琥珀色の戯言

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【読書感想】「期待」の科学 悪い予感はなぜ当たるのか ☆☆☆☆


「期待」の科学 悪い予感はなぜ当たるのか

「期待」の科学 悪い予感はなぜ当たるのか


Kindle版もあります。

「期待」の科学 悪い予感はなぜ当たるのか

「期待」の科学 悪い予感はなぜ当たるのか

内容紹介
私たちの見ている世界像は、「期待」や「予測」から成り立っている。
人間の脳には、常に未来を見る癖があり、いつでもどこでも「この先はどうなるのか」という予測ばかりをする。
特殊な状況に置かれない限り、自分の脳の未来予測に自分が支配されているなどとは思わないのである。
「期待」の歴史と最新の科学研究から、驚くべき「期待」の力に迫る。


イングランド代表チームはなぜPKをはずすのか?
・偽薬はなぜフランス人に効いて、ブラジル人には効かないのか?
・偽ブランドのサングラスをかけると、なぜ犯罪率が上がるのか?
・高級ワインはなぜ美味しいのか?
・なぜ冤罪は起こるのか?
・なぜバブル経済が起こり、バブル経済は崩壊するのか?


 2015年のサッカー・アジアカップの準々決勝で、男子日本代表は、UAE代表と対戦しました。
 試合が始まってすぐに失点してしまった日本代表は終始攻勢で試合を進めましたが、なかなか追いつけず。
 後半になって、ようやく1−1の同点に追いついたものの、そのまま試合は終了し、PK戦に。
 結局、日本は敗れてしまったのですが、このPK戦で外したのが、本田、香川というスター選手だったんですよね。
 観ている僕からすれば、彼らは大舞台に慣れているはずだし、決めてくれるだろう、と思っていたのに。


 僕は、1994年、ワールドカップ・アメリカ大会決勝、PK戦にもつれこんだブラジル対イタリア戦での、イタリア代表のロベルト・バッジオ選手がPKを外してしまった場面を思いだしていました。
 外したら、負けが決まってしまうイタリア。ものすごくプレッシャーがかかっていたはず。
 でも、キッカーは、当時の世界的なスーパースターのバッジオですから、ここは決めるに違いない……と思いきや……
 しかし、ここであのバッジオが外すのか……
 

 僕はそれほど熱心なサッカー選手というわけではないけれど、「なぜか、大事な試合では、スーパースターがPKを外す」ようなイメージを持っていたのです。
 PK戦に起用される頻度も高いし、もともとの注目度が高いので、外すと記憶に残りやすい、ということなのだろうな、と思っていたのですが……
 この本には、サッカーのPK戦に関するデータが紹介されていました。

 期待とシュートの成功率の間には複雑な関係がある。ジョルデは研究の中で、この30年間に国際試合で重要なPKを蹴ったことのある選手を二つのランクに分けている。まずランク1は、「PKの時点ですでに最高の地位にあった選手」だ。たとえば、FIFAの最優秀選手賞を獲得した経験のあった選手などがこれにあたる。ランク2は「後に最高の地位を得る選手」で、PKの時点ではなく、その後に同等の賞を取った選手を指す。そしてランク3が「最高の地位にはいない選手」だ。PKの前も後も主要な賞を獲得しなかった選手が該当する。
 PK戦のシュート成功率だけを見ると、この中で最も低いのはランク1の選手で、65%にとどまる。それに対し最も成功率が高いのはランク2の選手で、89%にも達する。ランク3の選手はその中間で、成功率74%だった。
 高いレベルの技術があれば、当然PKを決める確率も上がるはずである。だがすでに高い評価を得ている選手の場合は、皆から寄せられる期待が大きくなってしまう。その期待がペナルティスポットにいるスター選手の脚をもつれさせるようだ。ランク1の選手はPKの成功率が低いだけでなく、ゴールを完全に外してしまう確率も高い。
 たまたまゴールキーパーが動いた方向と逆に蹴ったおかげで成功したラッキーゴールを除外して計算するとランク1の選手のPK成功率はさらにひどく、なんと40%となる。その一方でランク2の選手は、その場合でも86%と高率を維持する。

 これに関しては、「キーパーが動いた方向と逆に蹴る」というのは「ラッキーゴール」ではなく、観察力と高度なテクニックに基づくことも多いのではないか、とも思うのですが、少なくとも統計上は「いまが旬のスーパースターほど、PKを外しやすい」と言えるのです。
 「この先、FIFAの最優秀選手を穫れる選手かどうか」を判断するのは難しいことですが、「いまのスーパースターよりも、将来性がありそうな伸び盛りの選手に蹴らせるほうが良い」ということなんですね。
 とはいえ、日本代表がPKをやる際に、本田や香川を外して負けたら、それはそれで、キッカーの選出について責められることにはなりそうですが。


 「気持ちの問題」とか「気のせい」とか言うけれど、「期待」とか「不安」というのは、人間の身体的なパフォーマンスや感覚に、実際に大きな影響を与えていることが、この本を読むとよくわかります。
 

 一つ言えるのは、事前の情報や先入観の影響を受けて何かを美味しいと感じたり、楽しいと感じたりしても、その時に得られた「喜び」自体は偽物ではないということだ。それについては、カリフォルニア工科大学スタンフォード大学の研究者が実験によって確かめている。
 2008年に彼らは、被験者にワインの試飲をしてもらい、その際の脳内活動を調べる実験をした。被験者には飲むワインの価格(5ドル、10ドル、35ドル、45ドル、90ドルのうちのいずれか)が事前に伝えられた。その上で、どのくらい美味しいと感じたかを答えてもらう。伝えた価格は5種類だが、実際に使われたワインは3種類だけだった。45ドルと伝えたワインは本当は5ドルのもので、90ドルと伝えたワインは実は10ドルのものだ。あとはすべて本当の価格を伝えた。
 ほとんどの被験者はやはり高いと言われたワインほど美味しいと答えた。90ドルと言われて飲んだワインが最も美味しいと感じたわけだが、同じワインでも10ドルと言われた時にはさほど美味しいとは思わない。5ドルのワインも同じで、45ドルだと言われて飲んだ時のほうが本当の値段を言われた時よりも美味しく感じる人が多かった。
「これは高い」と言われたら、どう感じたにかかわらず「美味しい」と言わなくてはならない、という無言の圧力のようなものを感じている可能性はある。実際、伝えられる価格が違っても、脳内の味覚に関係する領域、たとえば感覚情報の処理に関わる視床や島皮質等の活動に違いは見られない。「価格が高い」と知った時に活発にはたらくようになるのは、腹内側前頭前皮質(vmPFC)に属する「内側眼窩前頭皮質(mOFC)」という領域である。すでに書いたとおり、vmPFCは、報酬系において中心的な役割を果たす領域だ。「報酬が得られそうだ」という期待があると活性化する。目の前に美味しそうなワインがあり、しかも高価だと知れば、期待は高まるだろう。
 これまでの研究からわかっているのでは、mOFCは、感覚器から得られた情報と期待感とを組み合わせるはたらきをする、ということである。


 我が家は毎年お正月に『芸能人格付けランキング』を観るのを愉しみにしているのですが、「有名芸能人で、しょっちゅう飲んでいるはずなのに、ワインの味もわからないのか!」ってバカにするのは、あまりに酷なのかもしれません。
 著者によると「人間の味覚はさほど鋭敏でないこともあり、特に味覚の情報は、期待の情報に乗っ取られてしまいやすい」そうですし。
 ふだんは「これは高いワインだから美味しい」と思いながら飲んでいても、その「情報」が無くなってしまうと、「味だけで判断する」というのは、かなり難しいのです。
 むしろ、GACKTさんが凄すぎる。


 「期待」とか「不安」とか「プラセボ効果」とかいうのは、漠然としているというか、「思い込みの問題」のような気がするじゃないですか。
 でも、そういう「人間の気持ちが、体内から分泌される化学物質に影響して、実際に統計学的に有意な『違い』を生む」ことが、研究され、かなりわかってきているのです。
 この本のすごいところは、「著者の思い込み」で押してくるのではなく、徹底して、これまでに行われた実験やデータに基づいて、アプローチしていることなんですよね。
 これはまさに「科学」なのです。


 この本の中には、2000年に『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』で紹介されたという、「プラセボ手術」についても紹介されています。J・ブルース・モーズリー博士は、変形性質関節症を患った患者を「実際に手術をした群」と、「手術をしたふりだけをする群」に分けたそうです。
 本来の博士自身の目的は、「実際に手術を行ったグループのなかの「手術の際に、損傷組織を取り除いた群」と「取り除かなかった群」を比較することで、「手術したふりグループ」は、「コントロール群」のはずでした。
 ところが……

 この実験でわかったのは、偽の手術の方が本物の手術よりも総じて良い結果をもたらすということだ。二週間後に確認すると、偽手術を受けた患者の方が本物の手術を受けた患者よりも痛みも少なく、歩くことや階段の上り下りもうまくできた。一年後でもやはり結果は同じだった。二年後は痛み、運動能力ともに三つのグループ間に目立った違いはなかった。

 本当なのか、これ……
 もちろん、すべての手術にあてはまる話ではありません。
 癌のように、放置しておけば時間とともに進行していくことが明らかな病気の場合は、あてはまらないはずです。
 さすがに、それを「実験」して確かめるわけには、いかないだろうけど。

 2010年に行われた実験では、マーケティング調査と称して、大勢の女性にサングラスをかけてもらった。かけるのは全員同じサングラスだが、人によって「有名デザイナーのサングラス」と告げて渡すこともあれば、「これは偽造品」と告げて渡すこともあった。両者の態度には明らかな違いが見られた。被験者となった女性たちには、サングラスをかけた状態でいくつかの認知課題をこなしてもらったのだが、「偽造品」のサングラスをかけた人たちの方が、「本物」をかけた人たちに比べ、不正行為が多かったのである。しかも他人の道徳心を疑う傾向も強くなった。たとえば、短い物語を聞かせた時、その中の登場人物が嘘をつくのではないか、悪いことをするのではないかと疑う割合は、偽造品のサングラスをかけた人の方が高かった。実験をした研究者は、偽物のサングラスをかけたことで、それに影響を受けて人間性に変化が起きたと推測した。偽物にふさわしく、誠実さを欠き、嘘も厭わない。そういう人間になったのだと考えた。偽物を身につけている人はそういう人のはずだ、という自分自身、そして他人の期待に応えるようなふるまいをしたわけだ。


 人間の心って、繊細というか、ちょっとしたことで影響を受けやすくて、身体は、そんな心の動きと無縁ではいられない。
 「気のせい」「思い込み」だと僕がバカにしていたことについて、科学の最前線では、ここまで検証されているということに驚かされました。
 それでも、「本田をPKのキッカーから外せ」とは、言いにくいのも確かなのですが。