琥珀色の戯言

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【読書感想】イスラームから見た「世界史」 ☆☆☆☆☆


イスラームから見た「世界史」

イスラームから見た「世界史」

内容(「BOOK」データベースより)
9・11―その時はじめて世界は“ミドルワールド”に目を向けた。西洋版の世界史の後景に追いやられてきたムスリムたちは自らの歴史をどう捉え、いかに語り伝えてきたのか。歴史への複眼的な視座を獲得するための、もうひとつの「世界史」。


 この本、2011年の8月に出ていて、当時はかなり話題になりました。
 僕も読もうと思いつつ、ずっと「積んで」いたんですよね。700ページ近くあり、字も小さいし、これを読むのは大変だな、と身構えてしまって。
 あの『イスラム国人質事件』を機に、少しずつ読みました。


 著者のタミム・アンサーリーさんは、アフガニスタン出身で、アメリカで教育を受け、現在はサンフランシスコ在住の作家です。
 読んでいて、僕は「いままで、自分がイスラム教世界の歴史を知らなかったこと」に驚きましたし、それ以上に、「日本史があるように、イスラム教世界には、彼らの歴史観がある」という当然のことを、全く意識していなかったことに愕然としたのです。


 僕は「歴史好き」だと思い込んでいたのだけれど、たしかに、日本とヨーロッパと中国という、世界のごく一部からの歴史しか、意識したことがなかったのです。


 この本の冒頭で、著者は、「この本は、学術的な歴史研究書ではなくて、イスラームの世界で人々が信じ、語り継いでいる『物語としての歴史』です」と断っておられます。
 もちろん、陳寿の『三国志』と羅漢中三国志演義』ほどの乖離はないと思うのだけれども、「歴史的事実」だけではなくて、歴史上の人物の興味深いエピソードなども散りばめられていて、歴史小説好きなら、飽きずに読めると思います。
 メソポタミア文明からムハンマドの出現、イスラム教帝国の勃興、モンゴルや十字軍との戦いから、ニューヨークの同時多発テロまでのイスラム教世界という広い地域の長い時間を、これだけ分厚い本とはいえ、よく一冊にまとめたな、と感心してしまいます。


 ムハンマドアッラーから啓示を受け、版図を広げていくところや、ムハンマドが亡くなったあとにウンマイスラム教団)を率いることになった4人の個性的なカリフたちのエピソードなど、すごく面白いな、と。


 ムハンマドがマッカからマディーナ(僕が教科書で習ったときには、メッカからメディーナでした)に移ったという「ヒジュラ」は、世界史の教科書に大きな歴史の転換点として登場してきます。
 なぜ、「引っ越し」がそんなに重要視されて、イスラム暦の起点にまでなっているのか?
 なんとなく疑問ではあったのだけれど、世界史の教科書は、それに答えてはくれませんでした。

 いったい何が、一つの町から町への移住をこれほどまでに重要な出来事となさしめているのだろうか? ヒジュライスラーム史上最高の地位を占めているのは、これによってウンマと称されるイスラーム共同体が誕生したからにほかならない。ヒジュラ以前のムハンマドは、個々の信者を導く説教師に過ぎなかった。だが、ヒジュラ以降のムハンマドは、法律の制定や政策の決定や社会の指針について、ひらすら彼の裁定を仰ぐ共同体の指導者となったのだ。「hijra」という言葉は「絆を断つ」ことを意味している。マディーナのムスリム共同体に加わった人々は部族の紐帯を断ち切って、この新しい人間集団を浮世のしがらみを超越した帰属先として受け入れた。そして、この共同体はムハンマドが少年時代を過ごしたマッカに代わるものを築くという、信仰に基づく壮大な社会事業に全力をあげて取り組んだ。
 ヒジュラ以後のマディーナで顕在化したこの社会事業こそ、イスラームの核心をなす要素である。イスラームはまぎれもなく宗教であるが、それと同時に(ヒジュラとともに「創始」されたとするなら)創始された当初から政治的な存在だった。たしかに、イスラームは善人になる道を示しており、敬虔な信徒はいずれもその道に従って天国に行きたいと願っている。だが、イスラームは個々人の救済を重視する代わりに、正しい共同体を築くための青写真を提示している。各人は共同体の一員としてイスラームの社会事業に参加することによって、天国での居場所を確保する。イスラームの社会事業とはとりもなおさず、孤児が見捨てられたと感じることのない世界、寡婦が住処を失ったり、飢えたり、恐れたりしないですむ世界を築くことなのだ。


 「移住したこと」そのものが歴史的な出来事であったというよりは、移住先で、ムハンマドを中心とした「イスラーム共同体」をはじめて作ったこと、が重要だったのです。
 著者は、この本の「終章」で、「ジハード」について、こんなふうに書いています。

 私はしばしばアメリカ在住のリベラルなムスリムが「ジハードとは単に『よい人間になるべく努力すること』を意味するに過ぎない」と述べ、この言葉を暴力と結びつけるのは反ムスリムの偏狭な人間だけだと主張するのを耳にする。だが、彼らは、預言者ムハンマド自身の生涯にまで遡る歴史の過程で、ムスリムにとってジハードが意味してきたものを無視している。ジハードは暴力と無関係だと主張する者は、最初期のムスリムが「ジハード」の名のもとに遂行した戦争について説明しなければならない。


 この本によると、ムスリムたちが勢力を伸ばしていったのは、「共同体の結びつきの強さを武器に、どんな劣勢な状況でも、最終的には他部族との戦いに負けなかったから」なのです。
 それをみていた周囲の部族は、ムスリムたちに、何か聖なるものを感じるようになり、次第に仲間に加わっていくようになりました。
 もちろん、直接「征服」した相手もいます。
 逆にいえば、「ジハード(=戦い)に強い」ことこそが、駆け出しの頃のイスラーム共同体にとっての、最大の魅力だったのです。
 もちろんそれは、過度に戦闘的であった、ということではなくて、そういう「歴史」を無かったことにしては、かえって誤った理解をされてしまう、ということなのですけど。


 教科書的には、「アブー・バクル、ウマル、ウスマーン、アリー」の4人のカリフのあと、深刻な後継者争いが起こり、それがスンナ派シーア派の分裂のきっかけとなる、という一文で終わってしまうのですが、

 ウマルは預言者に倣って常に継ぎを当てた衣服をまとい、重要な公務の合い間にみずから継ぎ当てすることも度々だった。言い伝えによれば、ウマルは公務を終えた夜には、穀物を入れた袋を担いで街を歩きまわり、貧しい家族に食料を配っていた。ある夜、そうしたウマルの姿を見た人物が、代わりに袋を担ごうと申し出た。だが、ウマルは「この地上では、あなたに私の重荷を負ってもらうことができるでしょう。でも、審判の日にいったい誰が私の代わりに重荷を負ってくれるでしょう?」と応じたという。

 なんていう二代目カリフのエピソードを読むと、なんだかとてもこの時代のイメージがわいてくるんですよね。
 ちなみにこのウマルさん、ムハンマドの時代には、強面で「キレやすい武将」として知られていたそうです。張飛みたいな感じの。
 それが、カリフの座につくと、「あれは武将としての役割をまっとうしていたもので、これからはカリフとしての役目を果たす」と、有能で温和な指導者になったのだとか。
 著者は、こうしたエピソードについて、「完全な歴史的事実だとは思わないが、こうしたエピソードが伝承され、ムスリムたちに信じられているのには、ウマルという人に、それに値するだけの何かがあったのではないか」と述べています。


 また、こんなイスラム教世界に伝わる「逸話」が紹介されていました。

 若い旅人が一人の老人を殺したかどで逮捕された。被害者の息子たちがこの若者をカリフ・ウマルのもとに引ったてると、彼は自分の犯行を認めた.情状酌量が認められる状況だったが、旅人はそれを申し立てることを拒否した。一人の人間の命を奪ったのだから、自分の命で贖うしかない、と。けれども彼は、一つだけ願いを聞いてほしい、家に帰って用事をすませられるよう刑の執行を三日間猶予してもらえないだろうか、と訴えた。実は孤児を引き取って養育しているのだが、その子が相続した遺産を誰も知らないところに埋めておいたので、自分が死ぬ前にそれを堀りださなかったらその子は文無しで残されてしまう。保護者が犯した罪ゆえに、子どもが苦労するのは公正ではない。「もし、私を今日行かせてくれたら、必ず三日後に戻ってきて刑に服します」と、この殺人者は懇願した。
 カリフはこう応じた。「よし、わかった。ただし、その条件として代理人を指名せよ。お前が戻らなかったときに、その身代わりとして刑に服することに同意する者を」
 これを聞いて、若い旅人はすっかり当惑してしまった。この地方には友人も親戚もいない。身代わりになって処刑されるリスクを負うほど、自分を信用してくれる赤の他人がいるだろうか?
 その時、預言者の教友だったアブー・ザッル(西暦652年没)がこの若者の代理になると宣言した。こうして、殺人者は出発した。

 この話、どこかで聞いたことがあるような……というか、太宰治の『走れメロス』!
 元ネタがあって、イスラム教世界の話だったのか……
 太宰さんは、あの時代に、ここまで幅広く読んでいたのだなあ。
(※指摘があって調べたところ、太宰さんの『走れメロス』は、最後に「古伝説とシルレルの詩から」と記述され、ギリシア神話のエピソードとドイツのフリードリヒ・フォン・シラー(Friedrich von Schiller)の詩をもとに創作した事が明らかにされているそうです(Wikipedia走れメロス』より)。年代的には、このイスラーム世界の逸話も、ギリシャ神話由来の可能性が高そうです。お詫びとともに訂正いたします)


 この調子で紹介していくと、いつまで経っても終わらないので、そろそろ終わりにします(というか、ほんのさわりの部分しか触れられていないのですが)。
 分厚い(索引まで含めると700ページ近い)し高い(本体3400円+税)けれど、イスラームの歴史の概略が「わかったような気分になれる」良書だと思います。
 というか、こういう本って、類書がなかなかありません。


 アメリカは同時多発テロ、日本はイスラム国人質事件という「文明の悲劇的な衝突」が起こってしまったことによって、ようやく「相手のことを、もっと知っておくべきだ」とと考えるようになったというのは、「後手」ではあるんでしょうけどね……
 それでも、知ることは、たぶん、なんらかの理解や和解につながるのではないか、と僕は思っています。
 というか、歴史好きの人にとっては「目から鱗が落ちる本」ですよ。
 十字軍が、イスラム教世界にとっては、宗教戦争というより「迷惑な押し込み強盗集団」でしかなかった、なんて話を読むと、「そりゃそうだよなあ」って。

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