琥珀色の戯言

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【読書感想】最貧困女子 ☆☆☆☆


最貧困女子 (幻冬舎新書)

最貧困女子 (幻冬舎新書)


Kindle版もあります。

最貧困女子

最貧困女子

内容(「BOOK」データベースより)
働く単身女性の3分の1が年収114万円未満。中でも10~20代女性を特に「貧困女子」と呼んでいる。しかし、さらに目も当てられないような地獄でもがき苦しむ女性たちがいる。それが、家族・地域・制度(社会保障制度)という三つの縁をなくし、セックスワーク(売春や性風俗)で日銭を稼ぐしかない「最貧困女子」だ。可視化されにくい彼女らの抱えた苦しみや痛みを、最底辺フィールドワーカーが活写、問題をえぐり出す!


 「ワーキングプア」として報道されることすらない、「最貧困女子」の実態。
 鈴木大介さんは、『出会い系のシングルマザーたち』『援デリの少女たち』などの著書があり、「セックスワークで日銭を稼いでいる最底辺の女性たち」を取材しつづけている人なのです。
 僕も「いくら貧しいとか底辺とか言ったって、日本では生活保護もあるし、あまりに大袈裟なんじゃないの?」と思っていた時期が長かったのですが、さまざまなノンフィクションを読んで、「カラダを売っていても行き詰まっている人たち」「カラダすら、商品にならない人たち」の存在を知りました。
 この『最貧困女子』は、新書ということもあり、鈴木さんの著書のなかでは、性関連のあまり生々しい話は出てこない、手に取りやすい本だと思います。
『援デリの少女たち』の表紙とか、書店で手に取るのはちょっと緊張してしまったんですよね。

 2014年1月に放送されたNHKクローズアップ現代「あしたが見えない〜深刻化する”若年女性”の貧困〜」は、大きな反響を呼んだ。働く世代の単身女性の3人に1人が年収114万円未満であること。そして特に10〜20代女性に貧困が集中しているというデータを前提に、貧困の現場で生きる当事者女性たちの痛ましい現実が映し出された。後追いのように各メディアは女性の貧困を特集する。働く女性の貧困、特にシングルマザーに集中する困窮状態の数々。「貧困女子」というキーワードも、認知度が高まってきた。
 だがその一方で、「マイルドヤンキー」「プア充」という属性分析も生まれた。前者は博報堂マーケティングアナリスト。原田曜平氏が提唱したもので、低所得だが地元の友人や家族との強い連帯をベースとして比較的QOLが充実している若者層のこと。原田氏は彼らが新たなる消費の中心となる待望論を投げかけた。後者の「プア充」は宗教学者島田裕巳氏が提唱したもので、年収が300万でも所得を上げるために大きな時間を費やす人生よりQOLが高いとする問いかけだ。

 この『最貧困女子』のなかで、著者は「経済的な貧困」だけを語っているのではありません。
 東京でアルバイト生活をしながら、アパートの家賃が払えず、ネットカフェで寝泊まりしている女性と、北海道で生活している「地元の仲間とガソリン代を出し合って出かけたり、知り合いから安く食材を譲ってもらったりして、それなりに楽しく暮らしている」女性の比較を読んで、僕もつい考えてしまったんですよね。
 この両者の収入は同じくらいか、むしろ、前者のほうが稼いでいるくらいです。
 いくら東京の家賃や生活費が高いとしても、前者が「最貧困」に落ち込んでいるのは「工夫が足りないせい」じゃないのか?
 実際に、著者が後者の女性に、前者のような生活についてどう思うか?と訊ねたときも「それでお金が無いというのは、おかしい。やりくりのしようはあるし、もっと楽しく生きることはできるはずなのに」というような反応だったそうです。
 

 確かに彼女の暮らす地元の求人ペーパーを確認する限り、手取り18万円を超えるような仕事は非常に限定されているが、永崎さんがガイドしてくれたように彼女らの周囲には、月に10万円で生活が可能で、さして不満も感じないための「デフレ包囲網」と言えるようなインフラが、完全に整備されている。地域全体が低所得だが、そこに大きく不満を感じないだけの経済圏が完成しているのだ。

 
 「うまくやれている人」もいるために、こんなふうに「自己責任論」が、「家族・地域・制度(社会保障制度)という三つの縁をなくした女性」に対してもあてはめられてしまっている面もあるんですよね。
 むしろ、「同じくらいの収入で、家族や地元の仲間と繋がって、楽しく生きている人」のほうが「都会の最貧困女子」に対して「なぜうまくやれないのか?」と厳しい見方をしていることも多いそうです。
 

 売春をして、なんとか生活費を稼いでいるというシングルマザーのこんな話が出てきます。

 ショックだった。よくよく考えれば当たり前のことなのだが、シングルマザーで子供を抱え、誰からも経済的な援助の手を差し伸べられず、自らも稼ぐことができなければ、誰しもが加奈さんのような状況に陥りかねない。シングルマザーというものが、これほど社会的、経済的に崖っぷちの不安定な中にあることを、それまで僕は真剣に考えてこなかったのだと知った。
 いや、ここまで追い込まれる前に、なんとか仕事は探せなかったのか。これほどの困窮に陥れば、さすがに公的な支援を受けることだってできるはずだ。この時点ではまだ僕もそんな甘い考えをもっていたが、加奈さんを前に話を聞いていると、そんな正論が何の意味ももたないことを痛感する。


 ここまでの「加奈さん」の話を読んでいて、著者が書いている「甘い考え」って、日本の福祉行政は、ここまで困窮している人にも、援助してくれないのか……?と疑問になりました。
 そして、その「理由」を読んで、僕は絶句してしまったのです。

 まず彼女はメンタルの問題以前に、いわゆる手続き事の一切を極端に苦手としていた。文字の読み書きができないわけではないが、行政の手続き上で出てくる言葉の意味がそもそも分からないし、説明しても理解ができない。劣悪な環境に育って教育を受けられなかったことに加え、彼女自身が「硬い文章」を数行読むだけで一杯一杯になってしまうようなのだ。
 そんなだから、離婚して籍を抜くにしても、健康保険やその他税金などの請求について市役所で事情を話して減免してもらうにしても、なんと「銀行で振込手続きをすること」すら、加奈さんにとっては大きなハードルだった。18歳で取得した自動車免許も、更新手続きを怠って失効している。子供の小学校入学の手続きにしても、実質的に地域の民生委員が代行してくれたようだった。
 通常こんな状況なら、消費者金融などでさぞや大借金しているのだろうと思ったら、なんと彼女は借金の手続きすら苦手の範疇。唯一の借金は、サイトで知り合った闇金業者を自称する男から借りた2万円だという。
闇金さんね。貸してほしいって泣きながら頼んだけど、2万が限度だって。でもそれも、そのあとに3回ぐらいタダマンされたから、チャラかな」
 滔々とその生い立ちと現在の苦境を語る彼女を前にして、僕自身が思考停止になってしまった。


 「手続き類」って、たしかにめんどくさいですよね。
 僕も嫌いだし、苦手です。
 いや、好きな人は、あんまりいないと思う。
 でも、これだけ生活に行き詰まっていても、「手続きというハードル」を越えることができない人がいるなんて……
 社会とのつながりがあれば、誰かが代行してくれたり、丁寧にやりかたを教えてくれるのだろうけど、加奈さんには、それもない。
 そんなに困窮しているのなら、手続きができない、どころじゃないだろ!
 僕もそう思うのですが、著者のルポルタージュには、しばしば、「手続きができない人」あるいは「生活保護を自分が受けられるという発想すらない人」が出てくるのです。
 「助けてもらえない人」ではなくて、「SOSの出し方さえ、知らない人」が、この日本で、生きている。


 これを読みながら、日本の教育現場では、高度な数式よりも、まず、「基本的な公的手続きのやり方」や「生活保護のような公的扶助が存在していること」を教えるべきなのではないか、と考え込んでしまいました。

 
 現実は「善意」だけで解決するようなものではないのです。

 一方で知的障害者の社会的自立をサポートするワークショップ(作業所)のスタッフは、忸怩たる思いを語った。
「うちの施設にも、まさに鈴木さんの言うような10代の女性が来たことあるよ。でも、実習初日で逃亡……。働きたくないんだって。楽してお金稼げる(=売春)方法を知ってしまったからね。そしてそのような方の親御さんは、やっぱり軽度の知的障害者で、お父さんは生活保護、お母さんは16歳で子供を産み、計7人兄弟だったり。でも、家に居場所が無くて、台所の机の下で寝てるって言ってた。ある利用者は逃亡から3日後、昔いた児童施設の近くで見つかりました。手はいつも差し伸べてるつもり。福祉の対象を選んでるつもりもない。ほんとは、手を振り払われても、無理矢理にても引っ張ってくるべきなのかもしれないし、ただ、実際自分の目の前にいる、利用者さんたちのことはおろそかにはできない」
 確かに、彼女たちは間違いなく即座に救済すべき存在なのだが、かといって安直に福祉の対象として想像するような「大人しくちょんと座って救済を待っている障害者」ではない。想像以上に粗暴だった(ただし極度に粗暴と思える言動は、それまで受けてきた暴力へのリアクションや防御の姿勢かもしれず、そこまで思いを及ぼすことが必要かとは思われる)。


 現場でも、できる限りのことをしようとはしている。
 でも、本人たちが「福祉」の対象となるよりも、セックスワークをしてお金を稼ぎ、自分の好きなことをやる、と意思表示した場合、強制的に「保護」することが正しいのか?
 そこまで、他者の生き方を決めつけてしまっていいのか?
 

 著者は「福祉は、彼女たちにいま以上の居場所を与えることができるのだろうか?」と問いかけています。
 「自分の中では答えが出ない」と。

 
 第三者として高いところから眺めていると、行政が、福祉が、専門家が、と言いたくなるのですが、現場には「届かない思い」を抱えている人たちがいるのです。


 これまでの鈴木大介さんの著作を読んできた人にとっては、「新書向けに、ややマイルドにまとめられた本」ですので、あえて手に取る必要はないかもしれません。
 これまで、こういう現実があることを知らなかった、という人には、ぜひ、手にとって、考えてみていただきたい一冊です。
 今の世の中、病気とか借金とか会社の倒産とかで、「最貧困」になる可能性は、誰にだってあるのだから。



出会い系のシングルマザーたち―欲望と貧困のはざまで

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援デリの少女たち

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