琥珀色の戯言

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【読書感想】杏のふむふむ ☆☆☆☆


杏のふむふむ (ちくま文庫)

杏のふむふむ (ちくま文庫)


Kindle版もあります。

杏のふむふむ (ちくま文庫)

杏のふむふむ (ちくま文庫)

内容紹介
ラブラドールのハリーと過ごした小学校時代、歴女の第一歩を踏み出した中学時代、単身海外にモデル修業に行った頃、そして、女優として活動を始めたとき……。NHK連続テレビ小説のヒロインを演じ国民的な女優となった杏が、それまでの人生を、人との出会いをテーマに振り返って描いたエッセイ集。そのとき感じたことを次につなげて明日に向かう姿は、感動必至。(解説:村上春樹


 出先の大型書店で、「解説・村上春樹!」という大きなPOPを見かけ、「村上春樹さんって、自分の作品には解説を入れないのに、他の人の解説は書くんだな」と気になって購入。


 杏さんのことは、きらいではないというか、どちらかというと好き、なんだけど、なんというか、あんまり親しみやすい、という感じでもないしなあ、とか、そういう印象だったんですよ。
 でも、このエッセイ集で、本好きで、他人への気配りを忘れない杏さんの素顔に触れて、僕はけっこう杏さんが好きになってしまいました。
 というか、杏さんの書く文章が好き。
 

 杏さんは有名な「歴女」(歴史好きの女性)なのですが、そのきっかけになったのが漫画『風光る』で、その舞台となった土地をめぐったことや、作者との感動的な対面について書かれているところなどは、なんだか「こっち側」の人みたいで、すごく親しみを持てるんですよね。
 モデルさんで、お父さんは有名な俳優ともなれば、もう別世界の人、という感じなのですが、このエッセイを読んでいるうちに、「ああ、こんな女の子、クラスにひとりくらいいたんじゃないかな」と思えてきて。
 まあ、実際は、「いそうでいない」のだろうけどさ。


 このエッセイには、いろんな人、黒柳徹子さんから、親友のお父さんまでが登場してくるのですが、これを読んでいて思うのは、「杏さんというのは、周りの人が、『この人のために、何かしてあげたい』と感じる人なのだろうな」ということでした。
 けっこうキツい目にもあっているし、努力もしているのだけれど、本人はそれを楽しもうとしているのが伝わってきます。
 

 プロ野球の始球式を依頼されたとき、なんとか良い球を投げようと練習していたら、奥様がファンだという若い男性に声をかけられ、サインをしたことがきっかけで、投げ方を教えてもらったそうです。

「あ、ああ、良いですよ」
 少々戸惑いつつ、ズバーンさんはキャッチボールに応じてくれた。
「ピッチングセンターは軟球だったけど、硬球を持っているなら、本番と同じ硬球でキャッチボールしましょう。あ、ジブン、グラブは無くって大丈夫です」
 私だったら、素手での硬球キャッチボールは怖くてできない。そこはさすがのズバーンさん、いとも簡単に硬球を手に吸い寄せる。
「うんうん、良い感じですねぇ」
 キャッチボールはやっぱり、楽しい。硬球のこの、硬い感じ。グラブに収まったときの、心地良い切れのある音。


 ズバーンさんはしばらくキャッチボールに付き合ってくれて、今度こそランニングしながら去って行った。どこかで着替えて試合を見に行くんだろう。


 有名タレントさんと、いきなりキャッチボールなんて、ちょっと信じがたい話です。
 でも、杏さんなら、自然にそんな感じで、「ちょっとコツを教えましょうか」って雰囲気になりそうなんですよ。
 杏さんは小さい頃野球をやっておられたそうで、好きなチームは巨人なのだとか。
 ……大の阪神ファンで有名なお父様との関係が心配です。
 このエッセイのタイトルが「投球ズバーンさん」っていうのですけど、こういう言葉選びのセンスも面白いなあ、って。

 柴犬ヤマトとの生活が始まった。帰宅時や宅配便が来た時など、人が来た時に少し吠える程度で、あとは吠えない犬だった(それもゆくゆくは直してもらいたいのだけれど)。ある日宅配便が来たとき、やはり吠えて玄関に走ってきたヤマトを見て、宅配便のお兄さんは「まだ子犬なんですねぇ。可愛いですねぇ」と言ってくれたが、私が「こらっ! ヤマト!!」と言うと目をまん丸くしていた。ヤマト。宅配便の社名であった。言った瞬間に気付き、しまった! と思い「この犬ヤマトって言うんです。すいません」と謝ったら、お兄さんは笑っていた。


 いやほんと、こういうちょっと抜けたところも含めて、「自分の足でちゃんと立っていて、それでいて力みがない、とても感じの良い人」なんですよね、杏さんって。
 こういう人って、なかなかいない。


 村上春樹さんは「解説」のなかで、杏さんのことをこんなふうに評しています。

 それほど頻繁に会ったわけではないので、こういう風に人前で言い切ってしまうのは正しくないのかもしれないけど、僕の思ったところを正直に言わせてもらうと、杏さんはだいたい「ごく普通の女の子」に見える。有名なモデルとか、女優とか、そういう雰囲気は――少なくとも僕と会っているときは――ほとんどない。だから僕もなんとなく普通の(そのへんの)女の子として接してしまうことになる。すみません。


 読んでいる僕も、なんとなく「ふむふむ」って頷いてしまう、そんなエッセイ集です。
 こういう人のことを「自然体」って言うのかもしれないな。

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