その遅い人も、「初心者用のレーンが別にある」というのを知らなかったりもするのですけど。
 そして、後者の場合は、カップルのほうも、うるさいな、と思いつつも、「まあ、団体さんだから、騒がしくてもしょうがないよね」と、なんとなく納得しているのです。
 言われてみれば、「団体だからといって、他の客の迷惑になるレベルまで騒いでもいい」ということはないはずなのに。
 こういう「大きな集団への法外な敬意」っていうのは、言われてみれば、たしかにそうだな、と。


 著者は、日本の文化や社会、そして言語に対して、「日本大好き!」と手放しで絶賛するわけでもなく、さりとて、「こんなにヘン!」と茶化すだけでもなく、「良いところは称賛し、問題点は指摘する」という姿勢で、英国的なユーモアもまじえつつ、この新書を綴っているのです。

 さて、もう何年も日本語を勉強してきたのだから、ぼくのお気に入りの日本語表現ベストスリーなるものを挙げても許してもらえることだろう、
 まず第三位は「勝負パンツ」。この言い回しを聞いて、感心しなかったイギリス人の友人はひとりもいない。大事なデートの前に着ける下着を指す言葉に関して、日本語ほど正直な言語はほかにあるだろうか? 『ブリジット・ジョーンズの日記』があれほどのヒット作になったのは、何百万人もの独身女性が「こんなふうに思っているのは自分だけかしら」と思っていることを率直に表に出したからである。重要な局面を前にしてブリジットが下着を穿き替える場面もそのひとつだ。この場面を見て、多くの女性は(そして、少なからぬ男性も)心の中で「ほかの人もやってるんだ!」と思ったことだろう。もし、日本語を知っていたなら、彼らはこれが社会に広く行き渡った慣習だともっと早く理解できていただろうが。


「勝負パンツ」というような表現って、英語にはないんですね。
 というか、日本語としても、比較的新しい言葉だとは思うのですが。
 ちなみに、著者の「ベストスリー」の第二位は『上目遣い』、第一位は『おニュー』だそうです。

 そして、これこそが東京の魅力だろう。この街に住む人々だ。ふだん他人からこれほど礼儀正しく接してもらえる都市をぼくは知らない。東京の人は余計なことにまで口を突っ込んでこないし、一方、こちらから話しかければ気さくに受け答えをしてくれる。うれしいことに、そこから喧嘩になってしまうことはめったにない。
 ガソリン・スタンドの従業員がお辞儀をしてくれると心が和む。歩道で工事をしているとき、工事現場をすでに円錐形の標識ではっきり示してあるのに、棒状の誘導灯を振って歩行者に回り道をするよう指示する人がはたして必要なのか、ぼくにはわからない。しかし、その人がまるで航空管制官のように注意深く熱心に、与えられた仕事を遂行しているさまには心から敬服してしまう。また、ぼくは東京のスーパーの女性店員に特別な敬意を抱いている。もしレジ打ちの速さや技量についての世界ランキングがあるとしたら、間違いなく日本が第一位だろう。こうした日常の光景を目にするたびに、ぼくは東京では人は自分の仕事に誇りを持ち、自分が住むコミュニティーやそこで出会う他の人々のことを大切に思っているのだとあらためて痛感させられるのである。


 こうして、外国人の目から語られると、やはり、日本の「おもてなし」というのは、特異的なものなのだという気がしてきます。
 ふだんからこの国で生活していると、「あたりまえのこと」で、ちょっと店員さんの態度が悪かったりすると、不快になりがちなんですけどね。
 自分の「良さ」って、なかなか、自分ではわからない。


 著者は、ジャーナリストとして、日本の大新聞の圧倒的な購読者数への羨望とともに、こんな「日本の新聞への問題提起」も行っています。

 しかし、日本の新聞がイギリスの新聞から学ぶべき点もあると思う。レベルの低い報道にとどまることも多いとはいえ、『テレグラフ』は少なくとも海外のニュースを伝えようと努力している。それに対し、日本の新聞は巨額の予算がありながら、国際面に割くスペースがあまりに小さい。日本人の知り合いに『テレグラフ』を見せると、みんな記事のバラエティーの豊かさに目を引かれるようだ。硬い記事もあれば、軽い記事もあり、長い特集記事や別立てのスポーツ面もある。記事によって文体も違うし、写真やレイアウトもよく工夫されている(日本の人には、紙面に女性をテーマにした記事が多く掲載されていて、しかもそれが女性記者によって女性読者に向けて書かれていることが多いのも新鮮なようだ)。


 8年前に書かれたものなので、日本の新聞も変わってきているところはあります。
 とはいえ、たしかに日本の新聞というのは、ひとつの新聞のなかの、あるいは、新聞どうしを比較しての「バラエティーの乏しさ」は感じます。
 まあ、僕はそれほど海外の新聞のことを知っているわけでは、ないのですけど。


 入れ込みすぎず、突き放しすぎずに日本という異国について書かれた、なかなか興味深い新書だと思います。
 ちなみに、この本のなかで著者が語る、イギリスの話も、けっこう面白いんですよ。
「イギリス人と日本人は似ている」なんて言うイギリス人は誰もいない、とかね。

 

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