琥珀色の戯言

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【読書感想】「従軍慰安婦」 朝日新聞VS.文藝春秋 ☆☆☆



Kindle版もあります。

内容紹介
2014年8月に朝日新聞が「従軍慰安婦報道」の誤報を認めました。32年もの歳月にわたって国内外に大きな誤解を与え、外交の支障ともなった一連の報道でした。しかしこの間、文藝春秋の各雑誌には、一貫して朝日報道に疑義を呈し続けた言論人たちがいました。新書には塩野七生上坂冬子伊藤桂一保阪正康秦郁彦櫻井よしこ猪瀬直樹ら9人の論文など11本を収録。そして問題を追及しつづけた西岡力による書き下ろし論文も加わりました。なぜ問題はここまでこじれたのか。今こそ「慰安婦問題」の本質を再考する時です。


「内容紹介」を読むと、現時点(2014年)での「従軍慰安婦報道問題」のまとめ、という印象を受けるのですが、内容的には、1992年「慰安婦問題」が顕在してから、『文藝春秋』に掲載された論客たちの文章を時系列に再録したものです。
冒頭に、西岡力さんによる「総論」的な解説はありますが、ほとんどは「当時の文章をそのまま掲載している」だけなんですよね。

西岡力さんは、この新書のなかで、こう述べておられます。

 私は1992年の時点で、朝日新聞の誤報が日韓関係を悪化させていると批判していた。朝日はそれから22年経った、2014年8月、自社の慰安婦報道を検証する特集を組んだ。そこで、奴隷狩りのような慰安婦強制連行を行ったとする吉田清治氏の証言を報じた記事だけを取り消したが、私が誤報だと指摘した植村隆記者の記事は「意図的な事実のねじ曲げなどはありません」と開き直った。
 本書『「従軍慰安婦朝日新聞 vs 文藝春秋』には私よりも先輩の学者、言論人、高級官僚などの論文やインタビューが収録されているが、その冒頭に私が書き下ろし論文を書く役割に指名されたのは、文藝春秋上で一番早く、朝日の誤報を指摘したからではないかと考えている。


植村隆記者の記事について、1992年に、西岡さんは『文藝春秋』上で、疑念を呈しています。

 植村記者は韓国への留学経験もあり、韓国語にも堪能な記者である。昨年(1991年)6月にはその留学経験を記した本も出版している。
 そんな植村記者の書く金さんの体験は、悲惨の一言につきる。
「地区の仕事をしている人」に騙されて、わずか17歳で従軍慰安婦にされた――従軍慰安婦制度の残酷性を告発するのに、これ以上の体験はないと言えるだろう。
 ところがである。こうした植村記者の記事は実は重大な事実誤認を犯しているのだ。しかもしれはどう考えても間違えようのない類の誤認である。
 金さんが会見をした翌日、韓国各紙はこれを大きく扱った。すでにその記事の中で金さんの経歴について、韓国紙は「生活が苦しくなった母親によって14歳のとき平壌にあるキーセンの検番に売られていった。三年前の検番生活を終えた金さんが初めての就職だと思って、検番の義父に連れられていった所が、北中国の日本軍三百人余りがいる部隊の前だった」(『ハンギョレ新聞』1991年8月15日)とはっきり書いているのである。
 もちろん、たとえキーセンとして売られていったとしても、金さんが日本軍の慰安婦として苦汁を舐めたことに変わりはない。しかし、女子挺身隊という名目で明らかに日本当局の強制力によって連行された場合と、金さんのケースのような人身売買による強制売春の場合では、日本軍ないし政府の関与の度合いが相当に違うことも確かだ。それはとりもなおさず、記事を読む人々に従軍慰安婦というものを印象づけるインパクトの違いとなる。まして「挺身隊」イコール「慰安婦」という俗説が通用している韓国のことを考えれば、金さんが挺身隊という名目で、日本の国家権力によって強制的に連れていかれたかどうかは、事実関係の上で最も重要なポイントの一つだろう。
会見の4日も前に金さんの存在をスクープした植村記者が、そうした事実を果たしてほんとうに知らなかったのだろうか。まして、提訴後の弁護士同行取材の折にも、韓国語に堪能な植村記者はそうした韓国内の報道を知らずにいたのだろうか。
 それだけではない、高木弁護士たちが12月6日に東京地裁に提出した訴状にも金さんは「14歳からキーセン学校に三年間通ったが、1939年、17歳(数え)のハル、『そこへ行けば金儲けができる』と説得され、(中略)義父に連れられて中国へ渡った」ことが、しっかり記されているのである。
 これでは、植村記者はある意図を持って、事実の一部を隠蔽しようとしたと疑われても仕方がないと私は思う。まして最も熱心にこの問題に関するキャンペーンをはった朝日新聞の記者が、こうした誤りを犯すことは世論への影響から見ても許されない。


 1992年の時点で、これだけの「事実関係」が明らかにされているのです。
 また、実際に「慰安婦狩り」を行ったという吉田清治氏の証言についても、現地調査では、まったく裏付けはとれず、「そのような事実はなかった」と考えられます。


 22年前には、このような反論が出ていたにもかかわらず、長い間、朝日新聞が誤報を認めることはありませんでした。
 ただ、それは、朝日新聞のせい、だけではなかったのかもしれません。
 これを読んでいると、当時「慰安婦問題に異議を唱えていた人たちへの社会の対応」は伝わってくるんですよね。

 その頃、櫻井氏は、大変慎重な表現で、慰安婦として働いていた人たちに対する同性としての同情の念をあらわしながら「政府や軍が基本的政策として、女性たちを強制連行で集めたことを示す資料は今の時点ではみつかっていない」という発言をしたところ、事務所に抗議が殺到し、決まっていた講演会がキャンセルされるという騒動が起きた。神奈川人権センターなる団体が抗議の先頭に立っていた。

朝日新聞けしからん!
たしかに、そう思います。
なぜ、あれだけの取材力を持つずの大メディアが、知っていたはずの事実の一部を隠蔽してまで、不当な「日本バッシング」を行っていたのか。
ただ、当時の僕の心情を思い返してみると、事実関係もよく把握しないまま、「日本が起こした戦争のせいで慰安婦にされた人たちを批判するなんて、ひどい軍国主義者たちもいるものだな」と、朝日新聞に反論する人たちに反発していたんですよね。
なんで、あの時代には、あんなに「自虐的」になってしまっていたのだろうか?


朝日新聞の記事の影響は大きかったのだとしても、当時は、多くの「善意の人」が、反証もされているにもかかわらず、朝日新聞を鵜呑みにして、「慰安婦問題に異議を唱えていた人たち」をバッシングしていたのです。
「証言に信憑性がないのが問題」だったのに、「かわいそうだから、日本が悪かったのだから、ただひたすらそういう話については、頭を下げるべきだ」と思い込んでいたのです。
あの「平和教育」って、何だったのだろう?
なんであの時代は、「すべて自分たちが悪かった」ような気がしていたのだろう?
本来なら、「謝罪すべきことは、きちんと謝罪し、そうでないことは、明確に否定する」べきだったのに。


この本、資料的な価値は高いし、当時の「空気感」も伝わってくる、というのは事実なのですが、いままで「慰安婦報道問題」についてよく知らなかった人が、最初に読む一冊としては、不向きだと思います。
僕は小林よしのりさんの本などで、この「従軍慰安婦問題」の矛盾を知りました。
たぶん、そういう人は多いのではないかと思います。
総論としては、この本を読むより、小林さんのマンガのほうが面白いしわかりやすかったので、それをおすすめしたいところではあるのです。


僕が朝日新聞に対して教えてもらいたいのは、「なぜ、こんな誤報を流し、22年間も訂正しなかったのか」なんですよね。
あの報道は、純粋な「善意の暴走」から起こったものなのか、それとも、「誰かの利益のため、意図的に行われたもの」だったのか?
そして、なぜ朝日新聞は、その誤りをこんなに長い間、認めることができなかったのか?
プライドのため? それとも、誰かが圧力をかけていたの?


22年前って、今から考えるとだいぶ昔のような気がするけれど、当時の僕は「戦時下じゃあるまいし、マスコミもそんなひどい嘘とかつかないだろ……」と漠然と思っていた記憶があります。
「いま」は、その時代を生きている人たちが考えているほど、酷い時代じゃないし、立派な時代でもない。
2014年にも、同じような嘘が、まき散らされている可能性は、あるのですよね。

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