琥珀色の戯言

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【読書感想】創薬が危ない ☆☆☆☆


創薬が危ない (ブルーバックス)

創薬が危ない (ブルーバックス)


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
ガン、アルツハイマー病、インフルエンザ、エボラウイルス病…なぜ、特効薬が現れないのか?動物で効いたのに、人ではまったく効かない。動物実験ではなかった激烈な副作用が現れた…。開発途中の新薬の多くが、臨床試験で失敗してしまう。21世紀に入り、これまでの創薬テクノロジーは大きな壁にぶつかっている。打開策はないのか?本書は新しい視点からの創薬「ドラッグ・リポジショニング」を提案する。


 僕自身は、薬を日常的に処方しているわけですが「創薬」の世界にはほとんど縁がなく、商品化された薬の説明を聞き、「こんなのできたのか……でも、今まで使っていたのとそんなに違うのかな……」などと思いつつ、使用したりしなかったりしているのです。
 でも、この新書を読みながら、「確かに最近、僕が医者になった頃(20年前)に比べると、新しい薬の話題や説明会って、減ってきたよなあ」と思ったんですよね。
 率直なところ、臨床の合間に新しい薬の知識を身につけるのはけっこう大変だったりもするので、そのことについての問題意識みたいなものは、僕自身にはあんまりなかったのですけど。


 薬といえば「薬漬け」なんて言葉をイメージする人もいて、あまり好感を抱いていない人が多いのではないかと思います。
 その一方で、現代医療というのは、薬がないと成り立たない、というのも、みんな理解しているんですよね。
 

 では、薬なしで生きていた昔の人々(例えば縄文人)の寿命はどれくらいだったのだろうか? 
 一説によると、縄文人の平均寿命は30歳以下だったそうである。驚くことに明治・大正時代でも、つまり今からたった100年ほど前でも、40歳前後であったのである。もちろん薬がないということ以外の理由、例えば手術法が未熟、栄養状態が悪い、衛生状態が悪い(上下水道が完備されていないなど)といった理由もあるが、やはり薬がなかったことが大きいと思う。おそらく、今の世の中から薬が消えてしまったら、平均寿命は50歳程度になってしまうだろう。薬のおかげで30年も長生きでできると考えると、薬に感謝する気持ちになる。
 薬の効用は長生きや健康だけではなく、医療に伴う苦痛から我々を解放してくれることもある。


 内科医は薬がないと何もできないし、外科医だって麻酔も抗生剤もなければ、手術を安全に行っていくことは不可能なはず。
 

 著者は、この新書のなかで、「新しい創薬の世界」について解説しています。
 創薬というのは本当に厳しい世界なのです。
 新しい薬を開発することによって、大勢の人の命を救うことができる。

 一方、これほどたいへんな仕事もなかなかないと思う。一説によれば、製薬企業の研究者のうち、成功した医薬品開発に携われた人は10人に1人と言われている。これが、自分が中心になって、それも新しいタイプの薬の開発に成功した人となるちお、1000人に1人もいないだろう。時々「ノーベル賞を取るのと、画期的な薬を開発するのはどちらが難しいですか?」と質問を受けるが、私は迷わず「画期的な薬を作ること」と答えている。ノーベル賞は毎年10人前後受賞するが、抗生物質ステロイドインシュリンなどの画期的な医薬品は5年に1個出るかで出ないかである。画期的な医薬品を開発した研究者の多くが、ノーベル賞を受賞していることも、当然といえば当然である。

 10人に9人は、自分が手がけた薬が世に出ることはない、という世界。
 もちろん、この世界に入ってくる人は、みんな自分が「10人に1人」くらいには入るだろうと思っているのだろうし、10のトライアルがあればこそ、1の成果は出るのだろうけど……
 ある意味、トレジャーハンターみたいな仕事なんですね。


 コンピュータや実験方法の進歩によって、たくさんの薬の材料が、研究室レベルでは、これまでよりも効率的に試されるようになってきました。
 その一方で、動物実験や、人間を対象にして行う臨床試験は、どんどん厳しいものになってきています。
 
 
 「新薬」になりうる物質探しも、あまりに急速に進められてきたため、袋小路に入ってきた感があります。
 そこで、著者たちが推し進めているのが、新しい創薬である「ドラッグ・リポジショニング」なのです。

 ドラッグ・リポジショニングとは、動物では見られなかった副作用がヒトで起こって新薬開発がうまくいっていないならば、ヒトで安全であることが分かっている物質を医薬品として開発すればいいという逆転の発想である。そんな都合のいい物質があるだろうかと思われるかもしれないが、それが既承認薬、つまり既に医薬品として承認されていて、長い間ヒトで使用されてきた薬である。つまりドラッグ・リポジショニングとは、ヒトで安全で、体内動態もよいことが証明されている既承認薬の新しい効果を発見し、その薬を別の病気の治療薬として開発する(薬を適応される病気を広げるという意味で「適応拡大」と呼ぶ)ことである。


 著者は、このドラッグ・リポジショニングの実例として、増毛薬ミノキシジル(商品名「リアップ」。もともとは高血圧の薬)や、勃起障害治療薬シルデナフィル(商品名「バイアグラ」。もともとは狭心症の治療薬)を挙げています。
 ドラッグ・リポジショニングの大きなメリットは、ずっと人間に対して使われているために、安全性に対する基礎試験の段階をスキップできる、ということなんですよね。
 創薬の世界は「いままでの薬の適応拡大」よりも、「新しい物質から新しい薬をつくる」ほうが重んじられてきたのですが(まあ、そのほうがドラマチックでもありますしね)、現在のように新しい薬を一から開発することが難しくなってきて、あらためて、「過去の薬の効用の再検討」が行われるようになってきました。
 副作用だと思われていたものが、対象者を変えれば「効能」になる場合もあるのです。


 この新書を読んでいると、創薬という仕事の難しさとともに、こんなやり方があったのか、と感心してしまうのです。
 エネルギーの世界でのシェールガスの発見のように「もう資源が尽きかけているとみられていたものから、アプローチを変えることによって、新たな鉱脈を見つける」のが、ドラッグ・リポジショニングなのです。


 この新書には、さまざまな形でのドラッグ・リポジショニングが紹介されており、「日本にとっての、新しい産業」としての創薬の可能性が示されています。
 これからは、さまざまなカルテを匿名のデータベース化して、ビッグデータを解析して新しい薬が開発される時代になっていくのかもしれません。
 そう考えると、ひとりひとりの患者さんをしっかり診て、データを残していくことや、「なぜか目的外の病気も良くなってしまった、という治療経験の蓄積」って、けっこう大事になってきそうです。


 「コンピュータのシミュレーションではうまくいくはず」「動物実験では効果があったのに……」「効果はあるけれど、副作用がひどすぎて、実用的ではない」というような事例は今でもたくさんあって、人間に「ちょうど良く効く薬」をつくるというのは本当に難しいのです。


 それでも「創薬」やりますか?
 いや、誰かがやらなければならない仕事、ではあるんだけれども。

 

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