琥珀色の戯言

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【読書感想】荒木飛呂彦の漫画術 ☆☆☆☆☆


内容(「BOOK」データベースより)
全く人気が衰えることなく長期連載が続く『ジョジョの奇妙な冒険』の作者、荒木飛呂彦。絵を描く際に必要な「美の黄金比」やキャラクター造型に必須の「身上調査書」、ヘミングウェイに学んだストーリー作りなど、具体的な方法論からその漫画術を明らかに!本書は、現役の漫画家である著者が自ら手の内を明かす、最初で最後の本である。


 面白いなあ、この本。
 タイトルから、「マンガ入門」的な内容なのだろうな、と予想していたのですが、マンガに限らず、「創作」に興味がある人は、一度は目を通しておいたほうがよさそうです。
 「漫画」というレッドオーシャンで長年勝ち抜いてきた人というのは、ここまで「細部」に気配りをしているのか、と驚かされます。
 

 ちなみに「絵はこう描くんですよ」とか「こんな道具を使いましょう」なんていうレベルの話は、ほとんど出てきません。
 周囲から「絵が上手い」と言われ、ある程度の技術はもっているのだけれど、それを「作品」に活かせない人、本人は工夫をしているつもりなのに魅力的な物語を描けない人、そんな「プロとして食べていくための壁を破れない人」のための「ハウツー本」なのです。
 だからこれ、「本気で漫画家(あるいは創作者)として食べていこうと考えている人」にとっては、刺激的でもあり、「ここまでやらなければならないのか……」と、道のりの遠さに愕然とさせられる本でもあるのかな、と。
 読み手としては、「良質の謎解き」のような、荒木先生の「創作術」を堪能すれば良いので、気楽なんですけどね。


 荒木先生は、読む側が何気なく読み飛ばしているような1ページ、1コマに「どんな情報を入れていくか」を緻密に計算しているのです。
 『魔少年ビーティ』の第一回の表紙について、荒木先生は、こんなふうに述べておられます。

 初の連載作品『魔少年ビーティー』第一回の表紙(コミックスの表紙にもなりましたが)には、主人公ビーティーのバストアップを描いたのですが、この主人公に読者が興味を抱いてくれるような仕掛けを随所に盛り込みました。
 ・白と黒の矢印が連なるシンボリックなマーク
 ・頭に手の影を映し、ビーティーの謎めいた雰囲気とサスペンスの匂いを漂わせる
 ・背景の色の組み合わせで現代的なイメージを演出する
 ・ビーティーが肩に乗せているリスは「友情」の象徴アイテム
 こんな風に、ひとつの絵、ひとつのセリフだけで、主人公のキャラクターや置かれている状況を伝えられれば、たった一コマでも読者に強い印象を残すことができます。小説であれば何ページも費やして描写するところをひとつのカットで表現できるのは、漫画というメディアの特徴ですから、重要なポイントとして覚えておいてください。


 漫画の表紙一枚にも、これだけの「情報」が詰め込まれているのです。
 読んでいる側は「ふーん、こんな漫画が始まるのか……」と、チラッとみて本編を読み始める場合がほとんどだと思うのですが、こういう「情報」は、無意識のうちに伝わっているはず。
 ストーリーづくりにしても、「クライマックスは面白くなるから」と、導入部を漫然と描いたりはしない。
 むしろ、「導入部こそ、興味を持ってもらえるか、読んでもらえるかの分かれ目」なので、そこに全力を尽くしているのです。


 ヌーベルバーグの旗手として知られるフランスの映画監督ジャン=リュック・ゴダールは「映画は15分だけみればわかる」と公言していました。
 実際、ゴダールは冒頭の15分を見ると、映画館を出て次の映画を見にいっていたそうです。
 先日読んだ川上量生さんの本には、宮崎駿監督も、同じような映画の観かたをする、という話がありました。
 

 漫画家というのは、映画でいえば、監督・脚本・演出をひとりでこなしているようなものですから(原作者が存在したり、アシスタントがいたりするとしても)、まさに「総合芸術」なんですよね。
 荒木先生は、この本の冒頭で、「こうしてノウハウを公開しても、実際にこれを読んでプロの漫画家になれるのはひとりいるかどうか」だと仰っていますが、たしかに、そのくらいなのかもしれないな、と。


 そんな荒木先生の頭の中を覗かせてもらえるのは、すごく面白い。

 実際に漫画を描くとき、常に頭に入れておくべきこと、それは、僕が漫画の「基本四大構造」と呼ぶ図式です。
 重要な順に挙げていくと、
(1)「キャラクター」
(2)「ストーリー」
(3)「世界観」
(4)「テーマ」
 ということになります。
 この四つは、それぞれ独立して存在するのではなく、互いに深く影響を及ぼし合っています。そして、これらの要素を増補し、統括しているのが「絵」という最強のツールで、さらにセリフという「言葉」でそれを補う図式になります。
 つまり、読者の目に見えているのは絵ですが、その奥には「キャラクター」「ストーリー」「世界観」「テーマ」がそれぞれにつながり合って存在しているのです。この構造は、いわば、ひとつの世界の営み、宇宙とも言えるのではないでしょうか。
 僕は、漫画は最強の「総合芸術」だと思っています。なぜなら漫画は、この「基本四大構造」プラス「絵」プラス「言葉」をすべて同時に表現するからです。たとえば表現者として絵が描けない人は作家や脚本家になるでしょうし、ストーリーを作れない人は画家になるのだと思いますが、漫画家はこのすべてを、ひとりでできなければなりません。

 この「四大基本構造」に、「重要な順番」をつけているのも、荒木先生らしいな、と。
 こういうのって、「みんな大事ですよ」で濁してしまったほうがラクなのでしょうし、どれも大事なのだけれども、荒木先生は、あえて、ラクをせずに、その「順番」まで突き詰めているのです。


 この本のなかには、荒木先生による自作の話だけではなくて、他の作品に対する分析も、あちらこちらに出てきます。
 好きな映画についての著書もある荒木先生なので、「観客」としてたくさんのコンテンツに触れておられるのでしょうけど、自分以外の作者の漫画についてのちょっとしたコメントが出てくると、なんだか嬉しくなってしまいます。
 もちろん、ひどくけなすような作品は、出てきませんけど。

 たとえば『孤独のグルメ』を例に、「基本四大構造」がどうなっているんか、分析してみましょう。『孤独のグルメ』は、井之頭五郎という主人公がどうご飯を食べるか、ということをひたすら描く漫画で、まず「B級グルメ」という世界観があり、井之頭五郎という際立ったキャラクターがいます。
 ストーリーは一見ないようですが、実は食事が「戦い」ともとれるような雰囲気で、どういう料理が来るのかというサスペンスもあります。また、最初に前菜なり付き出しを食べて最後にデザートで締めるというように、食べること自体がストーリーの基本である「起承転結」にもなっているのです。
 井之頭五郎には「ひとりで食事を楽しむ」という一貫した哲学があり、これがこの漫画のテーマでもあります。「恋愛に行くのかな」と思わせておいて、けっしてそちらには行かず食事に行く。五郎にとっては、恋愛をおいても、お腹が空いたことの方が重要なのですが、実際、人間とはそういうものかもしれません。そして、お腹が空いたとき、人間は孤独なのです。その意味で、井之頭五郎という主人公には究極の人間像が描かれていると感じますし、『孤独のグルメ』は食事漫画の傑作だと言えるでしょう。
「基本四大構造」を統括する絵について言えば、井之頭五郎があえて没個性のサラリーマン風に描かれている一方で、食事は徹底的にリアルです。これは、谷口ジロー先生という、漫画界で一、二を争う超リアルな絵を描ける人だからこそできることで、もし食べ物をしっかりと描けない漫画家であれば、『孤独のグルメ』は成り立たなかったはずです。


 荒木先生、『孤独のグルメ』を語る。
 なんだか、これを読んだだけで、けっこうトクしたような気分になりました。
 そうか、『孤独のグルメ』も、しっかり読んで、こうして分析されているのだなあ。
 

 細部についての「妥協のなさ」もすごい。

 第五部の「黄金の風」のクライマックスはローマを舞台にしたのですが、ローマという街を正確に再現できるよう、特に入念なリサーチを行いました。行く前に地形や歴史、どういう建築があるのか、インフラなども含めてローマの街がどうやって造られているか、旅行ガイドブックを見たり、写真を検索してある程度頭に入れておき、その上で、資料にはない、自分が必要とするものを見に行ったのです。描かれている建物や信号、交通標識、街路樹などの風景は実際と同じになっているはずです。
 実際にローマで主人公のジョルノたちと敵のディアボロの移動経路をたどってみればわかってもらえると思いますが、「黄金の風」では、ローマのコロッセオからティベレ川までの距離感も正確に描きました。距離感を測るときは、ガイドブックの地図が役に立ちます。ただ、地図を見ていて「謎」だと思う部分が必ず出てきますから、それは現地でチェックしなければいけません。今はネットでなんでも見られると多くの人が思っているかもしれませんが、たとえばパトカーのデザインやポストの形、郵便配達人の服装、トイレがどうなっているかなど、自分の目で見ないとわからないこともたくさんあるのです。


 この本、読めば読むほど「漫画家って、すごいな」と圧倒されてしまうんですよ。
 この仕事を何十年も第一線で続けている荒木先生は、超人だと思う。
 週刊誌連載なら、週一回、月刊誌でも、月に一回の「締め切り」があって、どんなに描けなくても「落とす」わけにはいかないのだから。


 読むのはすごく面白いけれど、漫画家、いや創作志望者にとっては「打ちのめされる本」かもしれませんね。
 こんな怪物と同じ土俵で勝負しなければならないのだから。
 でも、それが現実である以上、「ちゃんと打ちのめされておくため」に、読んでおくべき一冊。


「企業秘密を公にするのですから、僕にとっては、正直、不利益な本なのです」
 きっとこれは「真似できるものなら、やってみればいいよ」って自信のあらわれでもあるのだろうな。
 

荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論 (集英社新書)

荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論 (集英社新書)


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