琥珀色の戯言

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【読書感想】運を支配する ☆☆☆



Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
勝負でたまにしか勝てない人と、勝ち続ける人ではいったい何が違うのか―。麻雀でも、ビジネスの世界でも、懸命に努力したからといって必ず勝てるわけではない。勝負に必要なのは、運をものにする思考法や習慣である。その極意を知っている人と知らない人とでは、人生のあらゆる場面で大きな差がつくのだ。「『ゾーン』に入る仕掛けをつくる」「パターンができたら自ら壊せ」「ネガティブな連想は意識的に切る」「違和感のあるものは外す」等々、20年間無敗の雀鬼・桜井氏と、「麻雀最強位」タイトルを獲得したサイバーエージェント社長・藤田氏が自らの体験をもとに実践的な運のつかみ方を指南。


 僕は基本的に「運」みたいなものをアテにはしていないつもりです。
 桜井章一さんの「20年間無敗」なんていう話を聞くと、「本当なのか?麻雀というゲームの特性からして、イカサマでもしないと、そんなのありえないだろ……」とは思うんですよ。


 ……と言いながらも、やっぱり、「もうちょっと運が良くならないかな……」とか考えてしまうのも事実なんですよね。
 この本のタイトルは『運を支配する』なのですが、これは大きな矛盾をはらんでいて、「自分ではどうしようもないのが『運』ではないか」と。
 それでも、外からみると「運が良さそう」「運を引き寄せている」ように見える人もいる。
 それは天性のものなのか、それとも、なんらかの後天的な要素が大きいのか?


 藤田さんは、冒頭で、麻雀について、こう仰っています。

 実際、麻雀というものをつぶさに見ていくと、ビジネスの縮図のようなものがあちこちに垣間見えます。要約すると次のようになります。


(1)どんな牌が配られるかわからない「不平等」なところからスタートする。
(2)一定のルールにのっとり、配られた牌をもとに、いかに人より早く大きく上がれるのかの「相対的な競争」になる
(3)局の進行、相手との点棒差など刻一刻と状況が激しく変化する中で、冷静で素早い「状況判断力」が問われる。
(4)4人に1人しか上がれないため、大半の時間は「忍耐力」を要する。


 これらの特徴は、ビジネスとよく似ています。


 僕はなんでも「ビジネス」に結びつけちゃう発想って嫌いなんですが、サイバーエージェントを起こして大成功している藤田さんにそう言われると(藤田さんは「麻雀最強戦2014」というトッププロも参加する大会で優勝されています)、そういうものなのかもしれないな、と考えずにはいられません。
 

 そして、この二人の話を読んでいると、たしかに、「勝負強い人の考え方」というのはこうなのか、と感心してしまうのです。


 桜井さんは、こんな話をされています。

 代打ちの勝負の多くは世間の常識を超えるような凄まじい大金や利権が賭けられ、それゆえに命を賭けた戦いも少なくはなかった。ほとんど睡眠もとらず2日、3日と続く勝負もあった。そんな真剣勝負においては、水を張った洗面器に顔を突っ込み、最初に顔を上げたやつが負ける。そんな骨身を削る、血の匂いがするような凄絶な戦いもあれば、ときには淡々と静かな緊迫感のうちに沈んでいく対局もあった。
 その中で私が感じたことは一つ、激しい戦いも大きな風が巻き起こらない一見クールな戦いも、負けのほとんどは自滅という事実だ。


 「負けのほとんどは自滅」。
 ああ、これはたしかにそうだよなあ、と。
 僕の場合などは、人生において、ちょっとした失敗、まだ十分挽回できるような「想定内のミス」に焦ってしまって、より大きな失敗をしてしまうことがありました。
 僕のような人間は、そういう「水を張った洗面器に顔を突っ込むような勝負」には関わらないのが一番、ではないかとも思うのですが。


 この本の二人の話を読んでいると、「たしかにその通りなんだよなあ。でも、頭でそれがわかっているつもりでも、ギャンブルの現場に行くと、頭に血がのぼってしまうのが『ツキを引き寄せられない人間』なのだよねえ」と考え込んでしまうのです。


 藤田さんの言葉。

 ギャンブルで大負けする人というのは、調子が悪いのにずっとやり続ける人です。負けを取り返すのは明日でも1週間後でも構わないのだから一度頭を冷やせばいいのに、こういう人は熱くなっていますぐ取り返したいというモードになっています。
 ギャンブルは回収率や期待値で見れば胴元が有利になるようにできていますが、一方でプレイヤーには「いつでも席を立てる権利」と「賭け金を上げ下げできる権利」が与えられています。プレイヤーはこの2つの権利を駆使して勝つしかないのですが、多くの人はその有利な権利をなぜか不利になるように使って、負けてしまうのです。
 プレイヤーはいつでも席を立てるわけなので、ひどく調子が悪いときは、席を立てばよいのです。また賭け金を上下できるので、調子がいいときはたくさん賭けて、反対に調子が悪いときには賭ける金額を低くすればいいのです。
 ところが人間とは不思議なもので、調子が悪いときほど粘って負けを取り返そうとたくさん賭け、調子のいいときは利益を早めに確定したくて、まだまだいける流れであっても早々に席を立ってしまうのです。


 正直、僕にはその「流れ」ってやつは、よくわからないんですよ。
 たぶん、ギャンブルのセンスがある人じゃないと、なかなか「流れ」を読むことはできない。
 でも、この話の中には、「絶対にギャンブルに負けないためのコツ」が含まれているのです。
 そう、「席を立つ権利」です。
 最初から賭けなければ、負けないんですよ。
 頭では理解していても、それができないのが、ギャンブル好き、という人種なんですけど。
 「負け組」の皆様は、熱くなってどんどんお金をつぎ込んだあと、お金の限界がきて、店や競馬場から一歩足を踏み出したとたんに「あれ?自分はなんでこんなに分の悪い勝負にどんどんお金をつぎこんでしまったのだろう……」と、大後悔した経験があるはずです(もちろん僕もあります)。
 そこで、「ちょっと外の空気を吸ってみる」ことができるかどうかが、大事なんですよね。
 

 この本には、二人の「勝負師」からみた「人間の本性」みたいなものが、けっこう詰まっているのです。

 思い込みは、何も悪いほうや間違ったほうに思いが囚われているとは限らない。私はよく「いいこと病」と呼ぶのだが、いいことに囚われている人も強い思い込みからそうなっている。
 ボランティアで掃除の活動を熱心にやっている人から、かつてこういう愚痴を聞いたことがある。
「悪人同士は悪巧みで一致団結したりしてまとまりやすい。ところが、善人同士はともにやろうとするボランティア活動に対して意見がたくさん出すぎて、なかなかまとまらないことが多いんです」
「いいこと」というのは、思い込みの方向や程度によっては、それを共有しない人を攻撃する道具になったりするのだ。

 ミスをしたとき、たとえばゴルフで最後のグリーン上で誰でも入れられそうな短いパットを外したとします。そのミスに落ち込んで、次のホールにそれを引きずれば、そのゴルファーはずるずるとスコアを崩していきます。
 一方、そのミスをなかったことにして、まったく考えない人もダメです。ミスをした事実をいったん受け止めて、原因を考えないと、その人はまた同じミスをするでしょう。
 つまり、ミスはいったんきちんと受け止め、すぐ忘れればよいのです。


 この新書を読んでいると、僕が日常レベルで「運が悪い、なんでこんなにツイてないんだ、僕が何をしたっていうんだ!」と考えていることの大部分は、「ちょっとした不運を、自分でどんどん増幅しているだけ」だと思えてきます。
 人は間違う。 
 でも、適切な時期に、適切な対応ができれば、ほとんどの「不運」は、ボヤで消し止められるのです。
 桜井さんや藤田さんは「負けない人」なんじゃなくて、「負け方が上手な人」なのだよね、たぶん。