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琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

【読書感想】ワケありな本 ☆☆☆☆


ワケありな本

ワケありな本

内容説明
世の中には「いわくつき」の本が溢れている。 イスラム教を冒涜しているとしてイランの最高指導者から作者に「死刑宣告」が出され、日本で同書を翻訳した筑波大学の五十嵐助教授が何者かに殺害された『悪魔の詩』、進化論を認めないアメリカの学校教育で撲滅運動にあった『種の起源』、ジョンレノンを殺害したチャップマン、レーガン大統領暗殺未遂事件の犯人など、3人の凶悪犯罪者のバイブルとなった『ライ麦畑でつかまえて』、日本初のプライバシー裁判になった三島由紀夫の『宴のあと』、国家政権転覆煽動罪で著者が投獄された中国の「08 憲章」、出版社が勝手に内容を変えて出版していた『華氏451 度』など、世間を大きく賑わし、深刻なトラブルを起こした書籍を43 冊紹介。 本も面白いが、その裏側はもっと面白い! 差別、政治的封殺、思想、宗教、弾圧など、タブーに鋭く切り込んだ刺激的な1冊です。


 世の中には「ワケありな本」って、けっこうあるものなんですね。
 ここで紹介されている「ワケあり本」を眺めていると、「ワケあり本」というのは、「世間を騒がせてやろう」なんて動機で出版されたものより、著者の「善意」に基づいて書かれたものが多いのだということがよくわかります。
 また、同じ内容でも、社会の変化にともなって、評価が変わってくることも少なくないのです。


 黒人奴隷トムを描いて、奴隷制反対運動に火をつけたとされる『アンクル・トムの小屋』。
 著者のストウ夫人は、リンカーン大統領に「南北戦争を引き起こした女性」と言われたそうです。
(ストウ夫人が好戦的だったというわけではなく、著者が奴隷制反対運動の大きなきっかけになった、という意味ですので念のため)
 ところが、この本への評価は、奴隷制廃止後、大きく変化していったのです。

 アメリカでは南北戦争後に奴隷制が廃止された。その時点で『アンクル・トムの小屋』の目的はほぼ達成されたと言っていい。
 こうして黒人たちを救う一助となった本。しかしそれが、人種差別の解消が焦点となった戦後のアメリカにおいて、思ってもみない問題を引き起こすことになった。小説には、黒人の手はパイ皮を焼くように神様が与えたもの、というセリフが有ったり、黒人は奴隷として満足し自由を与えてもそれを拒否するもの、と読み取れる箇所がある。その内容が差別的だと批判されたのだ。
 また1950年代には、主人に絶対服従で、自分や家族の生命や自由のために闘おうとしないトムは、「服従」を示す蔑視的な言葉にもなっている。真の自由を勝ち取るために闘う公民権運動の最中においては、トムの生き様はなじまなかったのだろう。
 19世紀の隆盛と20世紀の失墜。これがアンクル・トムが辿った道だった。

 もちろん、ストウ夫人は悪意をもって「トム」を描いたわけではないでしょうし、あの時代に『アンクル・トムの小屋』が果たした役割は、非常に大きかったのです。
 それを「時代遅れ」だと批判するのはなんだかなあ、という気がするのですが、奴隷解放が実現されてしまうと、「乗り越えなければならない前時代的な黒人像」になってしまったんですね。


 また、ジョージ・オーウェルの『1984』について、世界はこんな評価をしていたそうです。

 同書(『1984』は1949年6月にロンドンとニューヨークの書店にならぶと、驚異的な売れ行きをみせた。
 批評はおおむね好意的だったが、予想通り、共産党陣営からは、この本の意図は「ソ連を罵倒するもの」だと非難された。また、同書にある悪夢のような事態が西欧社会に40年以内に生じることを告げた「予言の書」とする解釈もあった。
 一方アメリカでは、共産主義国を肯定していると解釈され、共産主義プロパガンダの書と恐れられることがあった。とくに、核をちらつかせるソ連の驚異が叫ばれた1960年代〜70年代には同書が敬遠されている。
 世界的には名著の仲間入りを果たしているが、アメリカの各地の学校図書館では強く拒まれている。学校図書リストからはずされた理由は、政治的な見解のほか、猥褻性、あるいは著者オーウェルが下院非米活動委員会があげる組織にかつて属していたことが理由となったものもあった。

 資本主義陣営も共産主義人生も「自分たちを批判しているのではないか?」と疑っていた『1984』。
 まあ、たしかにどちらともとれるし、もっと普遍的なものを描いているようにも思われますし……
 村上春樹さんの『1Q84』が大ベストセラーとなったときに、日本でも『1984』が話題になったのですが、そのときにあるラジオ番組で聞いた話によると、イギリスの高校生に最も読まれている本は、この『1984』なのだそうです。
 この話を聞いて、イギリスとアメリカというのは、近いようで、けっこう遠い国なのかもしれないなあ、なんて考えてしまいました。

 
 紹介されている「ワケあり本」には、『ユリシーズ』『ライ麦畑でつかまえて』『ボヴァリー夫人』『アンネの日記』などの「歴史的名作」がたくさん含まれています。
 名作、インパクトがある作品には批判がつきもの、ということなのでしょう。


 ちなみに、ヒトラーの『わが闘争』は、戦後のドイツでは一貫して禁書となっているそうです。
 『わが闘争』の著作権はドイツのバイエルン州が持っていて(ヒトラーが生前バイエルン州で住民登録をしていたため)、第二次大戦後「ナチス賛美につながる」とのことで、ドイツ国内での出版を許可してこなかったのです。
(日本では発禁ではなく、Amazonでも簡単に入手できます。マンガ版まであるようです)
 こういうのって、「発禁」にするのが正しいのか、それとも、内容を公開したうえで、検証し続けていくべきなのか、非常に難しいところではありますね。