琥珀色の戯言

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【読書感想】世にも奇妙なマラソン大会 ☆☆☆☆



Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
サハラ砂漠でマラソン!?ある深夜、ネットでサハラ・マラソンなるサイトを見つけた著者。酔った勢いで主催者に参加希望のメールを送ったところ、あっさりと参加を認める返信がきた。開催まではたった二週間あまり。15キロ以上は走ったこともないランニング初心者の闘いがいま始まる―。表題作のほか、「謎のペルシア商人」など著者の“間違う力”が炸裂する超絶ノンフィクション作品集。


『謎の独立国家ソマリランド』もベストセラーとなり、絶好調の高野秀行さん。
これは、そんな高野さんの「無謀で無防備な旅」のシリーズの一冊として、本の雑誌社から出ていた単行本を文庫化したものです。


 表題作の『世にも奇妙なマラソン大会』が、260ページくらいある中の半分くらいを占めているのですが、これを読んでいて驚きました。

 このバスはみんな民族主義者の集団かと警戒したのだが、今度は幸い、話はすぐマラソンに移った。こんな体型だが、彼は歴戦のツワモノらしい。これまでスウェーデンやらイスタンブールやら、世界中のマラソンを走りまくっているという。
「いちばん面白かったのはキューバハバナ・マラソン。市内の交通が止まらないから、車の間を縫って走るんだ。あれは楽しい。人もいいしな。みんな躍りながら応援してくれるよ。また出たいな。アメリカが侵略しなきゃいいんだけどな」と言う。
 私たちの話を聞いていた、なにじんかよくわからない人が会話に入ってきて、「南極マラソンもいいぞ」と言う。ほんとうに南極の氷の上を走るんだそうだ。
「沿道の応援はペンギン」とまさにベタベタなマラソンであるが、やはり楽しそうだ。他にも、夜明けから夕暮れまで大草原を走るモンゴルの「サンライズ・トゥ・サンセット・マラソン」だとか、インド・ガンジス川の上流をヨガの行者を見ながら走る「ガンジス・マラソン」とか、話は地球規模で――しかもベタに――展開する。すっかり彼ら猛者と同じ気分になり、私も片っ端から出場したくなった。急性マラソン中毒とでもいうのだろうか。まだ一回も走っていないのだが。今度は政治性は急に消え、あるのは純粋にランナー熱だ。
 当のサハラ・マラソンの情報も仕入れることができた。ドイツの愛国おじさんの言うには、「前半の二十キロは地面が固くてわりとラクだが、後半二十キロは砂が多くてきつい」、そして「約三十キロ地点に木が一本だけある」。

 日本ではマラソンブームが続いており、レースに参加するための抽選に通ることすらひと苦労、なんて話を耳にするのですが、世界には、こんな「異色のマラソン」がたくさんあるんですね。
 ただ参加者が勝手に走るだけならともかく、「大会」となれば、途中に給水所もつくらなければならないし、怪我をした人、走れなくなった人を救助するための手はずも整えなくてはならないわけで。
 これを読んで「南極マラソン」なんて、本当に存在するのか?と検索してみたのですが、確かに行われているみたいです。
 主催するほうもするほうだけど、参加する人も参加する人だよなあ。


 このサハラ・マラソンなのですが、単なるスポーツイベント、というわけではないのです。

 キャンプを歩いていても、子供たちがピカピカのペンや玩具を持って歩いているのによく出くわす。
 実は、出発前、ディエゴからの通知メールで、「筆記用具や玩具などを持ってきてくれれば、サハラの子供たちは喜ぶだろう」と書かれていた。
 だから私たち三人も少なからず持ってきていたのだが、すべて「家に余っている筆記用具」であった。捨てるのはもったいないからこっちの子に使ってほしいという感覚である。
 ところが、どうも、ヨーロッパでは中古のいらない品をあげるという感覚が薄いようなのだ。当然のように、新品を買ってあげている。もらう西サハラの子供たちにしても、やっぱりもらうなら新品がいいに決まっている。この家の子供もシルヴィアやマヌエラからもらったときは本当に嬉しそうだった。
 まあ、私たち三人はボランティア活動などやっていないし、日本人としても特に遅れているのかもしれないが、それにしてもヨーロッパのボランティアには瞠目するものがある。
 このサハラ・マラソンというイベント自体がボランティア活動の一端なわけだが、実はここで行われているのはマラソンだけではなかった。サハラ自転車レースやらサハラ映画祭やらサハラ美術週間やら、年間にいくつものイベントが開催されているらしい。いずれも西サハラ支援のボランティア活動だ。その都度、ここのキャンプの人たちは直接間接に潤うという仕組みができあがっている。

 町で出会ったあるスペイン人ランナーはこう言う。「スペインは西サハラを植民地にしていたのだから、当然責任があるのに政府は何もしない。だから市民がその代わりにいろいろやっているんだ」
 西サハラ関係のイベントに参加した人たちを中心に、ふつうの個人が西サハラの子供を二年や三年も自宅であずかり、生活の面倒をみて、学校へ行かせるというのである。その経済的負担や労力はそうとうなものだろう。しかも、赤ん坊から年寄りまで含めてたかだか二十万人しかいないサハラ人のうち、ここ十年足らずで八千人もの子供がそういう恩恵にあずかり、スペインで何年か教育を受けているという。


 西欧の、こういう「意識の高い人たち」というのは、すごいんだなあ、と感心してしまいました。
 こういうのと比較すると、「戦後の日本人」はどうだっただろう、とか、ちょっと考えてしまいますね。
 相手が二十万人だから、なんとかなる、というのはあるのかもしれないけれども。


 そういう「政治的な意味あいも含めてのサハラ・マラソンなのですが、それはそれとして、砂漠を42.195km走らなければなりません。
 砂漠って、歩くだけでもけっこう大変ですよね。
 僕は鳥取砂丘を縦断して、ちょっと小高い丘を登っただけでも心臓が破裂しそうになったくらいなので、「ただでさえきついマラソンなのに、なんで砂漠で……」と言いたくなりました。
 参加者にとっては「砂漠という、普通マラソンなんてやらないところだからこそ、魅力的」なんでしょうけど。
 しかも、高野さんは、これまでフルマラソン未経験!
 初のフルマラソンが、砂漠なんて、死ぬ気か!
 ……さて、この無謀な挑戦の結末やいかに。


 その他に収録されている作品も、「地に足のついた、世界の現実」みたいなものが、ユーモアあふれる高野さんの文章で描かれていました。
ブルガリアの岩と薔薇」という作品での「チヤホヤされる女性の気分って、こんな感じなのか……」というのも、とてもインパクトがあったんですよね。


 そういえば、僕はこの収録作のひとつ『名前変更物語』を、『本の雑誌』に掲載されたときに読んでいたんです。
 そこまでやるのか!とちょっと驚いたのですが、高野さんはひたすら「本気」なのが凄いところです。

 妻に土下座をしたのは四月一日の晩だった。
「俺と離婚してくれないか」と言ったのである。
 彼女は椅子に座ったまま黙っていたが、やがて「やっぱりそれしかないの?」と訊いた。
「うん。他に方策はないんだ」
「そう……」彼女はつぶやいた。


 この後、明らかになる「離婚する理由」を読むと、「高野さんって、ほんとうにすごいな……」と、ある意味「感動」すらしてしまいます。
 真剣に検討してくれる奥様も、立派というか……


 旅行好き、面白い話好きの人なら、きっと、気に入ってもらえる文庫本ではないかと思います。
 それにしても、人生初のマラソンが、サハラ砂漠フルマラソンなんて!



謎の独立国家ソマリランド

謎の独立国家ソマリランド

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