琥珀色の戯言

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【読書感想】映画館と観客の文化史 ☆☆☆☆


映画館と観客の文化史 (中公新書)

映画館と観客の文化史 (中公新書)


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
映画はいったいどこで見るべきものなのだろうか。ホームヴィデオの普及以降一般的になった、個人的な鑑賞は、果たして映画の本来的な姿から遠ざかってしまったものなのだろうか。本書は、黎明期から今日までの一一〇年間の上映形態を入念にたどりながら、映画の見かたが、じつは本来、きわめて多様なものだったことを明らかにする。作品論、監督論、俳優論からは到達し得ない映画の本質に迫る試みである。


 人々は「映画」をどのように観てきたのか?
 映画の「作品」についての歴史は、よく目にするのですが、「観客は、どんな場所で、どのように映画を観てきたのか」についてまとめられたものは、これまで読んだことがありませんでした。
 2006年に紙の新書が出て、2014年に電子書籍化されたものなので、2006年以降の映画館の動向は書かれていませんが、大まかな流れが掴める、なかなか興味深い内容でした。

 映画は2005年に110歳をむかえた。しかしこれは映画が発明されて110年になるという意味ではない。映画を撮影し上映するのに必要な機材は、それ以前(1895年以前)にすでに実用化されている。では2005年を映画生誕110年と呼ぶのはどういうことなのか。それは映画が今日の上映形態に近いかたちで初めて公共の場所でスクリーンに投影され、それを見るために一般の観客が一堂に会したのが、ちょうど110年まえのことになるということである。つまり映画がのちに映画館となりうるような場所と状況で公開された1895年をとりあえず映画史元年としているのである。


 なぜこのようなテーマで語ることを選んだのか?という問いについて、著者は、次のように説明しています。

 それにしてもなぜ映画館と観客なのだろうか。今日、映画館について論じることは、ことによったらなにかしらノスタルジックな仕儀だと思われかねないかもしれない。しかし問題は映画館の懐旧的な分類にあるのではなく、実はすごぶる現代的な課題にある。今日、大型プラズマTVでDVDの映画を見ることは、かつての小型ブラウン管TVで非ディジタル放送の映画番組を見ることと決定的に違う体験である。にもかかわらず、このふたつの体験を、ひとは「映画を見た」という同じひとつの言葉でかたづけることができるかのようにふるまっている。
 そもそも最初の大きな転換期はやはり1980年代のVCR(ヴィデオ・カセット・レコーダー)の普及によってはじまった。VCRによって「映画を見る」ことは、それまで映画館で「映画を見る」ことから大きく意味を変えた。観客は映画を一時停止したり、巻き戻してくりかえし見たりするようになった。映画館で見ていたような直線的で一過性の受動的な見方だけでなく、ノンリニアで反復的な能動的見方をするようになったのである。これは今日のDVDプレイヤー期にまでおよぶ「映画を見る」ことの大きなパラダイム変換であった。
 そしてそれはいわば映画を「読む」ことを可能にした。かつて写本時代には書物は大量複製品ではなかったがゆえに、おいそれと個人で読めるしろものではなかった。書物は大量生産物になることによって、はじめて個人的に「読む」ことができるようになった。同じように映画はヴィデオテープの出現によってはじめて個人的に「読む」ことができるようになった。

 著者は、このように「映画を見る環境が変われば、観客の映画の見方も変わってくるのが必然」だと述べています。
 そして、VCRの出現はその変化のなかでも、もっとも大きなもののひとつではあったのですが、それ以外にも、1920年代の「映画宮殿」で見る映画体験と、現代のシネマコンプレックスで見ることや、「TVで映画を見ること」など、さまざまな「見かたの変化」が、映画の歴史にはあったのです。

 本書で論じられる映画館(映画上映施設)と映画装置の主たるものはおよそつぎのとおりである。
 映画装置としてはキネトスコープ、パノラム、VCR、ケーブルTV、ホーム・シアター、インターネット等、映画館としてはニッケルオディオン、ピクチュア・パレス、ドライヴ・イン・シアター、シネマ・コンプレックス、アイマックス(オムニマックス)・シアター、そのほかにも初期の巡回興行や遊園地でのヘイルズ・ツアー興行から今日のテーマパーク内映画館についても論じられるだろう。

 
 よく聞く言葉から、耳慣れない言葉まで。
 この新書では、「映画館の歴史」に沿って、これらの装置や施設が紹介されていきます。
 読んでみると、「映画の観かた」というのは、ずっと今のようなものだと思い込んでいたけれど、僕が子どもの頃、30年前には、地方では「2本立て、座席指定なし、入れ替えなし」が普通だったんですよね。
 最初は「1本しか観られないなんて、お金がもったいないな」と思っていたのに、今は「2本続けてなんて、体力がもたないよ」って感じだものなあ。

 そもそも映画史最初期において映画は映画館で見るものではなかった。映画を見ることが映画館へ行くことを意味するようになるのは、後述するように遅くとも1905年ころまで待たなければならない。それまでの10年近く、映画はもっぱらヴォードヴィル劇場などで他の演し物(ライヴ・パフォーマンス)とともに添え物的に上映される存在にすぎなかった。通常ニッケル(5セント硬貨)一枚で映画が見られるニッケルオディオンと呼ばれる常設映画館がアメリカで流行しはじめる1905年ころまで、映画は今日言うところの映画館とほぼ無縁の存在であった。
 映画館が登場するまえのそうした前映画館期(1894年ころから1903年ころにかけて)、特許王トマス・エディソンの「発明」になる(じっさいの開発者はウィリアム・K・L・ディクソン)キネクトスコープと呼ばれる、映画館とはいっさい無縁の箱形映画装置がデパートやドラッグストアやホテルやパーラーに設置されていた。これは実質的に映画を見る世界最初の装置のひとつだった。この箱形映画装置が映画館(の暗闇)を必要としなかったのは、それが観客がひとりで木箱のなかを(成年男子ならかかえこむようにして)覗きこむ非投影式の映画装置だったからである(35ミリ幅のフィルム・リールが箱のなかで電動で回転し、背面から光をあてられたフィルムが拡大鏡を通して掌サイズほどに拡大されて覗き窓から見えた)。


 「映画(動画)」が最初に世に出たときは、立って箱の中を覗き込む、というものだったそうです。
 「上映時間」は、30秒程度。
 今から考えると、子ども向けの科学雑誌の付録にでもついてきそうなものなのですが、当時は「動画」が見られるというだけで、衝撃的な体験だったんですね。


 その後、サイレント時代は、大きな常設劇場で、オーケストラや弁士のサポートを受けて「上映」されるようになり、映画は「大勢で観るもの」になっていきました。
 トーキーの時代になると、ドライブインシアターのような形式も、とくにアメリカでは普及していきました。

 ドライヴ・イン・シアターがアメリカで本格的な流行を見るには第二次世界大戦後を待たなければならない。終戦直後、全米でまだ100館しかなかったドライヴ・イン・シアターが、大衆車文化の到来とベイビー・ブームと住宅地の郊外化の波にのって1950年代初頭にはその30倍に増える。なにしろ戦後の二大購買対象は車と家といわれ、新車販売台数は1945年の7万台から5年後の1950年には6700万台へと飛躍的に増大し、また戦後10年間に新たに建設された住宅1300万軒のうち1100万軒が郊外に建設された。新たに宅地開発された郊外には歩いて行けるほどの近所に映画館はなく、その供給不足をおぎなったのがドライヴ・イン・シアターである。屋内映画館よりもはるかに建設費が安くすみ、郊外の安価な土地を潤沢につかった新たな映画館建設は有望視された。そして郊外に家をもち、車で都市の職場に働きにでる若い夫婦のあいだに戦後ぞくぞくと子供が生まれる。1940年に誕生した新生児は260万人にすぎなかったが、1950年には年間出生人口はじつに400万人に達した。それゆえドライブ・イン・シアターはベイビー・シッターを雇う余裕のない若い夫婦に、たとえ上映中に赤ん坊が泣いても周囲に迷惑をかける心配のない、もっとも経済的な娯楽として受容された(赤ん坊は両親が前部座席で映画を見ているあいだ後部座席で眠っていることが期待された)。


 ドライブ・イン・シアターがアメリカで広まっていったのには、こういう社会背景があったのです。
 車の急激な普及と、子供の増加、そして、郊外に安価な土地があったこと。
 なんで、わざわざ車に乗って映画を見なくちゃならないんだ?と思っていたのですが、こうしてみると、たしかに「合理的」だったんだな、と。
 赤ん坊が、その状況でぐっすり眠れていたのかは、わかりませんが。
 まあでも、赤ん坊って、周囲の環境云々っていうより、眠るときには眠る、って感じではあるものなあ。
 そして、ドライブ・イン・シアターが、日本では普及しなかった理由もわかります。


 1980年代以降、ホームビデオの普及によって、映画は「個人で観るもの」に再度戻っていったものの、最近は3D映画やシネコンの隆盛などによって、「より気軽に、より迫力のある映像と音を、大画面で、みんなで観る」ほうへ揺り戻しがきています。
 「自分で、好きなときに、好きな作品を見ることができる」時代にもかかわらず、「映画館で見る」ことにこだわる人って、少なくないんですよね。


 みんなで見ていると、ひとりで見たくなり、ひとりで見ていると、みんなで見たくなる。
 実際は「ひとりで好きな映画をいつでも見られるようになった」のは、ほんの30年くらい前、なんですけどね。
 そして、最近は「最初からDVD化されることを前提とし、DVDも含めて制作費を回収する映画づくり」と、「お金をふんだんに使った、遊園地のアトラクションのような、映画館での体験を重視した作品」に二極化しているようにも見えます。
 「見られかたの変化」は、作品の内容にも、影響を与えずにはいられないのです。


 この新書では、映画の観られかたの歴史が詳しく書かれており、なかなか興味深い一冊です。
 こうして歴史を辿ってみると、いまから30年後も、まったく違った映画の観かたをしている可能性が、十分あるわけですよね。