琥珀色の戯言

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【読書感想】学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話 ☆☆☆☆


内容(「BOOK」データベースより)
一人の教師との出会いが、金髪ギャルとその家族の運命を変えた―投稿サイトSTORYS.JPで60万人が感動した、笑いと涙の実話を全面書き下ろしで、完全版として書籍化。子どもや部下を伸ばしたい親御さんや管理職に役立つノウハウも満載。


まず注意点を。
僕が読んだのは「文庫版」なのですが、これ、表紙をよく見ると「ストーリーにしぼった文庫特別版」と書いてあります。
単行本は2013年12月に出ており、映画の公開にあわせて文庫化された、ということではあるのですが、単行本と文庫では、内容に違いがあるのです。
このパターンの多くは「文庫での書き下ろしの『その後の話』とかが追加されている」のですが、この『ビリギャル』(タイトル長いので略します)は、「単行本から、受験メソッドなどの実用情報を大幅カットし、巻末付録を全文削除したもの」です。
巻末に簡単な「性格診断テスト」が追加されているのですが、全体としては「受験に関する具体的な技術解説は大幅に削られ、映画を文庫化したような内容になっている」と考えていただければ。
もし、「自分の子ども(あるいは自分自身)が受験生で、具体的にどんなことをやったのか詳しく知りたい」という方は、単行本版か電子書籍版を最初から購入することをオススメします。


参考リンク:映画『ビリギャル』感想(琥珀色の戯言)


僕は先に映画を観て、この文庫版を読んだのですが、率直に言うと、「ああ、『このストーリーにしぼった版』を読むのなら、映画を観たほうがわかりやすいし、勉強しよう!って気分になるんじゃないかな」と感じました。
有村架純さん可愛いし、映画版オススメです。


まあ、この文庫で読めば、「520円+税」なので、安上がりといえば安上がりなのですが、DVD化されたらレンタルで観る、とかでも良いかも。
あの映画、さやかさんの家族の話とか、かなり改変されているのかと思いきや、けっこう事実に忠実につくってあるんですね。
缶コーヒーの話も、映画化されるときに加えられたものばかりだと思っていました。


違いといえば、さやかさんの「滑り止め大学」が、原作(この本)では、関西学院大学明治大学だったのが、映画では近畿大学に変更されていたことくらいでした(あと、慶應で受けた学部数も映画では減らされています)。
関西学院や明治は、プライドがあって、映画で「滑り止め校」として描かれるのを嫌がったけれど、いま売り出し中の近大は、こういう形ででも学校の名前が出ることに協力してくれた、ということなのかな、とかあれこれ勘ぐってしまいました。
映画を観ていて、たしかに「慶應の滑り止めが近大?」とは思ったんですよね。
いくら最近、近大の人気と評価がうなぎ上りとはいえ。


※付記:これを読んだ方に教えていただいたのですが、映画に出てくるのは「近畿大学」ではなくて、「近畿学院大学」という架空の大学だそうです。お詫びとともに訂正いたします。すみませんでした。


それで、感想としても、映画版とほとんど同じだったのですが、いくつか考えさせられたところを挙げておきます。


著者の坪田先生の、さやかさんへの初対面の印象。

 まさに「ギャル」以外の表現は見つかりません。名古屋では派手な女の子を「名古屋嬢」と呼ぶそうですが、「これぞ、名古屋嬢なんだろうなあ」と思わされました。
 


 でも、僕のその後の印象は、実は悪くありませんでした。
 最初に僕がいつもするように「じゃあ、よろしくお願いします」と深々と挨拶をすると、その子もぺこりと頭を下げ、「よろしくお願いします」と挨拶を返してきたからです。
 それで、当時、一講師として雇われていた塾での指導経験が長かった僕にはすぐわかりました。
「あ、この子、見た目はドギツイけど、根はめちゃくちゃいい子だな」


 この「根がむちゃくちゃいい子」だというのが、さやかさんの「強み」だったのだろうな、と僕は思います。
 もちろん、坪田先生は、いろんな性格の子どもを伸ばすためのノウハウを持っていて、「いい子」じゃなくてもそれなりにやれそうではあるのですが、さやかさんがどんどん知識を吸収していくのをみるのは、教える側としても、楽しかったのではないかな、と。


 家族のひとりの「がんばる姿」をみて、他の家族も応援し、「子育て法に関して意地を張り合っていた」両親も、和解していく。
 映画ではそこまで描かれていませんが、野球で挫折した弟さんは父親の会社の後継者として成長し、妹さんも坪田さんの塾で学んで、上智大学に合格したそうです。
 

 がんばる力は、伝染する。


 さやかさんは、この本の執筆・出版に対して、「自分の経験が他の『ダメなヤツ』だと言われている人たちが勇気を出すきっかけになってほしい」と仰っていたそうですし、実際に協力もされています(表紙の写真は、石川恋さんっていうモデルさんだそうですが)。
 
 

 もちろん僕には、慶應大学なら、東京大学などと違ってカバーする試験科目の分野が狭いことと、あとは試験の傾向から、この娘には向いているだろう、という戦略がありました。とはいえ単純に、この派手な偏差値30のギャルが、1年半で慶應に受かるなんてことは、この世の中で起こってもいいじゃないか、とおもしろがる気持ちもあったのです。

 受験すべき教科数が少ない慶應文学部を狙ったからこそ(実際に受かったのは総合政策学部(受験科目は英語か数学の選択+小論文)だったのですが)、受かることができたんだ、ずるい!というような批判もあるようですが、実際のところ、受験科目が少ないからラク、というものでもないんですよね。とくに高い偏差値の大学は。
 慶應で受験科目が少ないとなると、その教科をものすごく得意にしている人たちが集ってくるのですから、「平均的にデキるが、突出した能力がないタイプの受験生」にとっては、かえって難しいところもあるのです。
 科目数が少ないとか小論文だけだったりすると、問題との相性で、良くも悪くも「意外な結果」が出ることもあります。


 さやかさんの場合は、「理数系の実力をつけるには基礎力が低すぎたし、時間が足りなかった」ということもあるようですが。
 

 僕はこの『ビリギャル』の話については、塾講師である坪田先生の「手柄話」というか、もっと黒い言葉を使えば「売名行為」みたいなものではないか、と邪推していたのです。
 自分の塾の宣伝のために、「デキそうな子」を集中的に指導して実績をつくり、それを声高にアピールしているだけではないのか、さやかさんは「利用」されたのではないか、と。
 でも、この本に収められている、さやかさんの言葉を読んでいると、なんだかそんな邪推をするのが恥ずかしくなりました。
 というか、売名だろうが宣伝だろうが、こうして、ひとりの人間を、ひとつの家族を「学ぶことの魅力」を伝え、再生させたのは、すごいことなんですよね。

 さやかちゃんの地頭が元々良かっただけでは?」「さやかちゃんに、それだけがんばれる素質があっただけでは?」という方もおられるでしょう。ですが、そういう子どもが学校で「人間のクズ」と呼ばれ、学年ビリになって放置されていたのが現実なのです。


 この本のなかには、さやかさんやその家族、坪田先生への「やっかみの声」が少なからずあったことも仄めかされています。
「できそうな子」を選んで指導して、実績づくりに利用しただけだろ、という声は、ネットでもけっこう見ました。
 僕自身も自分の人生のなかで(もしかしたら、僕自身も含めて)「やればできる子」というのをたくさん見てきました。
 でも、彼らの大部分は、「やらなくて、できなかった子」のまま成長し、「こんなはずじゃなかった……」と人生を恨むのです。
 慶應大学に入れるくらいの潜在能力があったのに、ずっと「ビリギャル」のまま人生を過ごしていった子は、たくさんいるはずです。
 誰かが、その能力を引き出してくれさえすれば……


 「やればできる」と「やらせて、できるようにする」の壁は、本当に分厚い。
 地頭とか塾にかかったお金とかの話で、『ビリギャル』を批判する人は少なくないし、「坪田先生のやり方でも、うまくいかない子ども」だっているかもしれません。
 それでも僕は、こうしてひとりの人間に「学ぶことの喜び」を教えた先生は、すごいと思う。
 人間、生きているあいだに、人ひとり救えれば、万々歳じゃないか。
 

 僕はそんなにポジティブな人間じゃないけれど、だからこそ、「ロジックと愉しむ心で、世間の『どうせダメに決まってるだろ』を打ち破った」人たちに感銘を受けましたし、ネガティブで、「自分には何のとりえもない」と絶望しそうな人間にとって、いちばんのチャンスは「学ぶこと」にあるのではないか、と思うのです。
 

「人はなぜ勉強するのだろう、勉強なんて、しなくちゃいけないのだろうか?」
 誰でも、こう思うことって、あるはず。
 もし自分の息子たちがそんな壁にぶつかったとき、この本を読むか、映画『ビリギャル』を見てほしい。
慶應大学に受かる話」だと思われがちだけれど、本当は「学ぶこと、知ることの喜び」が描かれているんですよ、これ。



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