琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

【読書感想】出版社社長兼編集者兼作家の購書術 ☆☆☆☆



Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
町の書店、大型書店、ネット書店に古書店新古書店、オークション、電子書店。本が買える店は、かつてないほど増えた。価格は事実上、自由化されたといえる現在、単に安さと利便性を求めるだけの本の買い方ではなく活字文化にいかに関わるかという「生き方」としての、本との付き合い方が求められている。編集者にして作家かつ出版社経営者、そして読者という本の“グランドスラム”ゆえに語れる購書術、つまり本の賢い「買い方」を詳述する一冊。全ての本好きに贈る、あるようでなかった究極の本の買い方術。


 「編集者にして作家かつ出版社経営者、そして読者という本の“グランドスラム”」か……
 たしかに、こういう人はそんなにいないと思います。
 そして、「読書術」を紹介する人は多いけれど、「購書術」を披露してくれる人は少ない。
 この新書の場合は、どちらかというと「とにかく安く、お得に買う」というような「消費者的な視点」よりも、「出版社、あるいは、出版界全体のことを考えると、どういうふうに読者が本を買ってくれると嬉しいのか」が書かれている割合が高いのです。

 
 この新書には、「より多くの人に読んでもらいたい。本は文化財だから」という「出版する側の建前」と、「でも、みんなが図書館で借りたり、ブックオフで買ったりした本しか読まなくなったら、新刊書は出なくなってしまうし、出版関係社は食べていけなくなる」という「本音」の部分が並記されており、興味深く読みました。

 世の中に「本についての本」は多い。読むべき本、面白い本を紹介する読書ガイドもあれば、本の作り手である作家や編集者による裏話的なもの、あるいは売る立場の書店員が書いたものも最近は多い。
 この本は「買う」立場からの本だ。
 とはいえ、私は半世紀にわたって「本を買う」一方で、この三十数年間は、「本を作る」ことを職業としている。最初に記したように、零細出版社である株式会社アルファベータの経営者であり編集責任者だ。その前に勤めていた別の出版社時代を含めて、これまでに五百点以上の本の「発行人」となっている。さらに、他社の本の企画・編集・制作を請け負うこともある。そして、著者として四十冊近くの本を書いてきた。名前を出さずに書いた本も五十冊近くある。そういう「本を作る」立場での視点も当然、入る。
 しかし、それ以上に私は「本を買う人」なのだ。もはや正確な数は分からないが、雑誌を含めて五十年間に四万冊は買ったと思われる。過去二十年は年に百万円は本代として使ってきた。都立高校の予算と同じく つまり、私が出版界で稼いだお金の大半は出版界に戻っている。


 著者は、「本の買い方」として、「村上春樹さんや東野圭吾さんなどの人気作家のベストセラーは都心(あるいは街中)の大型書店で買えばいい」と仰っています。
 商店街の中などにある小さな書店(というのも、最近は少なくなってしまいましたが)などに、ベストセラーが配本されない、あるいは配本数が少ないことが話題になるのですが、「ベストセラーは、大型書店でまとめて売ってしまったほうが、出版社としても効率が良くなるし、『紀伊國屋書店新宿本店だけで2000冊売れた』というほうが、明るい話題にもなるから」と。
 僕などは、「そういう確実に売れそうなベストセラーこそ、零細書店で買ったらどうか」とも思うのですが、著者は「零細書店では、発売日に配本されるのが難しい場合も多いし、何冊かの配本プラスのために零細書店が努力するというのは、努力の割に見返りが少ない」と仰っています。


 では、小規模書店で、何を買えばいいのか?

 かかりつけ医にあたる小さな書店は定期刊行物を買うのに最適だ。月刊誌や全集もの、あるいは最近では『パートワーク』だ。そういう店で定期購読の手続きをとると、買い漏らしがなくなる。店にとっても安定的な収入になるので、ありがたいはずだ。
 暗黙のルールがあるのか、これらパートワーク、とくにCDやDVDの付いているものはコンビニでは見かけない。
 パートワークものは隔週刊が多く、だいたい五十号前後で完結する。つまり、完結まで二年間かかる。通常の号が1800円だとしても、創刊号は半額の900円くらいで売ることが多く、また創刊時に大量の宣伝をテレビ、ラジオ、新聞などに打つ。
 パートワークの創刊号は売れても赤字になるくらいの価格だが、こんなに安いのは、宣伝の一環だからで、とにかく多くの人に買ってもらうために安くしているのだ。買うほうも、いきなり全巻予約するのはリスクがある。半額なら買ってみようかとなり、それで面白ければ、次も買えばいいのだ。


(中略)


 いま、商店街にある中小の書店はこのパートワークが大きな柱となっている。気に入ったものがあれば、なるべく近くの書店で定期購読をするといい。書店にとって安定収入となる。版元の社内でも定期購読者が多いと、担当者は仕事がやりやすくなり、次の企画につながる。


 あの『日本の名城100選』『世界の名演奏』とか、『横溝正史映画シリーズ』みたいな、CDやDVD付きの本(実質的には「詳しめの説明書付きのCDやDVD」という感じなのですが)って、「パートワーク」と言うんですね。
 僕はこの本を読むまで、あれを「パートワーク」と呼ぶことを知りませんでした。

 そうか、今はあれが、零細書店にとっての「大きな柱」なのか……
 ただ、僕はあれをシリーズ通して買った記憶がないんですよね。
 気になった号を、何冊か買うことはあるけれど。
 正直、あれが生命線なのだとしたら、零細書店の未来は暗いんじゃないかな……と考えてしまいます。
 もちろん、大ヒットするシリーズもあるのですけど。


 また、Amazon古書店図書館とのつきあいかたについて、著者は、こう仰っています。

 自分に決めているルールとしては、絶版・品切れの本、雑誌のバックナンバーしか古書店では買わない、ということだ。
 新刊として流通している本は新刊書店で買う、と、義理堅い生き方をしている。
 絶版・品切れということは、版元にその本を売る意志がないわけだから、古書店で買っても心は痛まない。
 最近は古書ブームでもあるので、三省堂書店神保町本店や芳林堂高田馬場店はフロアの一角を古書店に貸して、古書コーナーを作っている。よく利用するが、さすがに新刊書店の中にあるだけあって、新刊売場にある本は置いていない。絶版・品切れのものばかりだ。
 これが礼儀というか、道理というものだ。
 アマゾンに対しての不信感のひとつが、新刊と一緒にその同じ本の古本も売っていることだ。消費者にとっては便利だという判断なのだろうが、出版社の人間として、また著者としても不愉快だ。絶版のものならいくらでも売っていいが。
 アマゾンも利用するが、絶版となった古書がほとんどだ。たまに新刊も買うが、新刊で売られているものの古本は、それがもとの値段がどんなに高くて古本がどんなに安くても買わない。意地でも買わない。だから、お金が貯まらない。

 図書館へ行くのは、新聞の縮刷版や雑誌のバックナンバーを調べに行き、必要に応じてコピーするためだ。ごくたまに、絶版で入手困難な本を探しに行くこともある。


(中略)


 それがいま、図書館は税金で運営しているのだから住民サービスしろとの声が大きくなり、リクエストカードに基づいてベストセラーの本を何十冊(同じ本を、である)と購入し、貸出率の高さを誇っている。地域住民に娯楽を提供するのも図書館の役割などかという本質的な議論はなされないまま、ズルズルとこの状況は続いてきた。
 図書館がベストセラーを買うのも全否定はしないが、そのために専門書、高額な美術書などが買えなくなるのは本滅転倒しているのではないだろうか。
 図書館は貸本屋ではない。貸本屋の機能は図書館に望まない。
 図書館が人気のある本を何十冊も買っていることに、その本の著者も出版社も感謝もしなければ喜んでもいない。むしろ、本が売れない一因だとして批判、憤っている。これはお互いに不幸である。


 こういう、古書店や、ブックオフなどの新古書店図書館との付き合いかた、というのも、本好きにとっては難しいところなんですよね。
 著者のスタンスは、本をつくったり書いたりして生計を立てている人の立場からすれば「正論」なのだと思うけれど、目の前にほとんど同じ質なのに、新品か中古かで価格が大きく違うものがあったとしたら、どちらを選ぶのか?
 図書館の役割としては、「ほとんどの人に縁もないような高い専門書」を重視すべきなのか、それとも、「ベストセラー」で、多くの人に利用してもらうことを目指すべきなのか。
 しかし、お金を出してでも買う人が多い本をタダで大量に貸し出すというのは「民業圧迫」だともいえるわけで。
 電子書籍というものが出てきて、技術的には「ベストセラーを電子書籍として人数無制限で一度に貸し出せるシステム」だって可能なんですよね。
「なぜ、10人待ち、みたいな状況に陥るんだ? 税金払ってるのに!」
 そういう意見だって、出てきてもおかしくないのです。
 以前は「その本が一冊しかないのだから、しょうがない」と、みんな諦めていたのだけれども。
 技術の進歩で、いろいろと便利になってきたけれど、だからこそ、物理的、技術的な限界ではなくて、倫理で線引きをしなくてはならなくなったのです。
 そのボーダーラインを決めるのは、ものすごく難しい。
 利便性を考えれば、わざわざ図書館まで出向かなくてもいい「公共の電子書籍図書館」なんていうのもできて良いはず。
 少なくとも、技術的には可能でしょう。


 新刊書にお金を払う人がいなければ、出版業界は潰れ、本を書く人も出す人もいなくなる。
 とはいえ、「金がないからといって、本という文化財に触れられなくなる世の中は公正なのか? だからこそ、図書館はベストセラーを揃えるべきなのではないか?」というのも、「暴論」ではないでしょう。

 
 今回は、「本はどこで買うべきか」という部分ばかりに偏った紹介になってしまったのですが、あまり馴染みがなさそうな書店の「外商」の話とか(そういえば、僕も大学では専門書を1割引で買っていて、あれは「外商」扱いだったのだな、と)、本は著者から買ったほうが得なのか?という話など、”グランドスラム”である著者ならではの、興味深い話がたくさん書かれています。
 ちなみに、作る側からすれば「本の初版には誤植などがつきものなので、それらが修正されている最新版のほうが価値がある」そうですよ。
 言われてみれば、そのとおりだよなあ、と。


 新刊書は書店かAmazonで買い、古書店は(新古書店も含めて)ほとんど利用せず、図書館は新しく入った本のコーナーで、気になったものを借りる、というのが現在の僕のスタンスです。
 ベストセラーを予約して長い間待ち、それを1冊借りるために図書館に行くのはめんどくさいので、そういう本は買って読んでしまいます。
 ……けっこう、著者に近いかもしれない。
 もちろん、著者ほど「筋金入り」ではないけれど。


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