琥珀色の戯言

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【読書感想】エキストラ・イニングス――僕の野球論 ☆☆☆



Kindle版もあります。
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内容紹介
松井秀喜氏がユニフォームを脱いで3年、本書は引退後初の著書です。日本のプロ野球からメジャーリーグまで、ときに自身の経験を振り返り、ときに話題のトピックについて、松井氏ならではの野球論が展開されます。
たとえば、名将の誉れ高いヤンキーストーリ監督については、こんなエピソードを明かします。〈忘れられないのは不振だった1年目の03年6月5日。「結果は出ていないけど、働きには満足している」と言ってくれた。そのうえで「少しベースに近づいてみたらどうだ」と。その日僕は言われた通りにし、二塁打3本に本塁打を放った〉
長嶋監督については、新人時代の練習で、〈(素振りで)いい振りができたときは、球を捉えるはずのポイントでピュッと短い音が出る。いい音を続けて出すのが大事で、そうなって初めて練習を終えることがえできた〉という。もっとも、ヤンキースに移ってからも、長嶋氏がニューヨークにやってきたときにも、「やるぞ」と声がかかり、バット2本を手にして5番街を歩いたときは、〈さすがにちょっと恥ずかしかった〉と振り返っています。
ほかに大谷翔平選手の二刀流や、ジーター、イチロー落合博満高橋由伸についての持論は実に読み応えがあります。
長嶋茂雄氏から「すべての野球選手、ファンに読んでほしい」と絶賛の言葉をいただいた通り、これぞ野球ファン必読の書でしょう。


 松井秀喜さん、引退後初の著書。
 松井さんに関しては、ゴリゴリの「アンチ巨人」である僕でさえ、その人間的な大きさに圧倒されてしまうところもあって(野球人生の後半生は、巨人にいませんでしたしね)、ずっと応援していたのです。
 メジャーリーグでの成績に関しては、ヤンキースでのワールドチャンピオン&ワールドシリーズMVPなど、すばらしい結果を残している一方で、「松井なら、もっとやれるんじゃないかと思っていた」ところもあったのも事実なんですけど。
 これだけの選手だから、師匠の長嶋茂雄さんのように、記者会見ではなくて、日本で多くのファンに見守られて「引退試合」をやってほしかったなあ、という思いもあります。
 松井選手自身は、「まだやれる、と思ってやめるより、自分で限界を感じるまでメジャーでプレーするつもりだったし、日本に戻るという選択肢は全くなかった」と、この本のなかでも仰っているのですが。


 この本、松井さんが引退後、はじめて著したものです。
 高校時代の全打席敬遠の思い出から、プロ入りしてからの長嶋監督との師弟関係、メジャーリーグで出会ったさまざまな指導者などの話が出てきます。
 そして、このなかでも、松井さんの、「誰か特定の人物への非難は悪口」はみられません。
 現役時代から、「他人の悪口は言わない人」だとされてきたのですが、それをずっと貫いて生きているのだなあ、と。
 ただ、読む側としては、ちょっと優等生的すぎるかな、と、感じるところもあるんですよね。
 松井さんは「優等生的」なのではなくて、「もともとそういう人」というわけのことなのですが。


 長嶋茂雄さんは、松井選手の「師匠」とされていますが、この本を読むまで、「いちおう、入団したときの監督だから、そういう扱いになっているのだろう」と思い込んでいました。
 ところが、長嶋さんは松井さんに惚れ込んだのか、プロ二年目から、一対一での打撃練習を毎日続けていたのです。

 いい振りができたときは、球を捉えるはずのポイントでピュッと短い音がする。鋭い音が出るのは体のバランスが決まり、タイミング良くインパクトの瞬間にバットスピードが頂点に達したときだけだ。調子が悪くても単発で鋭い音を出すことはできる。ただフォームのバランスが悪いときは、それを何度も続けることができない。いい音を続けて出すのは大事で、そうなって初めて練習を終えることができた。逆にいい音が続くときは「よし」と、練習はすぐに終わった。
 監督が指摘する音の違いを判断できるようになったのは、プロ4年目だった。一対一での練習を始めたのが2年目だったから、2年かかったことになる。最初はいい音が鳴ったと思っても監督に「まだだ」と言われ「そんなに違うかな」という感じだった。いったん感覚をつかんでからは、この音が選手生活を通じて自分の打撃を測る基準となった。

 長嶋さんだって忙しいだろうし、一選手に対してそこまでやるのか、とも思ったのですが、長嶋さんとしては、「野球界を背負うであろう松井秀喜を育成すること」に責任みたいなものを感じていたのかもしれませんね。
 長嶋さんの立場だったら、スーパースターとして、周囲から自分自身がチヤホヤされ、日々楽しく過ごしても良いはずなのに、そうしなかったのだなあ。
 長嶋さんの発言は「長嶋語」などと、やや茶化され気味にとりあげられることが多いのですが、松井さんは「長嶋さんの言葉の意味がわからないと感じたことはなかった」そうです。
 このふたりには、「通じるもの」があった、ということなのでしょうね。


 また、高校時代にイチロー選手と出会ったときの話も紹介されています。
 松井選手の星稜高校イチロー選手の愛工大名電は毎年交流試合をしていたそうなのです。
 遭遇した最初の年は星稜高校が主催で、イチローがやってきてダブルヘッダーで2試合とも3安打の大活躍。

 翌年は星稜が愛知に遠征したが、試合は雨天のためできなかった。星稜の選手は愛工大名電の寮に泊めてもらい、僕はイチローさんの部屋だった。野球の話が尽きず、印象に残った相手のことなどを夜遅くまで語り合った。

 この二人が、こんな形で出会っていて、夜通し同じ部屋で語り合っていたというのも、なんだかとてもドラマチックな話ですよね。
 当時はまだ、「将来有望だけれど、まだ何者でもなかった二人の野球少年」だったのだよなあ。


 あと、実際にメジャーで長年プレーしていた松井選手による、日本とアメリカの野球観の違いも興味深いものでした。

 しかし個人成績を日々競い合うことは戒められる。本塁打数や打率などの成績は出来高払いの対象にすることも規則で禁じられている。出来高の対象となる項目は、野手なら出場試合数や打席数、投手なら登板試合数や投球回数といった労働量を示す数字だけだ。チームの勝利のためにプレーするという本質を常に意識させられるのはいい伝統だと思う。


 もちろん、個人記録を全く気にしないわけではないでしょうし、個人が結果を出すことがチームの勝利につながるのも事実です。
 でも、少なくとも「個人成績よりも、チームの勝利」なのだという「名目」は保たれていて、個人タイトルのための敬遠や不出場などは許されない。
 まあ、これに関しては、どちらが良い、と決められるようなものではないのでしょうけど。


 また、メジャーリーグでの「登板過多」への意識の高さとして、こんな話も出てきます。

 大リーグでは成長過程の若手投手や手術から復帰した投手の投球イニング数をシーズン前に決め、優勝争いのさなかでも登録抹消してしまうことがある。2012年にはナショナルズが15勝を挙げていたスティーブン・ストラスバーグの登録を9月上旬に抹消。プレーオフの地区シリーズでカージナルスに惜敗し、判断の是非が議論となった。ストラスバーグは2010年に右肘の手術を受け、2012年は160回以上投げないことが球団で決められていた。抹消時の投球回数は159回1/3だった。米国のアマチュア野球の事情は分からないが、プロでさえこうなのだから、登板過多にならぬよう管理されていることは想像できる。

 これ、もし日本で同じような状況になったら、「こうなったらあと1試合くらい余計に投げても変わらないだろ」って登板させられそうだし、ピッチャーのほうも「腕が折れても投げる」とか言いそうな感じがしますよね。
 いや、もし贔屓のチームの選手だったら、僕も一ファンとして、「申し訳ないけど、投げてほしい……」と思うんじゃないかな。
 ここまで徹底しているのか……と驚かされるのとともに、それでも、日本からメジャーに移籍した好投手たちが軒並み大きな怪我に見舞われていることについて考えさせられます。


 野球ファン、松井秀喜ファンなら、読んで損はしない一冊だと思います。
 「驚くような裏話」があるわけではないのですが、「松井さんらしいなあ」と安心できる、そんな内容です。

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