琥珀色の戯言

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【読書感想】ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソン ☆☆☆☆


ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソン

ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソン

内容(「BOOK」データベースより)
「働け、そして愛せよ」彫刻家の父と画家の母を持ち、世界中で愛されるムーミン一家を創った稀代の芸術家、トーベヤンソン。その知られざる側面と色鮮やかに生きた姿を丁寧に描いた決定版・評伝。


 トーベ・ヤンソンさんを御存知でしょうか?
 タイトルですでに「ネタバレ」しているのですが、トーベ・ヤンソンさんは、フィンランド生まれの作家・画家で、あの「ムーミン一家」の生みの親なのです。
 この本の表紙には、彼女の写真が大きく載せられています。


 そう、「彼女」なんですよね。
 僕はけっこう長い間、トーベ・ヤンソンは、北欧の人だから、サンタクロースのような優しいおじさん、というイメージを勝手に抱いていたのです。


 この本は、トーベ・ヤンソンさんの生誕百周年の記念展のキュレーターである著者が、ヤンソンさんのアトリエに遺されていたたくさんの手紙や関係者への取材をもとにして、この作家の生涯を描いたものです。


 ヤンソンさんは、彫刻家の父と、裕福な家庭に生まれた優しい母のあいだに生まれ、、ふたりの弟がいました。
 当時のフィンランドでは、男尊女卑が「当然」とされていて、アーティストとしての才能があった母親も「家事・育児を最優先にするのが当然」だったそうです。
 そんななか、生き方にも恋愛にも「自由」を追い求めたヤンソンさんは、子どもの頃は父親と衝突し、母親が亡くなるまで、ずっと「母親と強く結びついていた」のです。


 僕は『ムーミン』以外のヤンソンさんのことをほとんど知らなかったのですが、彼女は画家として身を立てようとしており、挿絵画家としての才能も評価されていました。
 また、フィンランドの政府がナチスに協力していたさなかも、雑誌の表紙に、ずっと反戦のメッセージを色濃くにじませた絵を書き続ける、硬骨の人でもありました。


 戦争や、異性・同性との恋愛に翻弄されながら、作品を描き続けていた彼女が、その「息抜き」として描いたのが『ムーミン』だったのです。

 挿絵の仕事が増えると、トーベは挿絵に時間をとられ、自由に絵を描く時間がなくなってしまうことを心配した。しかし画家を本業として生きていこうと考えていた才能ある芸術家が、なぜムーミン物語を書きはじめたのだろうか。少なくとも最初は経済的な理由からではなかった。トーベは文章を書くことでまとまった収入を得ようとは考えていなかったからだ。ムーミン物語はもともと、自分のために書きはじめたものだった。書くことによって、世の中や戦争の悲惨さから逃避していたのである。当時は多くのフィンランド人が、自宅や戦地で、大量のアルコールや麻薬の力を借りて心を麻痺させていた。トーベにとってムーミン谷について書くことは、残酷な現実から逃れられるちょっとした寄り道のようなものだった。
 つまり、以前にモロッコの芸術家コロニーの設立やトンガへの移住を計画したのと同じ意味をもっていたのだ。


 『ムーミン』のはじまりは、「お金のため」ですら、なかったのです。
 根っからの「アーティスト体質」であるヤンソンさんは、「ちょっと違う作品を書く」ことで、気分転換、あるいは戦争という辛い現実から「逃避」していたのだそうです。
 ところが、この作品が、世界中から評価されるようになり、イギリスで7年間連載されました。
 そのことは、ヤンソンさんの経済的な安定と引き換えに、「作品を連載することによる消耗」をもたらしたのです。


 『ムーミン』というと、なんとなく「のどかな世界」のイメージがあったのですが、この本を読んで、あらためて思いだしてみると、ムーミン谷は、必ずしも「桃源郷」ではないんですよね。
 そこでは、登場人物たちが大きな災害に翻弄されたり、さまざまな悩みを抱えたりしているのです。
 いまの世の中では「文部省推薦」的なイメージがある『ムーミン』が小説として最初に発表された際(1945年)からしばらくは、かなりの反発があったそうです。
 そもそも、『ムーミン』は、「子ども向け」でさえなかったんですね。

 ムーミン物語を書きはじめた動機が現実逃避だという点については、理解しがたいという声が多かった。1970年代のフィンランドでは、本にはなんらかのメッセージを込められているのが当たり前の時代だったのである。ムーミン物語の第一作目が刊行されたときも、最初のうちは保守層の家庭を描いていると批判され、ストーリーが子どもの教育にふさわしくないという否定的な意見が出た。問題視されたのは、ムーミンの言葉遣いや、ヤシ酒を飲んだり煙草を吸ったりする場面だ。登場人物が罵り言葉に近い”不適切な言葉”を使っているのも大きな問題とされた。
 教育的な意味合いを持たせることについては、作者のトーベ自身がはっきりと否定している。
「私は自分が楽しめるものを書いているつもりです。子どもたちを教育するために書いているわけではありません……」。トーベは、こう語っている。「ムーミン物語を通じて特別な考えや哲学を表現しようとしていたわけではありません。自分にとって興味深いと感じられることや、怖いと感じたものを表現したかっただけです。ある家族を中心にそうした出来事が起こるように物語を構成しました。ムーミン一家の一番の特徴は純粋さです。自分たちと違う世界を受け入れること、登場人物が互いに仲が良いことが大きな特徴なのです」

 トーベは、子どもの世界にあるもの――不思議さ、やさしさ、残虐さなど――を何ひとつ締め出さなかった。「まっとうな児童文学には、必ず何か怖いものが書かれていると思います。その部分に、怖がりの子も自信たっぷりな子も引きつけられるのです。怖いものだけでなく、”混乱”や”破壊”にも同じことがいえます」。


 トーベ・ヤンソンさんは、『ムーミン』で世界的な名声を得てからも、自分は「画家」だと考えていたようです。
 この本には、彼女の作品がカラーでたくさん掲載されているのですが、たしかに、『ムーミン』は、ヤンソンさんの仕事の一部でしかなかったのです。
 それも、本人にとっては「現実逃避」だったはずの。
 ただ、ヤンソンさんは画家として評価されることを願ってはいたようですが、『ムーミン』の世界を嫌悪し、遠ざけることもありませんでした。
 『ムーミン』の登場人物は、ヤンソンさんの家族や恋人がモデルにもなっているようです。
 彼女は、『ムーミン後』にも、絵や小説を発表し、晩年まで活動を続けていました。
 「創作すること」が生きがいだったのでしょうね。
 人生でいちばん大事なのは仕事で、その次に恋愛だと、言っていたそうです。


 ちなみに、『ムーミン』の世界的な人気の広がりには、日本が大きく関わっています。
 『ムーミン』は、日本で一度アニメ化されたのですが、これはヤンソンさんの世界観に合わないもので、いまでは版権切れで観ることができなくなっています。
 それなりに人気はあったようなのですが。

 最初のムーミンアニメシリーズに人気が出ると、日本では新たなムーミンアニメ映画の製作が期待されるようになった。今回は、トーベとラルス(トーベの弟)が仕上がりを入念に確認し、製作のコンサルタントとしてデニス・リプソン(1946〜2013)を送り込んだ。デニスは、フィンランドの子ども番組のプロデューサーであり、それまでに日本人と仕事をした経験もある。そして、デニスとラルス、そしてトーベの厳しい監視のもとに新しいシリーズが完成する。とはいえ、日本のアニメ製作者たちの献身的な作業なくしては決して完成までこぎつけられなかっただろう。結局、このアニメは二段階を経て製作され、合計100話を超えるシリーズとなった。同シリーズは1990年から多くの国のテレビで放映され、その後何年にもわたって再放送された。デニス・リプソンの協力を得て、1992年にはさらに映画版『ムーミン谷の彗星』が完成する。こうして、世界中の多くの人々は、小説ではなく、日本のアニメシリーズやその登場人物を見てムーミン一家を知ることになった。同シリーズの映像は、今でも入手することが可能だ。このアニメによって空前のムーミンブームが起き、そのブームは全世界を駆けめぐる。最初のムーミン小説が数千人に読まれ、ムーミン絵本はさらに多くの人に読まれ、ムーミン・コミックスは何千万人もの読者を獲得した。そして日本のアニメを介し、ムーミン一家は一億の家庭で愛される存在となった。その人気を裏づけるように1990年に訪日したトーベは、ハリウッドスター並みの歓迎を受けている。


 日本で製作されたアニメがなければ、『ムーミン』は、これほど世界に知られることはなかったのです。
 男尊女卑の風潮や伝統的な家族観の影響が長く続いているという意味では(そして、技術立国という点でも)日本はフィンランドと似ているのかもしれませんね。
 

 『ムーミン』の話ばかりになってしまいましたが、この本の魅力は、むしろ、『ムーミン』以外のトーベ・ヤンソンさんの活動や人物像が丁寧に紹介されているところなのです。
 カラーで大きく紹介されている絵も多く、装丁も華やか。本棚に並べておきたくなります。


 ただ、この本、3800円+税と、それなりに値が張るので、ファン以外には、ちょっと手が出しづらいかな。

 トーベ・ヤンソンは、読者に礼儀作法を教えようとはしない。たとえ読者が子どもであろうと、それは変わらない。愛と思いやりに溢れたムーミン世界では、禁止すること以外は何も禁止されていないのだ。


 僕も、大人の目で、もう一度、『ムーミン』を読んでみたくなりました。



 いま、日本でトーベ・ヤンソンさんの生誕100周年記念展が行われているそうです。
(2014年11月30日までは横浜・そごう美術館。以後全国各地を巡回)
 僕も北九州会場に、行ってみるつもりです。


参考リンク(1):「生誕100周年 トーベ・ヤンソン展」公式サイト

参考リンク(2):「生誕100周年 トーベ・ヤンソン展」がとてもよかった - インターネットもぐもぐ

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