琥珀色の戯言

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【読書感想】辞書に載る言葉はどこから探してくるのか? ☆☆☆



Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
「ワードハンティング」とは、獲物をねらうハンターのように、「まだ辞書に載っていないことばはないか」「意味が変わってきたことばはないか」と、ことばを探すこと。著者は、本や新聞・雑誌、テレビやインターネットから新しいことばや用例を探すのに飽き足りず、「街の中のことば」を調べようと、デジタルカメラを持ってワードハンティングに出かけた。それぞれ特徴ある24の街で、看板やポスター、値札などから生きたことばを採集、撮った写真は3000枚超に。本書ではそれらの中から選りすぐりのことばを紹介。常に変化していく日本語の最先端の様子を生き生きと伝える。


 著者は日本語学の研究者であり、『三省堂国語辞典』の改訂に2005年から携わっておられるそうです。
 国語辞典の改訂作業には、大きく分けて2つの柱があり、それは「旧版にない新規項目を増補すること」と「旧版の項目に手入れし、語釈(ことばの説明)を新しくすること」なのだそうです。


 では、そのために、辞書の編纂・改訂にあたる人たちは、どんなことをやっているのか?

 ある一般の人はこう言いました。「おそらく、他の辞書を何冊か机に並べて、自分の辞書に載っていないことばを拾っていくのでしょう」
 なるほど、他の辞書にどういうことばが載っているかを知っておくことは大事です。でも、そこから直接ことばを頂戴する、という方法では、既存辞書の単なるコピーになってしまいます。新しい辞書を刊行する意味がありません。
 別の人は言いました。「きっと、毎日、新聞を読む時などに気をつけて、時事用語などをメモしておくのでしょう」
 これはかなり事実に近いところに迫っています。ほとんど正解と言ってもいい。ただ、「ふだんからなるべく気をつけてメモしておく」という程度では、とうてい何千ということばは集まりません。
 では、どうするか。もっと攻める姿勢が必要です。獲物を狙うハンターのように、「まだ辞書に載っていないことばはないか」「意味が変わってきたことばはないか」と、ことばを探すこと自体を目的に、新聞を読んだり、本を読んだりします。『三省堂国語辞典』の初代主幹・見坊豪紀は、これを「ワードハンティング」と名づけました。

 人間の頭のなかには、たくさんの言葉がつまっているのだけれども、「新しい言葉」や「言葉の意味の変化」というのは、「それが実際に使われている例(用例)」を見ていくことが大事になります。
 著者の場合、1か月に400語前後のペースでデータを集めているそうで、辞書の改訂作業(だいたい5〜6年に1回くらい)が本格化する頃には、1万数千語になるそうです。
 すでに知られている言葉ではなく、新しい言葉や違う用法がみられるようになった言葉をそれだけ集めるというのは、大変なことですよね。
 ほとんど一日中、言葉のことばかりを考えている必要がありそうです。

三省堂国語辞典の)第6版が刊行された後、「やれることはやった」という達成感を味わう一方で、なおも不満を感じる部分もありました。というのも、新聞・雑誌・書籍・放送・インターネットなどのことばはかなり採集したけれど、まだ観察し残したことばがあったからです。
 それは「街の中のことば」でした。


 この本では、著者が東京とその近郊を実際に歩きながら、「辞書に載せることば」や「その用例」を集めていく様子が、エッセイとして紹介されています。
 読みながら、その街で使われている言葉というのを集めていくと、街の雰囲気というのがけっこう伝わってくるものなのだな、と感心してしまいました。


 「アメ横」の項では、こんな話が出てきます。

 買い物客の注目の的となっているのは、何と言っても大形の魚介類です。<酢たこ><煮たこ><新巻さけ><銀さけ><ズワイかに><たらばかに>などに人だかりができています。
 でも、ちょっと待ってください。おなじみの名前のようでありながら、どこか違和感がありませんか。そう、値札などに書かれた名前に、濁点が打たれていないのです。
 ふつう、私たちは「スダコ」「アラマキザケ」「ズワイガニ」などと、複合語の後ろは濁って読みます。現に、アメ横でもそう書いた札もあります。でも、全体から見ると、濁点のない札のほうが圧倒的に多いのです。
「酢たこ」とそのまま発音するのは変です。店の人たちの売り声を聞くと、実際に「スタコ」と言っている人はいません。「スダコ、さあ安いよ安いよ」と、やっぱり濁って発音しています。「煮たこ」なども同様です。どうも、濁点がないのは、あくまで文字の上だけのことのようです。
 どうして、文字と発音とで食い違いが起こるのでしょうか。それは、目で見た場合、濁点のないほうがよく分かるからです。「たこ」と書けば一目瞭然でも、「酢だこ」と点を加えると、表記上、「たこ」とは別のものになってしまい、「この商品は『たこ』だ」と客に訴える力がそれだけ弱まるのです。
 もっと分かりやすい例で言うと、すし店は、名前は「○○ずし」でも、ローマ字表記では「○○zushi」ではなく「○○sushi」としている場合がよくあります。「sushi」なら国際語で外国人にもわかるけれど、「zushi」では分からないというのが一番の理由でしょう。日本人だって、「zushi」から「すし」を連想するには多少の時間がかかります。濁音形にしないのは、いたって合理的な処置です。


 あれって、なんらかの業界の符牒とか慣習みたいなものだと思い、深く考えたことはなかったのですが、辞書をつくる人は、「酢たこ」という表記ひとつから、これだけのことを類推していくのです。
 現場の人たちが、はたして、どのくらい意識しているのかはわかりませんが、「書き文字としての日本語」では、たしかに、発音と違っても、こう書くほうが合理的ではありますね。
 「正しさ」よりも「わかりやすさ」「伝わりやすさ」を重視するという選択も「現場」にはあるのです。


 そして、こんな「盲点」についても。

 こんなふうに、新奇なことばも多い中で、私の関心を強く引いたのは、スーパーマーケットの店先の小さな花鉢でした。こんな値札が挿してありました。


 花苗 4コポット入り/105円(税込)


「これはどこがめずらしいんですか」と問われそうな例です。何の変哲もない花の苗を売っているにすぎません。この「何の変哲もない」というのがくせ者なのです。たしかに、漢字を見れば意味は分かります。でも、何と読むのでしょうか。「はななえ」でしょうか、それとも、「かびょう」でしょうか?
 私の知るかぎり、国語辞典にはこのことばは載っていません。NHKの『日本語発音アクセント辞典」にもありません。読み方が分からず、困る人もいるはずです。現に、インターネットでは読み方を質問する書き込みも見かけます。
 こういう場合に最も信頼できるのは、やはり、実際に花を売っている人の証言です。スーパーの売場担当者の女性に話を聞いてみましょう。
「『はななえ』ですね。『かびょう』とは読みません」
 これが結論でした。パンジーやビオラシクラメンなど、花の咲いた苗を総称して「はななえ」と呼ぶのだそうです。この店では、バーコードを打つときにも「ハナナエ」としているということです。おかげで疑問は氷解しました。
 当たり前と思われることばでも、読み方がわからなかったり、意味が不明確だったりすることは、けっこうあるものです。「花苗」も『三国』第7版にぜひ載せたいことばです。
 ちなみに、私がこれまでに拾った「一見、当たり前のことば」のうちで大いに悩んだのは、「月数」ということばでした。「この仕事に必要な月数」などと使うことばですが、「つきかず」か「げっすう」か、それとも――と、読み方に迷います。
 あなたならどう読むでしょうか。私が調べたところでは、一般には「つきすう」と読む例が多いようです。テレビのニュースでもそう言っています。

 「月数」なんて、ありきたりの言葉のひょうに思われるけれど、「じゃあ、なんて読む?」と問われたら、自信をもって「これ!」と言いきれないなあ、と。
 僕は「つきすう」と読んでいました。
 ちなみに、僕が使っているパソコンでは「げっすう」「つきすう」では一発で変換可能でしたが「つきかず」だと「尽き数」になってしまいました。


 こんな感じで、「ことばに興味がある人」にとっては、なかなか興味深い、街歩きの愉しみが増える本ではないかと思います。
 まあ、専門家以外にとっては、何かの役に立つ、というものではないのですけどね。
 辞書をつくる人には、街のことばは、こんなふうに見えている。
 こういうのを、役に立たないからこそ面白い、と思える人には、オススメです。