琥珀色の戯言

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【読書感想】マーケティングの嘘: 団塊シニアと子育てママの真実 ☆☆☆


マーケティングの嘘: 団塊シニアと子育てママの真実 (新潮新書)

マーケティングの嘘: 団塊シニアと子育てママの真実 (新潮新書)

内容(「BOOK」データベースより)
市場調査で一般的に使われる定量的マーケティングは、しばしば偽物の消費者イメージを作り出す。たとえば「若い母親の料理は手抜きだらけ」「シニア層の散歩は健康目的」などだ。しかし、著者の開発した「生活日記調査」は、全く異なるリアルな消費者の姿を浮かび上がらせる。たった一人のサンプル調査が絶大な効果を挙げる画期的なマーケティング手法と、消費の大票田「団塊シニアと子育てママ」の真相を詳述。


「いまの若い母親の料理は、手抜きだらけ」
 たしかに、そういうイメージって、あるような気がします。
 でも、著者は、自ら開発した「生活日記調査」から、これが嘘であると指摘しているのです。

 先日、とある食に詳しいと称する女性マーケターが、30代の子育てミセスの食生活について、「そりゃあひどいものですよ」とおっしゃっていた。彼女たちは料理スキルが低いため、食事はインスタント食品や買ってきた総菜ばかり、作ったとしても栄養バランスが悪い手抜き料理がせいぜい……等々。
 このようなイメージに、違和感を持たない読者も多いだろう。実際、乳幼児の世話には時間を拘束されるし、「仕事よりも大変だ」と感じているワーキングマザーは多い。


 ところが、「生活日記調査」で、実際にひとりひとりのワーキングマザーの食生活を詳細に分析してみると、その「手抜きイメージ」は、実情とは異なっているそうです。

「まごはやさしい」という標語をご存知だろうか。まめ、ごま、わかめ(海藻類全般)、やさい、さかな、しいたけ(キノコ類全般)、いもの頭文字をとったもので、これらを食生活にきちんと取り入れることの大切さをキャッチフレーズにしたものだ。この「まごわやさしい」をちゃんと実践しているのは、40〜50代の世代よりも「ポストマタニティ」の30代のママたちの方である(本書で言う「ポストマタニティ」は、末子が二歳未満の状態を指す)。
 ここで、「スキルも時間もない彼女たちにそんなことが可能なのか」と疑う読者もいることだろう。先述の女性マーケターも、そのような先入観があるからこそ、「ひどいもの」と言っていたわけだ。しかし、実は軽々とそれを行っているのが実態なのである。

 
 本当? とつい疑ってしまう話なのですが、著者は、「スキルも時間もない彼女たち」に、そんなことができる種明かしをするのです。

「結局、インスタントや出来合いの総菜でごまかしているんじゃないの?」
 そう思うのも無理はないが、これが大間違いだ。
 私たちは、ポストマタニティの女性たちに相当数のインタビューを行ったが、「煮物は総菜やレトルトを買うのですか?」と聞いてみると、ほぼ全員が「自分で作ります」と断固として主張していた。「豆を煮るのとかって大変でしょう。時間もかかるし……」と言うと、キョトンとした顔をしている。
 豆を煮るなんて「時短」「簡便」に最も反することではないのだろうか、という私たちの先入観を打ち砕いてくれたのは、二歳児を抱えてフルタイムで働き、夜勤もこなす看護師の女性の答だった。
「お鍋に入れてタイマーをセットすれば、勝手にできますよ」
 彼女の家のキッチンはIHヒーターだった。二時間かかろうが三時間かかろうが、セットすれば後は勝手にやってくれる。だからまったく面倒ではないのである。逆に、調理時間が15分に過ぎなくても、その間つきっきりで複数の手を加えるプロセスが必要とされる料理は面倒なのだ。
 つまり、私たちの従来の常識で考える「手間」と、ポストマタニティのママたちが考えるそれは違っていたのだ。「時短」「簡便」などというキーワードを杓子定規に捉えて勝手なイメージを膨らませているだけでは、本当の消費者像は把握できないのである。

 他人を判断するとき、つい、「自分がその年代だったときの状況と同じものとして」考えてしまいがちなのですが、調理器具の変化、あるいは進歩などで、めんどくさかったはずのものが、そうではなくなっている」(あるいはその逆)ということが起こっているのです。
 この事例でいえば、「IHヒーター」によって、豆を煮るのは、「勝手にできること」になってしまったのです。
 クックパッドで簡単にレシピを検索できるし、「キャラ弁」もネットにあるものを参考にすればいい。
 まあ、だからといって、「全くめんどくさくない」ことは無いのでしょうけど。
 今は、昔よりも簡便に「まごわやさしい」を実践できる時代になっており、それならば、ワーキングマザーたちだって、あえてそうしない理由はありません。


 著者たちが、「本当の消費者像」を把握するために作り出したのが「生活調査日記」という手法なのだそうです。

 本書は、こうした定量調査に基づく主流のマーケティング手法への「アンチテーゼ」として書かれている。多くのサンプルを対象にしたアンケートをするよりも、たった一つのサンプルの生活を徹底的に追うことの方が、よほどマーケティングには有効である。私たちはそう考えている。
 そのために最も有効な手法が、筆者の一人である辻中が今から30年以上前に考案した「生活調査日記」だ。いつどこでどんな気分で何をしたのか、調査対象者に一週間の日記をつけてもらうという、とてもシンプルなものである。ところが、それによっていろいろなことが見えてくるのだ。


 この新書を読んでいくと、たしかに「団塊シニア」とか「子育てママ」について、巷間言われていることと、実際の生活ぶりとのギャップに驚かされるのです。
 少なくとも、僕がイメージしていたよりも、みんな活動的だし、ちゃんとしているのだな、と。


 ただ、読んでいて気になるところもあって、「生活調査日記」って、この本のなかにもサンプルが収録されているのですが、かなり書く側の自由度が高くて、めんどくさそうなんですよ。
 著者は「シンプル」だと仰っていますが、マークシートとか、選択肢だけのアンケートに比べると、自分の言葉で記入しなければならない欄が多く、「謝礼は出るんだろうけど、僕はこれ、やりたくないなあ」と感じました。
 サンプルには、キレイな字でビッシリとコメントが書かれており、三食の写真も貼られているのですが、「この『生活調査日記』をちゃんと書ける人」というだけで、参加者にかなりバイアスがかかってしまうのではないか?」とは思ったんですよね。
 いま問題になっている、「家でご飯を食べさせてもらえない子供」のお母さんたちが、こんなめんどくさいアンケートに答えてくれるのだろうか?
 ただ、「マーケティング」という観点からいえば、「これに答えられるくらいのインテリジェンスのある消費者をターゲットにしている」のであれば、それはそれで正しいのでしょうけど。
 基本的に、この本の内容については「いまの社会全体を分析したもの」ではなくて、「少なくとも生活に困ってはいない階層の人々の日常のデータ」だと考えたほうが良いと思います。

 
 僕自身にとっては、確かにそんな感じだよな、と頷ける話が多かったのは事実です。

 孫のいるシニア世代に「孫は目の中に入れても痛くないか」と聞いてみれば、ほぼ100%が「そうだ」と答えるだろう。しかし、心のひだにまで分け入ってみれば、本音はやや異なっている。「確かに孫は可愛いのだが、余りにもしょっちゅう来られて面倒を見ていると疲れてしまう」。
 バァバの側からみれば、自分の娘の子供との関係は特に遠慮もなく、気兼ねすることもない。逆に娘の側からみても、自分の母親に預けたり面倒をみることを頼むことには、さしたる抵抗はない。夫の母親に頼む場合よりも圧倒的にハードルは低い。

 三世代の近接連鎖が日常化することにより、本来夫婦二人だけが暮らす場だったはずの実家が、娘たちや孫たちでにぎわうことになる。このテンポラリーな大家族は、子供二〜三人を育てていた標準世帯の時代よりも、むしろ拡大している。これでは夫婦二人になってしまったシニア層といえども、なかなか居住空間をダウンサイズすることができない。
 子供たちが独立してしまった後の標準世帯の姿のことを、エンプティネスト(ひな鳥たちが巣立った後の空っぽの巣)と呼ぶことがある。夫婦二人、あるいはどちらかが単身で残った世帯にとって、3〜4LDKもある住居はムダであり、維持、メンテナンスするのも大変だ。だから空っぽになった大きなサイズの住まいをリストラして、もっとコンパクトな住まいへと住み替えていくのは、確かに理屈には合っている。
 しかし、家のダウンサイズ、コンパクトなスペースへの住み替えというマーケティング予測も、結局は大幅にハズれてしまっている。これも大嘘のマーケティング予測、幻の「都市伝説」である。女系を縦糸にした三世代の近接連鎖という実態をみていれば、実家のダウンサイズが将来の主流になるはずもないことは一目瞭然だったのだ。


 さすがに「一目瞭然」だとまでは思いませんが、この「三世代の近接連鎖」というのは、今まさに僕がリアルタイムで体験していることであり、しょっちゅう娘と孫がやってくる妻の実家は、にぎやかでもあり、義父母はけっこう大変そうでもあり。
 孫が無条件にかわいいのも、お盆と正月にしか帰ってこないから、なのかもしれないな、などと考えてもみるのです。
 僕だって子供の相手をするのは大変なのだから、それなりの年齢の義父母は、体力的にきついこともあるだろうな、と。
 子供にとっては、「おじいちゃん、おばあちゃんの広い家」は、格好の遊び場になっているのです。

 
 同じ「団塊シニアの夫婦が住んでいる家」でも、子供たちが東京に出てしまい、帰ってくる見込みが無い家と、子供たち、孫たちが近くに住んでいて、頻繁に行き来がある家では、まったく条件が違ってくるんですよね。
 だから、一概に「高齢者がふだんは夫婦だけで住んでいる家だから、ダウンサイジングすべき」とも言えないのです。


 この新書のなかで紹介されている「団塊シニアと子育てママの真実」も、あくまでも「部分的な真実」だとは思うのです。
 でも、個人的には、「そうだよなあ」と頷くところも多かったし、自分のイメージをアップデートしなければ、と考えさせられました。