琥珀色の戯言

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【読書感想】今治タオル 奇跡の復活 ☆☆☆



Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
いまや全国的に知られるブランドとなり、ヨーロッパやアジアの市場へと攻勢を強める今治タオル―。そこにいたる道のりは、まさに試行錯誤の連続だった。小さな実践をひとつひとつ積み重ね、消費者からの信頼を勝ち取るまでの軌跡に、地域再生・JAPANブランド復活のヒントを探る。「いいモノをつくっているだけでは売れない」は、「いいモノをつくっているからこそ売れる」に変えられる!


 「今治タオル」は、どのようにして蘇ったのか?
 この本では、再生の陣頭指揮をとった佐藤可士和さんの視点と、現地のメーカーからの視点が、それぞれ紹介されています。
 僕がこれを読んで感心したのは、「タオルって、作り方によって、そんなに違うものなのだな」ということなんですよね。
 そもそも、「タオル」って、僕自身、お金を出して買った記憶があまりないのです。
 買ったとすれば、立ち寄り温泉に、ふらっと行ったけれど、タオルを持参していなかったとか、そういう状況だけ。
 タオルって、お中元とかお歳暮でもらったものを、なんとなく使っているし、それで不自由していないというか、「そんなもの」だと思っていたのです。
 そういう人は、きっと多いのではないかなあ。

 
 日本有数のタオルの産地である今治は、これまで、高い技術を持っていながら、独自のブランド展開ではなく、OEMでの海外の有名ブランドの「下請け」としての需要がほとんどでした。
 業界の人たちも、自分たちがつくっている製品の素晴らしさに気づかず、「いまの世の中の、安い海外製品におされているタオルメーカーというのは、みんなこんなものだ」と思い込んでいたのです。
 どんどん生産が縮小に向かっていくことに対して危機感を抱いた人たちが選んだのが、佐藤可士和さんの力を借りての、「ブランド再生」でした。

 僕が今治タオルのブランディングを引き受けたのは、2006年のこと。当時、今治のタオル製造業者でつくる四国タオル工業組合には、「まだ大丈夫だ」という雰囲気はなかった。その段階をとっくに通り過ぎて、「もうダメだ」という悲壮感さえ漂っていた。これは、クリエイティブ・ディレクターとして僕が手掛けた仕事の中でも異例中の異例なこと。


 スタートの時点で、かなり「末期的な状況」にあった今治タオルなのですが、当初はあまり乗り気ではなかった佐藤さんがブランディングを引き受けたのは、その「生活用品としてのクオリティの高さ」に驚いたから、だったのです。

 打ち合わせに訪れた富山さんは、今治の白いタオルをプレゼントしてくれた。この本の表紙に写っているタオルをつくった『吉井タオル』さんの商品だった。富山さんは帰り際に、「とりあえず使ってみてください」と、念を押すように言い残した。
 その日の夜、さっそく風呂上がりに使ってみた。おろしたてのタオルは、水を吸わないという印象が僕にはあった。が、富山さんからは、「最初に洗わなくても大丈夫です」と言われていた。半信半疑のまま、新品のまま体を拭いてみた。
「!」
 驚き、というより、感動だった。やわらかくて、風合いが素晴らしく心地いい。使っていても、体を拭くという感覚じゃない。肌に当てるだけで、タオルが水気をどんどん吸い取ってくれる。真っ白な色にもクリーンな感じがある。それまで、自宅で使うタオルも、そこそここだわって選んでいたつもりだったが、その使い心地がゴワゴワにさえ感じられた。そして、それだけの品質の”差”がタオルにあることを、いままで自分が知らなかった事実に衝撃を覚えた。


 これを読むだけでも、使ってみたくなりますよね、このタオル。
 これだけの「違い」があるのに、そのことを大部分の消費者は知らずに、「タオルなんて、どれもそんなに変わらないだろ」と思い込んでいるのです。
 毎日使うものなのだから、そんなに違うのであれば、少しくらい値段が張っても、良いものを使いたい、という人は、少なからずいるはずなのに。


 「今治タオル」のブランド化が成功したのは、佐藤さんの影響力はもちろんなのですが、なんといっても、その製品の質にあったのです。
 どんなにうまく宣伝しても、実質が伴っていないものは、長続きしない。
 その一方で、どんなに素晴らしい製品でも、みんなにうまくアピールしなければ、なかなか手に取ってはもらえない。
 「良い品物だから、自然に売れていくはず」というわけにもなかなかいかないのが、現実なのです。
 ましてや、タオルというのはあまりにも身近で毎日使っているものだから、あらためて「今のタオルに不満を感じている」という人も、そんなにいない。
 良い製品を手にとってはじめて、「こういうものがあるのか」と気づくのです。


 ちなみに、佐藤さんは自分の仕事のスタイルについて、こう仰っています。

 組合の人たちからは、もしかすると僕は取っつきにくい人間だと思われていたかもしれない。今治のプロジェクトに限らず、どんな仕事でも、僕はクライアントと頻繁に飲みに行ったりはしないし、プライベートなつき合いの機会もできるだけ持たないようにしている。
 もちろん、仕事は自分事として親身になって取り組むし、クライアントとは仲良くならなければ信頼関係は築けない。でも、情に流されたら判断は鈍る。だから、相手との距離感を考えながら、あえてドライな関係を保つ。そのほうが的確な思考ができるし、結果も出やすいと、これまでの経験から僕は感じているからだ。


 この本を読むかぎりでは、佐藤さんは、かなり厳格に、このブランディングを遂行していったようにみえます。
「白いタオル」にこだわり、ブランドを維持するために「ユーモアをまじえた製品の企画」に対して、強くダメ出しをしていますし、東京にアンテナショップをつくることを「絶対条件」として提示しています。
 このくらい厳しくやらないと、ブランドというのはつくりあげられないし、その佐藤さんのブランディングと、今治のメーカーの人たちの技術がうまく噛み合ったからこそ、この「今治タオル再生計画」は、現時点では成功を収めているのです。

 メディアの取材に対して、過去の素材を提供できることは、大きなメリットになる。とくに映像系のメディアの場合、使える素材がない場合は、どんなに”旬”な情報であっても、扱いは小さくならざるを得ない。
 今治タオルプロジェクトは、言ってみれば「地方ネタ」である。事あるたびに東京から取材に来てもらうことは、現実問題として難しい。また、来てもらえたとしても、そのタイミングに合わせて僕が今治に行けるとも限らない。
 プロジェクトがスタートした当初から、主な動向はできるだけ資料映像として残しておこうというのは、僕の提案でもあり、組合の意向でもあった。視察や会議、展示会の様子など、もらさずに記録しておいた写真や映像は、NHKに限らずさまざまなメディアの取材で多々活用されることになる。「伝える」ための準備は、後手に回ってしまっては間に合わない。メディアの取材に対して先手を打つことは、たとえ予算が少なくても十分対応できることなのだ。

 メディアというものを知り尽くした佐藤さんは、こんな「準備」もしっかりやっていたのです。
 取材する側からすれば、「素材」が揃っているほうが、採り上げやすいのは間違いありません。

 そして、吉井タオルといえば、今治タオルプロジェクトの立ち上げに重要な役割を担ったメーカーである。佐藤可士和氏に贈ったパイロット商品(試用品)は、8社のメーカーのタオルが候補に挙がり、最終的に選ばれたのが吉井タオルの一品。佐藤氏を感動させた「今治の白いタオル」がもとになっている『今治生まれの白いタオル』は、いまも根強いファンを獲得しているベストセラー商品だが、決して最上級の商品ではないと吉井は話す。
「産地全体のプロモーションだから、ウチでしかつくれない商品を佐藤さんに使ってもらっても意味がない。今治の平均的なタオル屋が、まじめにつくれば必ずできるレベルの商品を意図的に出したんです」
 綿が本来持っている、やさしいやわらかさを感じさせるために、やや甘い撚りの糸を使用し、タテ糸とヨコ糸の密度が詰まりすぎないように織る。適度に「コシを抜く」という表現を吉井は使う。

 こういう「技術」に支えられているからこそ、今治タオルは、売れ続けているのです。
 そして、「平均的なタオル屋が、まじめにつくれば必ずできるレベルの商品」でも、多くの人を驚かせることができる。


 佐藤さんは、「あとがき」に、こう書いておられます。

 今治タオルの国内市場における2013年のシェアは、11.2パーセント。生産数量の底だった2009年は、9.2パーセントだった。伸び率は、2パーセントでしかない。わずか2パーセントの成長で、国内では、”奇跡の復活”が果たせることになったのだ。
 ブランディングによって、2パーセントの成長が期待できる地域産業や企業は、日本中に山ほど存在する。「いいモノをつくっているだけでは売れない」という現状は、本質をつかみ、ていねいに正しく伝えていくことで、「いいモノをつくっているからこそ売れる」という未来に変えることができる。

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