琥珀色の戯言

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【読書感想】ペップの狂気 妥協なき理想主義が生むフットボールの究極形 ☆☆☆☆


ペップの狂気 妥協なき理想主義が生むフットボールの究極形

ペップの狂気 妥協なき理想主義が生むフットボールの究極形

バイエルンバルサ、クライフ、すべてに精通したドイツ人作家による、幼少期からバイエルン時代までを網羅したペップ・グアルディオラの伝記の決定版!


選手時代には良好だったモウリーニョとの関係はなぜ悪化してしまったのか?
イブラヒモヴィッチとの実験はなぜ失敗に終わったのか?
そしてバイエルンはなぜグアルディオラの招聘に動き、グアルディオラはなぜ数多のオファーからバイエルンを選んだのか?


 ペップ・グアルディオラという人を、ご存知でしょうか?
 もしあなたが海外の情勢にも詳しいサッカーファンなら、「当たり前じゃないか、バカにするな!」と不快になる質問かもしれません。
 そして、「日本代表の試合やワールドカップは観るんだけど」という程度の観客であれば、あるいは、サッカーに興味がなければ、「誰、それ?」という感じなんじゃないかな。


 僕は、グアルディオラという監督が、FCバルセロナで、30代にして大きな成功をおさめたことは知っていたのですが、まあ、「その程度の認知」で、彼のライバルであるジョゼ・モウリーニョ監督のほうが、ずっと気になっていたのです。
 そもそも、そんなにサッカーに詳しいわけでもないし。

 2013年1月16日、FCバイエルン・ミュンヘンは、ジュゼップ・”ペップ”・グアルディオラと2013-14シーズンの契約を結んだことを発表した。このニュースは爆弾が炸裂したかのように広まった。というのも、この42歳のカタルーニャ人は、現代で最も素晴らしい監督であり、世界中から求められているのだ。
 グアルディオラFCバルセロナで、強烈な印象を残しながらチャンピオンズリーグを2度制覇し、「美しいサッカーのパトロン」(ロナルド・レンク:ドイツのジャーナリスト)と称賛された。ドイツ『キッカー』紙もこう書いている。
グアルディオラのサッカーは、現代的な特徴が散りばめられた、美しいプレーのお手本だ」
 だからこそ、サッカー界のトップに位置し、有名で、しかも潤沢な資金を持っている多くのクラブは、グアルディオラが2012年の夏にバルセロナの監督を退任して以来、ずっと彼の獲得を狙ってきた。それらのクラブとは、マンチェスター・シティチェルシーパリ・サンジェルマンACミランインテル・ミラノの両ミラノ勢。さらに資金豊富で、2020年ワールドカップの開催国でもあるカタールのクラブだ。
 ところが、この争奪戦を制したのはバイエルンだった。噂によれば、800万から1000万ユーロという年俸は、ブンデスリーガでは史上最高額だが、それでも他のライバルが提示した額と比較すれば半分以下に過ぎず、ドイツの最多優勝クラブは破格の金額でグアルディオラとの契約を勝ち取った。
 ミュンヘンでは、選手が監督よりも偉大な扱いを受けることがよくあるのだが、今回に関しては監督が最大のスターとなった。2013年6月24日にグアルディオラが初めて姿を現したとき、アリアンツ・アレーナのプレスルームには、およそ250人のジャーナリストが集まり、このカタルーニャ人が登場するのを待ちわびていた。クラブ史上、最も参加人数の多い記者会見だ。


 バルセロナのユースチーム出身で、選手としてもバルセロナで大活躍したグアルディオラは、選手時代からその戦略眼に着目され、まさに「監督になるためのコースを辿ってきた男」でした。
 そして、若くしてバルセロナというビッグクラブの監督となり、そこで手腕をいかんなく発揮し、メッシやシャビ、イエニスタらを中心とした「史上最高のチーム」をつくりあげたのです。


 僕は、グアルディオラの偉業に関しては、「バルセロナ生え抜きで、こんな強いチームを任されたら、そりゃ成功するよね」という、さめた見方もしていました。
 もちろん、ビッグクラブを率いれば、誰でも結果を出せるというわけじゃないけれど、けっして「超一流」ではないチームを任されても、結果を残し続けている「優勝請負人」モウリーニョのほうに、判官贔屓的な感情を抱いてしまうところもあります。


 この本を読んでいると、お互いにサッカーだけでなく、社会情勢や芸術にも造詣が深いグアルディオラモウリーニョなのですが、この、あまりにも正反対なところが多い宿命のライバルの物語は、大変興味深いものでした。


 「理想のサッカーを捨てるくらいなら、勝利を捨てても良い」というグアルディオラと、「勝利のためなら、なんでもやる」というモウリーニョ
 バルセロナの歴史に残る名選手でもあり、「箱入り息子」として指導者教育を受けてきたグアルディオラと、選手としてはまったく活躍できず、最初は「通訳」としてチームに所属していたにもかかわらず、その戦術眼で人々の信頼を勝ち得て、現在の地位を築き上げたモウリーニョ
 中産階級の生まれで、カタルーニャという政治的に微妙な位置にある地域にアイデンティティを置いているグアルディオラと、富裕な家に生まれ、少年時代を豪邸で過ごしたというモウリーニョ


 この本を読んでいると、「サッカーエリート」だと思い込んでいたグアルディオラが、「考えること」で、サッカー選手として、監督としてのキャリアを切り開いてきた人だということが、よくわかります。
 体がそんなに大きいわけでもなく、足が速いわけでもないグアルディオラは、「人よりも素早く考えてプレーすること」に、活路を見出していったのです。


 グアルディオラFCバルセロナでプロサッカー選手としてのキャリアを開始したとき、身長180cm、体重70kgの華奢な体格で、「チームメイトの誰もが、彼がプロの世界でやっていけるとは思っていなかった」そうです。


 そんなグアルディオラの「考える才能」を見出したのが、ヨハン・クライフでした。

 クライフにとっては、グアルディオラの身体能力はさほど問題にならなかった。とにかく重要なのは、彼のプレーインテリジェンスとテクニックだった。
「彼を見ていると、自分のことを思い出す。身体が弱いのなら、頭が良くなければならない。テクニックはいつも必要だし、ボールを速く動かすこと、ボディコンコンタクトを避けることも必須だ。そのためにはアイコンタクトが必要になる。(中略)グアルディオラは優れた眼と素晴らしい技術を持っていた。そういう選手のためには、監督が特別な準備をしてやらないといけない。監督が伝えるべきなのは『君は走りが得意な選手ではない。だから、君が走らないで済むようにチームをオーガナイズするんだ。最も重要な選手は、ボールを動かせる選手だ』ということだ」
 クライフのウィットに富んだ名言のひとつに、「あらゆる欠点も、長所になりうる」というものがある。グアルディオラのケースでは、まさにそれが当てはまる。なぜなら彼は足が遅く、身体的に弱いからこそ、認知から実行までの動作を他の選手よりも素早く行わなければならなかったからだ。彼の欠点が彼のインテリジェンスとテクニックを発達させた。グアルディオラはそうやってサッカーを学んできたのだ。彼の長所を前面に押し出すことで。
 ドイツ人のジャーナリストであるロナルド・レンクは、2008年『フランクフルター・ルントシャウ』紙の記事の中で、「グアルディオラのような選手がアイドルになれるのは、このクラブ(バルサ)だけだろう。彼は中盤の選手として、バルサの価値を体現していた。それは『より早く考え、より正確なパスを送る』ということだ」と当時を思い出しながら語った。


 グアルディオラのサッカーというのは、まさにこの「より早く考え、より正確なパスを送る」というコンセプトに基づいていて、それは、監督になっても、ブレることはありませんでした。
 それが可能だったのは、バルセロナという「下部組織から選手を同じ方針で鍛え上げているチーム」だからこそ、だったのではないかとも思っていたのですが、グアルディオラは、バイエルン・ミュンヘンでも、大きな成功をおさめつつあります。
 前年に欧州チャンピオンズリーグ、国内リーグなどの主要タイトルを獲得したバイエルン・ミュンヘン歓喜とともに迎えられたグアルディオラは「これ以上、獲得するタイトルが無くなってしまった」かのように見えるチームで、「サッカーの質」を上げることにこだわりつづけているのです。


 僕は長年、サッカーの監督って、出す選手とおおまかな戦術を決めて、あとは選手交代くらいしかやることはなさそうだし、そんなに「人による違い」があるものなのだろうか?と思っていたのです。
 まあ、『サカつく』レベルでのイメージだったのですけど。
 
 
 オシム監督や、歴代の日本代表監督、FCポルトを率いて、チャンピオンズリーグ制覇を成し遂げたモウリーニョ監督などをみて、「監督がチームに与える影響の大きさ」が、ようやくわかってきたんですよね。


 この本を読んでいると、グアルディオラ監督のハードワークっぷりには、本当に驚かされます。

 ジャーナリストのハビエル・カセレスは、グアルディオラの性格を、「マニア的で神経質な労働者」とみなしている。彼によれば、グアルディオラは選手の食事、体重、体脂肪までコントロールしていたという。
 グアルディオラはサッカーの範囲を越えて、他のスポーツにも目を向けていた。バスケットボール、ハンドボール、そしてラグビー。彼がトップチームの監督になってから数ヶ月もしないうちに、ロナルド・レンクはグアルディオラを「戦術トレーニングメソッドを新しいレベルに導くことができる、次世代の監督の中で主役の1人」と評している。
 グアルディオラはいつも、試合前には何時間もテレビ画面の前に座り、対戦相手の研究をする。「対戦相手を知ること。彼らがどのようにチームを機能させているのかを知ることで、自分たちが彼らといかに対峙するのかを考える。それが他の何よりも楽しかった」と、彼はバルサの監督を辞めた後に語っている。彼にとっては、それが自分の仕事の中で、「最も素晴らしい」ものだという。グアルディオラにとって次の試合は、キックオフのホイッスルがなる数時間前、数日前から始まっているのだ。

 チャビは次のように言っている。
「ペップが来て雰囲気は一変した。新しいルールもそうだけど、それ以上にトレーニングが変わった。フランク・ライカールトの下では、芸術を取り扱うようなものだったけど、ペップの下では、芸術と労働だ。フランクの下では身体のどこかにぜい肉が1ポンドついていようが、それはどうでも良かった。だがグアルディオラの下では、食事、BMI指数、そしてフィットネスが重要視される。私はイエニスタにこう言った。『彼の電車に乗り続けるためには、トップフォームでいなければならない。もしも電車に乗り遅れたら、ペップは私たちを置いて先に行ってしまうだろう。ペップは私たちを鷹のように上から見張っているぞ』と」


 なんだか、広岡監督みたいなエピソードだな、と、中年野球ファンの僕などは、思ってしまうのですが、とにかく研究熱心で、細かいところまでコントロールしたがる監督ではあるようです。
 ですから、イブラヒモビッチのような「王様気質」の選手とは、ウマが合わないという「弱点」も指摘されています。
 選手には、チームの一員として、献身的にプレーすることを要求する監督なのですが、FCバルセロナ時代には、メッシという素晴らしいプレイヤーが存在するがゆえに、「どうしても、メッシ頼りになってしまいがち」であることに、物足りなさもあったようです。
 ただし、グアルディオラとメッシとの関係は、けっして疎遠ではない、というか、うまくいってはいたみたいですけど。


 FCバルセロナで、勝ち続けることに疲れたように監督を退任し、アメリカで休養していたグアルディオラが次に選んだのは、ドイツの名門クラブ、バイエルン・ミュンヘンでした。
 これは当初、意外なこととして受け止められていたようです。
 なぜなら、ドイツのブンデスリーガは、イングランドプレミアリーグ、スペインのリーガ・エスパニューラなどに比べると、堅実なものの地味な印象が強く、スーパースターが移籍してくることは少ないリーグだったので。
 イングランドやスペインに行けば、もっと多額の報酬を手にできたはずなのに、グアルディオラは、そうしなかった。
 この本によると、グアルディオラは金銭的な欲求よりも、自分が理想とするサッカーができる、伝統のあるクラブを欲しており、ブンデスリーガの「すごいサラリーをもらっているスーパースターがほとんどおらず、給料が遅配されることのない、健全な経営」にも好感を抱いていたそうです。
 この「グアルディオラの選択」は、「バラマキ主義的なチームやリーグから、より堅実な経営基盤や理念に基づいたリーグへの主役の変化という、ヨーロッパサッカー界の地殻変動」の象徴として、受けとめられているのです。


 現代サッカーのトップチームにおける、監督の存在の大きさ、そして、それがいかにハードな仕事であるかがわかる、興味深い一冊でした。
 サッカーに全く興味がない、という人にはさすがに厳しいと思いますが、サッカーに多少なりとも興味と知識があって、「リーダーの役割」について考えている人にとっても、きっと役立つ本だと思います。