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【読書感想】総理メシ 政治が動くとき、リーダーは何を食べてきたか ☆☆☆☆


総理メシ 政治が動くとき、リーダーは何を食べてきたか

総理メシ 政治が動くとき、リーダーは何を食べてきたか

内容紹介
日中国交正常化、40日抗争、消費税導入、PKO、非自民連立政権、加藤の乱郵政解散……。1972年から2008年まで、時の総理たちが「日本の一大事」に際し、なにを食べ、なにを考えてきたのかを振り返る「食の政治史」。織田信長桶狭間に臨む前に湯漬けを掻き込んだように、「腹が減っては戦ができぬ」。昭和後期から平成の日本社会を形成した政治史の真実!


 2013年から朝日新聞に連載された「あのとき、総理メシ」を書籍化したものだそうです。
 安倍総理とアメリカのオバマ大統領が鮨の名店『すきやばし次郎』で会食をしたことが話題になりました。
 安倍総理といえば、「3500円のカツカレー」、麻生元総理は「帝国ホテルのバー通い」など、日本のトップの食生活というのは、なにかと話題にされがちです。
 ちょっと前に「国会議員になったら、料亭でごちそう三昧」という発言をしてひんしゅくを買った候補者がいましたが、「おまかせ」のみで、ひとり3万円はする(らしい)『すきやばし次郎』に行ける総理大臣って、うらやましいなあ、きっと、毎日ごちそうばっかり食べているのだろうなあ、って、僕も思っていました。
 でも、この本を読んで、「総理大臣と食事」についてあらためて考えてみると、少なくとも「食」に関しては、総理大臣はそんなに幸せではないのかもしれないなあ、という気がしてきました。
 「首相動静」などをみると、毎日のように各国、政財界の要人との会食のスケジュールが組まれており、安倍総理の場合、それ以外のときには、中井貴一さんたちとの食事、なんていうのもありました。
 いくらごちそうが多くても、要人との会食では気が抜けないでしょうし、そもそも、メニューも、その場の自分の好みでは選べません。
「いま、食べたいものを食べる」ことがほとんどできないというのは、かなりのストレスなんじゃないかなあ。


 政治家というのは「何を食べるか」も、他者から見られているのです。
 当然、政治家の側も「見られている」ことを知っています。

 (2012年)9月26日、自民党本部近くにあるホテルニューオータニ。午後から行われる自民党総裁選の投開票に備え、安倍氏は支援する議員たちと昼食のテーブルを囲みました。験を担ぐためにと選ばれたメニューは、ふだんは同ホテル内のコーヒーショップ「SATSUKI」で供されたカツカレー。その様子は、報道陣にも紹介されました。
 カツカレーの値段が3500円だったことが、すぐに話題になりました。
「そんな高いものを食べるとは庶民の気持ちがわかっていない」
「体調が回復したことを示すアピールではないか」
 そんな憶測がインターネットやメディアを賑わせました。

 安倍総理の「3500円のカツカレー」に関して、僕は「ちょっと高いけど、日本のリーダーになろうという人が、そのくらいの食事をしても別に構わないだろうに。あれこれ言うほどのことじゃない」と思っていました。
 この本で、第一次の政権を手放すきっかけとなった「潰瘍性大腸炎」という持病に対して、食生活にふだんから気をつけている安倍さんの様子を知ることができたのです。
 あの「カツカレー」は、「勝つ」と縁起を担ぐだけではなくて、「自分の体調は、カツカレーを食べられるくらい良いのだ」と見せるため、だったのかもしれないな、と。
 安倍さんは「カツカレーを食べたこと」が報道されるのを見越していたのでしょう。

 安倍首相はほとんど下戸ですが、その飲み口にも周りは強い関心を寄せます。
「本当に安倍さんの体調は戻ったのか」
 政治家のつきあいに酒はつきもの。安倍首相も会合の席では、ビールやワインをたしなみます。同席者が首相の「体調回復度」を推し量るバロメーターとして、自分が手にしたグラスに注目していることを、安倍首相は誰よりもわかっています。
 冒頭に紹介した首相動静からうかがえるように、夜の会合は首相の義務のようなものです。1軒で済むこともあれば、2軒、3軒と複数の会合に顔を出す「2階建て」「3階建て」もしばしばです。
 相手にもよりますが、夜の会合での安倍首相は、食べる時間よりも話している時間が多いというのが同席者の共通した感想です。じっくりと杯を交わしながら政治談義に花を咲かせるというよりは、饒舌に冗談を交えながらしゃべり続ける……安倍首相の「総理メシ」は、そんなスタイルと言えるかもしれません。

 これも、「しゃべり中心にすることによって飲み食いする量を調節し、胃腸への負担を減らす」という意識のためなのかな、と。
 いずれにしても、「日本の総理大臣」というのは、「好きなものを、好きなときに、好きなだけ食べたい」「たまにはベロベロに酔っぱらってぐっすり寝たい」という人には務まらないのです。
 食事の時間は「仕事」か「オフ」か、と問われたら、多くの人にとっては基本的には後者のはず。
 総理大臣というのは、ほとんど毎日結婚披露宴や接待に参加しているようなもの、なんですね。
 僕などは、それだけでも、「自分には絶対無理だ……」と嘆息せずにはいられません。


 この本では、歴代首相の、さまざまな「食事の場面」が、当時の関係者の証言で再現されているのですが、小泉純一郎元首相は、食事の際も「異色」だったそうです。
 東京・高輪にある『壇太』というラーメン店が、小泉首相行きつけだったのだとか。

「小泉総理は突然、『壇太に行きたい』と言ったものです」
 小野氏(小野次郎参院議員・小泉政権下で首相秘書官)は席に座ると、懐かしそうに店内を見回しました。
 小泉首相は来店すると、いつも席に着く前にベルトを緩め、「店長、ギョーザ人数分!」と自ら注文しました。首相就任前は生ビール、在任中は焼酎のお湯割りが多かったそうです。2時間かけてゆっくり2杯。店主の安達実さん(73)は「みんなと話さなければならないからトイレには行けない。気配りだったのでしょうね」と振り返ります。
 小泉首相は「どうせ待つなら一緒に」と店内に警護官(SP)たちも招き入れました。焼きたてのギョーザがSPに運ばれるのを見ながら、腕組みして「うんうん」とうなずく。彼らがギョーザを食べ終えたと見れば、「ラーメンおいしいから食べろ」と勧めました。
 締めはタンメンやしょうゆラーメンで、野菜たっぷりのあっさり味を好んだそうです。小野氏はこう振り返りました。
「いつも気さくで、食事の時間を本当に楽しんでいました」
 郵政選挙で大勝してから1年後、小泉首相は退任しました。あれからずっと、安達さんは小泉氏が愛したギョーザの味を守っています。

 ああ、小泉さんは、食事のときも、小泉さんだったんだなあ、と。
 安倍さんの「食事に対する細心の注意」を読んだあとに、この小泉さんの「普通のおじさんのように」食事を楽しんでいる様子を読むと、なんだかホッとしました。


 この本では、14人の歴代総理の「勝負メシ」の様子が綴られているのですが、「何を、どんな様子で食べているのか?」というのは、たしかに、「人となり」をあらわしているようです。
 

 そうそう、食事とは関係ないのですが、この本のなかで、一度目の首相の座から降りたあとの安倍総理の、こんなエピソードが採り上げられています。

 不遇を託っていた安倍氏がある日、飛行機に乗り込んだときのことです。すぐ近くに座った中年男性が、フライトアテンダントを呼びました。
「安倍の近くは嫌だ。席を変更してくれ」
 そのやりとりを耳にした安倍氏は、「ここまで嫌われたのか」と胸を痛めたそうです。政治家・安倍晋三にとって、どん底の時期でした。

 僕は安倍総理を積極的に支持しているわけではないのですが、このエピソードは、読んでいてすごくつらかったのです。
 Facebookでときどき拡散される話(実話ではないようです)に、こんなのがあります。

 黒人男性の隣がイヤで、「席を変えてくれ」と要求した白人男性がいました。それに対して、キャビンアテンダントは「わかりました。席を変えます。ただし、こちらの(黒人の)お客様をファーストクラスへ」と答え、機内は拍手喝采に包まれました。

 こういう「あからさまな人種差別」であれば、抗議の声も上げられます。
 でも、この「元総理差別」に、安倍さんが「差別だ!」と声を荒げる、というわけにはいかないですよね。
 立場ってものもあるし、最高権力者だっただけに、差別の被害者としてふるまっても、周囲はあまり共感してはくれないでしょう。
 この中年男性も、安倍さんが反撃してこない(立場上できない)と予想して、こんな嫌がらせめいたことをしているのだから、下衆の極み。
 たぶん、この話は、あの時期の安倍さんに起こっていたことの一例でしかなかったはず。

 
 総理大臣をやるのも、ラクじゃない。
「本来の仕事」以外もこんなに大変というか、食事も含めて、家から出ての行動のすべてが「仕事」みたいな感じなんだろうなあ。
 日々スケジュールに追われ、息抜きの時間もほとんどなく頑張っているのに、嫌われたり、批判されたりすることも多いのです。
 そんな姿を間近にみているはずなのに、自分もなりたいという人が、あんなにいるのだから、権力が「魔物」だというのもわかります。
 

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