琥珀色の戯言

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【読書感想】縁の切り方 ☆☆☆☆


縁の切り方 (小学館新書 228)

縁の切り方 (小学館新書 228)


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
「自分にとって不要な人間関係ならば、容赦なく縁を切るべし!」―そう断言するネットニュース界の第一人者が、自らの「諦観」の根源を初めてさらけ出した問題作。ネットでもリアルでも、「つながる」ことは本当に幸せなのか?ネット上の豊富な事件簿や自身の壮絶な体験を赤裸々に振り返りつつ、本当に重要な人間関係とは何かをあらためて問う。SNSを中心にはびこる「絆至上主義」に一石を投じる渾身の社会批評。


 中川淳一郎さんといえば『ウェブはバカと暇人のもの』などの著作で、ネットに大勢いる「意識高い系」の人たちに、冷水をぶっかけまくっている人、というイメージがあります。
 僕のようにブログを書いている人間からすれば、中川さんの指摘は、「いちいちもっともではあるけれど、なんか身も蓋もない話だなあ」というものが多いのですが、この『縁の切り方』を読んでみると、「ネットでの絆」について、あらためて考えずにはいられないんですよね。
 いや、ネットに限らず、「人と人とのつながり」一般について、と言うべきか。


 中川さんは、「人と人とは、よく話せばわかりあえるはずだ」という善意の人々の考えについて、自身の経験から、疑念を呈しています。

 私は大学合格から入学直後のゴールデンウィークまで、近所の引っ越し屋でバイトをしていた。企業の大規模な引越の場合は3人一組で事務所を出発し、現場で中国人のバイトと合流し、仕事を進めていく。この時は「クロ」というリーゼントの社員と「竜」というパンチパーマの社員と、3人で組むことが多かった。
 クロは正社員で27歳。竜は契約社員で32歳。この2人の関係でいえば、クロの方が立場は上だった。高圧的な態度のクロに竜がいつもペコペコしている関係だったが、19歳のバイトの私が入ることにより、竜はようやくエラソーになることができた。クロは竜よりもさらに下の人間が入ってきたことで、ますますエラソーになっていった。
 この頃は、アメリカでの体験を基に「分かり合える人・分かり合えない人」については日々考えていた。バイトとはいえ、日本人と一緒に仕事をする引っ越し屋だったら様々な共通点があるが故に、良好な人間関係を構築できると考えていた。
 だが、初日段階でこの目論見はぶっ壊れることとなる。何せ、彼らがトラックの中で話す内容というのが、ほぼ、競馬と風俗と給料日に食べる焼き肉のことだけなのである。本当にこれだけなのだ! あっ、あとは、現場で出会う中国人留学生バイトの悪口もあった。彼らは現場に中国人のバイトが大勢いることを知ると「チッ、また今日の現場、ニイハオかよ、ニイハオの連中、バカだから使えねぇんだよな」などと言う。私に対しても「おい、このエリートさんがよぉ、お前、ホント仕事できねぇな。チッ、どーぜお前なんて4月になれば大学行くからやめるんだろ? エリートさんはうらやましいですね」と文句ばかり言う。冷蔵庫を運ぶ時にへっぴり腰になってしまい、あまりの重さに「ヒィーッ!」とうめき声をあげたら「ケッ、『ヒィーッ!』だってよっ。さすがはエリートさん、ヒィーッ!」と嘲笑される。
 中国人のバイトがいる現場でも「おい、ニイハオ、さっさと運べよ、バカ!」「おい、『アイヤー』と叫べアルよ、バカ」と罵倒することだらけだった。休憩時間もクロと竜は前述の通り競馬と風俗と焼き肉、そして中国人バイトと新人バイトの私の悪口を言うだけである。


 中川さんは、このバイトをしている間、「むしろ、中国からわざわざ日本に留学しにきている学生たちのほうが、勉強熱心で視野も広く、よっぽど話があっていた」と書いておられます。
 そりゃ、そうだよね……と。
 もちろん、引っ越しをやっている人たちが、みんなクロさん、竜さんのような人ばかりではないと思いますし、競馬や風俗や焼き肉の話題が低俗だとも言い切れませんが(というか、僕も競馬の話題大好きなので)、そりゃ、僕だってこの人たちと職場での同僚以上の関係になるのは難しいというか、つらいだろうな、と考えてしまいます。
 殊更に優しくされたり、敬意を払われたりするのも気持ち悪いところはありますが、なんというか、「世界が違いすぎる」って、こういうものなのです。
 

 「どんな相手にでも、熱心に話せば通じる、わかりあえる」と言う人もいるけれど、そういう人の大部分は「わかりあえそうな相手」としかコミュニケーションをとる機会がなさそうだし、そもそも、「わかりあえなさそうな相手」というのも「籠絡して仲良くなれば、自分にもメリットが大きそうな人」なんですよね。
 

 ここまで出会いを恐れた場合、「じゃあ、何もできないじゃないか! 一人で生きろってか!」と思われるだろう。それは違う。だからこそ、私たちは、出会うべき人間を見きわめる努力が必要だし、八方美人でいることをやめることも必要だし、人間関係の棚卸を適宜行うことが必要なのだ。或は最悪の事態に陥ったとしても、「まっ、彼みたいな一生の親友が主張したことに従った結果だから仕方がない……」と恨み言一切なく、悟りの境地に入った状態で死ねるほど素晴らしき人間関係を築いておくことが重要だ。
 覚えておくべきことは「人間が声をかける理由は己にとってメリットがあるから」ということ。家族や親友などを除き、基本的に人間が人間に声をかけるのは、自己の利益のためである。これが分かっていれば、多少の警戒感をもってして人間関係を構築することが可能となる。そして、本当に信頼できる人間関係をより強固なものにし、幸せかつ穏やかな人生を送ることができるようになるのである。


 この新書の内容の3分の1くらいは中川さん自身の体験とか半生記で占められています。
 そんなどこの馬の骨だかわからない、ネットニュースの中の人の自分語りなんか聞かされてもねえ……と最初は思っていたのですが、読んでいくうちに、けっこう引き込まれてしまって。


 しかし、この新書を読んでいると、中川さんというのは、「つねに計算高く行動し、他人の気持ちなど無視する人」ではないんですよね。というか、そうじゃないから、「縁の切り方」なんてことを、わざわざ考え込んでしまうわけで。


 この新書を読んで驚いたのは、中川さんが、自ら「貸したお金と、それが戻ってきた確率」について、赤裸々に公開されていることでした。

 私は飲み代を除き、あまりカネを使わない。趣味はせいぜいゲームと読書程度。車も持っていないし、ゴルフもやらなければ、洋服代は年間5000円程度だ。女性に何かをプレゼントすることも皆無だ。一体何にこれまで最もカネを使ってきたかを考えてみた。恐らくは飲み代だろうが、次は借金だろう。いや、私が借りるわけではない。他人に貸したカネである。以下、1999年から2014年までに貸してきたカネと、戻ってきたカネだ。「貸したカネ」→「戻ってきたカネ」と誰に何の名目で貸したか、そして、その後の人間関係についても記す。

こんなの、友達失くすよ!
でもさ、本当に「計算高く生きられる人」なら、「親友」でも、他人にお金なんか貸さないよね。
で、知人6名に貸した、合計「1840万円」のうち、いくら返ってきたかというと……


「借金は、人間関係を壊すもと」だと言われ尽くしていますが、それでも、友人どうしでの金の貸し借りというのは、なくならないのです。
 友人には「嫌われたくない」とか、「いいところを見せたい」なんていうのもあるしね。
 実際にそういう貸し借りが生じてくると、やっぱり、今までどおりの友人関係、とはいかないところもあるのです。
 それは、わかっているはずなのだけれども。


 「他人を、あるいは他人がつくったニュースを外側からまとめたり、批評したりする人」が、内面に抱えている、孤独感や絶望感……


 中川さんの婚約者だった方の話を読んで、僕はなんだか「読んではいけないものを、読んでしまった」ような気がしました。

 この経験から分かったことは、「大事な人間はあんまりいない」ということである。一人のとんでもなく大事な人がいなくなることに比べ、それ以外の人がいなくなることは、大して悲しくもないのだ。それは同時に、一番大事な人は徹底的に今、大事にしてあげなさい、ということも意味する。


 そうだよな、本音のところでは、どこかで知らない人が、1万人死ぬよりも、自分の息子や妻の「たったひとりの死」のほうが悲しい、それが、ふつうの人間なのだろうと思います。
 でも、それを公言することは、なんとなくためらわれてしまう。
 で、「付き合いだから」と、どうでもいいような飲み会に出て、どうでもいいような会話をして、「オレたち、仲間だよな」と頷きあう。
 僕は転勤の多い仕事をしているのですが、どんなに「この人とは気が合うな」と思っていても、職場が変わっても付き合いが続くような人って、ほとんどいないんですよね。
 僕の場合は、そうやって、人間関係をときどき「リセット」できるのが、プラスに働いている面もあるのかもしれません。
 仲良くしすぎるのって、ちょっと苦手だから。


 この本で、中川さんが、全身から血涙を流しながら語っているような婚約者の話も、僕にとっては、突き詰めれば「他人事」でしかなくて、その壮絶さに「言葉にならない……」とか言いながら、こうして、ブログのネタにしてしまっている。
 そこには、明らかな「温度差」が存在しているのです。
 もちろん、中川さんは、そういうことまでわかったうえで、あえて、こんな「呻き」を書かずにはいられなかったのだと思うけれど。


 ああ、でも、「他人との付き合いかた」って、どんなに本を読んだり、他の人の話を聞いても、なかなか変えられるものではないんですよね……



ウェブはバカと暇人のもの (光文社新書)

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