琥珀色の戯言

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【読書感想】イスラム国 テロリストが国家をつくる時 ☆☆☆☆


イスラム国 テロリストが国家をつくる時

イスラム国 テロリストが国家をつくる時


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
対テロファイナンス専門のエコノミストが放つまったく新しい角度からの「イスラム国」―。多頭型代理戦争の間隙をつき、領土をとり、いち早く経済的自立を達成した「イスラム国」は、テロリストがつくる史上初めての国家となるのか?


 あの人質事件の衝撃もあって、日本でも「イスラム国」に関する書籍をかなりたくさん見かけるようになりました。
 この本は、ローマ出身の経済の専門家が「歴史におけるイスラム国の位置づけ」と、その特徴について検討したもので、「力で支配する狂信者集団」という僕のイメージとは違った「イスラム国」像が描かれています。


 この本の巻末の解説は、池上彰さんが書いておられるのですが、そのタイトルは【「過激テロ国家」という認識の思い込みの修正を迫る本】なんですよね。
 まさに、そのとおりの内容です。


 ああいう斬首映像を公開するような連中は、「異常」にちがいない、と思いたいのだけれども、その戦略は、けっして場当たり的なものではないし、敵に対しては酷いことをするけれども、味方、あるいは自分たちが根をおろしている土地では、横暴にふるまってばかりいるわけでもないのです。
 だからこそ、イラクとシリアにまたがる広い地域を「領土」として維持できているわけで。


 読んでいて、「この著者は、あまりにも『イスラム国』を過大評価しすぎているのではないか?」と、あの人質事件の印象=イスラム国である僕としては、言いたくもなるのですけど。

イスラム国」の宗教色とテロ戦術の下には、国家を建設するための政治的・軍事的な体制が隠されている。しかも驚くべきことに、領土征服後には住民の承認を得ることにも熱心なのだ。「イスラム国」が制圧した地域の住民は、軍隊がやって来たおかげで村の生活が改善されたと証言している。彼らは道路を補修し、家を失った人々のために食料配給所を設置し、電力の供給も確保した。これらの事実からすると、21世紀の新しい国家は恐怖と暴力だけでは維持できないことを「イスラム国」は理解しているのだろう。建国には住民のコンセンサスが必要だ、と。

 
 著者によると、「イスラム国」は、制圧地域内での予防接種も行うようになったとのことです。
 僕がイメージする「テロ組織」というのは、一時的な資金や武力を得ることを目的に支配地域から過剰な収奪や徴用などを行う集団なのですが、「イスラム国」は、かなり長期的な視野を持ち、力が及ぶ地域を地道に広げていこうとしているようです。
 彼らは「アメリカを相手にテロを行おうとしている」のではなく、自分たちの国をつくろうとしている。
 

 もともと、中東の国境線というのは、植民地時代にイギリスやフランスの都合で引かれたもので、必ずしもそこに住んでいる部族や宗派と一致したものではありません。
 イスラム国が現在支配している現在のイラクやシリアというのは、スンニ派ムスリムにとっては「住みにくい地域」であり、そこに入り込んできたのが、「イスラム国」なのです。
 

イスラム国」の第一義的な目的は、スンニ派ムスリムにとって、ユダヤ人にとってのイスラエルとなることである。そう、かつての自分たちの土地の権利を現代に取り戻すことだ。たとえいま自分がどこにいるとしても、必ずや守ってくれる強力な宗教国家……。これはひどく衝撃的で不快な比較かもしれない。だが、混乱と紛争による無政府状態の中で暮らし、公民権さえ持たないムスリムの若者には、きわめて力強いメッセージとして響く。なにしろ現代のイスラム国家では、不正や不平等や腐敗が日常茶飯事だ。シリアのアサドは苛酷な独裁政治を行い、イラクのマリキ政権(2014年9月に退陣)は自身が属すシーア派を優遇し、スンニ派を政治の場から締め出して迫害した。戦争で破壊された社会経済インフラは修復されず、物資はつねに不足し、失業率は高止まりしたままだ。「イスラム国」が発するメッセージは、ヨーロッパやアメリカで暮らすムスリムの若者にとっても、魅力的で訴求力がある。彼らの多くも公民権を持たず、なかなか欧米社会の一員になることができない。しかも先進国社会では、若い世代の機会が乏しくなる一方である。中東の国内政治の実態や、世界各地に散らばるイスラム系移民の不満を鋭く見抜き、そこにつけ込む政治感覚を発揮した武装組織は、「イスラム国」以外にはこれまでに一つもなかった。また国家建設の過程で、制圧地域における社会経済インフラの提供や地元産業との提携など、偶発的な要素にうまく対応できた武装組織も見たことがない。


イスラム国」の目的は、スンニ派ムスリムにとって、ユダヤ人にとってのイスラエルとなることである、か……
 僕自身は、世代的に、イスラエルという国ができたときの人々の反応をリアルタイムで知ることはできませんでしたし、日本人と現地・近隣諸国の人が感じたことも、大きく違うはずです。
 しかしながら、イスラエルが正当化されるのに、「イスラム国」はダメだというのは、西欧諸国側の勝手な都合ではないか、という意見も、想像はできるんですよね。
 そして、それが「間違い」だと言い切る自信もない。
 彼らの思想に共感する世界各地のイスラム系移民がいるというのも、わかるような気がします。
 いまの日本からみる「イスラム国」って、「残虐な処刑映像」のイメージがほとんどすべてなのだけれど、ずっと彼らに接してきた人々にとっては、そんな残酷さは「敵に対してみせる一面」でしかないのかもしれません。


 著者は、「アメリカに対するテロ活動」を重視し、「地元への貢献」をあまり意識していなかったアル・カイーダや、テクノロジーを敵視し、社会的なインフラ整備に無頓着だったタリバンと、地道に足場を固めて、ある程度長期的な視野で「国家」をつくろうとしている「イスラム国」を比較しています。
 日本国内でも「イスラム国」という呼び方については、「多くのイスラム教徒にとって、あんな集団が『イスラム国』と呼ばれるのは心外だ」という抗議もあったため、英語の略称であるIS、あるいはISISなどと呼ばれることも多くなっていますが、その姿勢においては、たしかに「イスラム教を基盤にした『国』」なんですよね。

 欧米のメディアは、カリフ制国家が近年のどんな武装組織よりも暴力的で残酷だと報道しているが、必ずしもそうとは言えない。1990年代のコソボでは、似たような残虐行為が横行していた。子供たちの首を切り落としてボールにし、親たちの眼前でサッカーをしたという。ただ、「イスラム国」が他の武装組織と異なるのは、ソーシャルメディアなどを使ってどうした残虐行為をプロパガンダに活用し、世界的なニュースになるように工夫している点である。たとえば「イスラム国」は2014年のワールドカップ前夜に、メンバーが敵の首でサッカーに興じる様子をツイッターに投稿した。
 今日では、武装組織がITの力を借りて、これまでにない高度な宣伝活動を行うことが容易になっている。たとえば、セルビア人は自分たちの残虐行為を世界に知らしめることはできなかったが、米国人ジャーナリスト、ジェームズ・フォーリーの斬首の動画は、ほんの数時間のうちに世界中で閲覧された。恐怖のメッセージを受け取るのは地元民だけではない。世界なのだ。


 このコソボの話など、引用するためにタイプしているだけでも、不快でしょうがないのですが(読ませてしまってすみません)、SNSの普及に伴い、これまでの大手メディアが忌避していたような残酷なものが、個人によってリツイートされ、多くの人に広まるようになってきたというのも事実なのです。
 

 ただ、「イスラム国」の戦略がどんなに優れていたとしても、彼らがそのための「手段」としてやっている「大量虐殺」や「外国人の拉致や処刑」を、世界が認めることはできないはずです。

 2014年6月、モスルを制圧した「イスラム国」の軍隊が近くの村で女性や子供も殺したというニュースに、世界はぞっとしてショックを受けた。数百人がマシンガンで射殺され、遺体は大きな穴に投げ込まれたという。彼らはシーア派の民家で略奪を行い、財産を持ち去った。たとえばイラク北西部のタル・アファルという町では、兵士が4000軒の民家から「戦利品」を奪っている。さらに寺院やモスクに火を放ち、制圧地域からシーア派の痕跡をことごとく消し去ろうとした。カリフ制国家では、この種の破壊がいたるところで行われている。これは宗教的理由によるジェノサイドであり、サラフィー主義の過激な解釈に基づくものとされている。


(中略)


 この戦術の狙いが何であれ、ジェノサイドという言葉は、ここ数年シリアで、そして2014年夏以降にイラクで行われていることを表すのにまさにふさわしい。今日では、シーア派かそれに類する宗教、たとえばシリアのアラウィー派に属することは、ナチスが支配するドイツでユダヤ人であることに似ている。アル・ザルカウィのやり方を踏襲するように、「イスラム国」は制圧地域からシーア派の抹殺を試みている――絶滅を含むいかなる手段を使ってでも。


 彼らが、こんな「手段」を使っていることを考えると、世界が「イスラム国」を「国家」と承認することは無いと思います。
 とはいえ、「実質的な国家」として、「スンニ派ムスリムにとってのイスラエルのような存在」になってしまう可能性も、否定はできないのです。


 単なる無法テロリスト集団、という僕の認識の甘さを思い知らされた本でした。
 「イスラム国」が、地域の住民たちと一体化してしまったら、それを「全滅」させることに、大義はあるのだろうか?

 

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