琥珀色の戯言

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【読書感想】アップル、グーグルが神になる日 ☆☆☆☆


アップル、グーグルが神になる日 ハードウェアはなぜゴミなのか? (光文社新書)

アップル、グーグルが神になる日 ハードウェアはなぜゴミなのか? (光文社新書)


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
パソコンやスマートフォンだけでなく、身の回りの様々なモノがクラウドにつながる「モノのインターネット化」(インターネット・オブ・シングス=IoT)。2014年以降、この市場が急速に成長している。その中心となっているのが、アップルとグーグル。人が操作することなしに機器同士がデータをやりとりし、自動的に動いてくれたり、私たちの行動を決定づけたりする時代が目前にきている。ホームオートメーションからヘルスケア、自動車業界やサービス業まで、いまだかつてない新しい「体験」をつくることで、巨大IT企業は何をしようとしているのか?私たちのライフスタイルを、どのように変えていこうとしているのか―?進化するウェアラブルや、最先端テクノロジーもやさしく解説しながら、近い将来像について語る。


 けっこう過激なタイトルだけど、アップルなどは、今でもすでに「信者」にとっては神みたいなものではあるよなあ、なんて思いながら、読み始めました。
 いままでも語られてきたような「アップルやグーグルが検索などから、ユーザーのデータを集め、『その人が求めているはずのもの』を目の前にぶら下げていく」ということが書かれているのだろうな、と予想していたのですが、これを読むと、その段階は、もうすでに卒業してしまっているのだということを思い知らされるのです。


 この新書のなかで、人とコンピュータの新たな関係を構築していくための技術として、「Bluetooth Low Energy」(BLE)が詳しく紹介されています。
 ガジェットは好きなのだけれど、それを支える技術には疎い僕にとって、Bluetoothって、「ああ、ちょっとコンピュータに詳しそうな人が、車のなかで運転しながら電話できるようにするやつのことか」って感じだったんですよ。
 実際には、いろんなところで使われているのですけど。

 でも、そのBluetoothが、ある工夫によって、革命的な働きをするようになってきているのです。

 クラシック・ブルートゥースの場合、機器の役割はプロファイルによってあらかじめ定められていました。例えば、心拍数など人体に関するデータを取得する機器は、HDP(Health Device Profile)というプロファイルに準拠して設計され、プロファイルに想定されていない用途に使うことはできませんでした。
 これに対してBLEでは、機器で何をするのかはアプリによって決まります。温度センサーを備えた機器があったら、アプリの設計次第で、医療用の体温計としても天候観測用の気温計としても使うことができます。最近は、加速度センサーを使ったBLEの歩数計が増えていますが、これもアプリが機器を歩数計として扱うから、歩数計であるというだけです。仮に、加速度センサーのデータから心拍数を推定できるアプリが開発されたとしたら、その機器は心拍数計に化けることになります。
 BLEは、危機自体の備えている「機能」とアプリによる「振る舞い」と完全に分離したともいえます。
 BLE以前のブルートゥースは、規格としての行き詰まりが見えていました。10年後にどんな機器が登場するか、どう使われるかを見越して詳細なプロファイルを規格化するということは、規格策定の発想以上の応用は出てこないということです。クラシック・ブルートゥースは、ヘッドフォンやスピーカー、通信モデムをただたんにワイヤレス化しただけ、というと言い過ぎでしょうか。 BLEでは、開発者が自由な発想でアクセサリを開発することができますし、BLE対応の機器同士が、将来的に相互につながることもできます。


 いやまあ、これだけ読んでも、いまひとつピンとこない感じもするのですが、BLEでは、もともとのハードの設定に制限されるのではなく、開発されていくソフトによって、機能をどんどん広げていくことができる、ということのようです。

 BLEで実現できる内容を整理すると、以下の3種類になります。


(1) データを取得
(2) 機器を操作
(3) 存在を認識


 一見するとどうということはなさそうな内容ですが、消費電力やコストといった現実の制約がある中で、これら3つをすべて実現できる商用化された技術は、事実上存在しませんでした。
 現在販売されているスマートフォンと連携するガジェットは、(1)と(2)の組み合わせです。センサーからのデータを取得してスマートフォンクラウドにデータを記録したり、LEDランプを光らせてユーザーに情報を通知したりといったものです。
の「存在を認識」は、ネットからリアルの位置を確認できるということです。そして、これを利用したのが、アップルの開発した「iBeacon」(以下、iビーコン)という技術です。
 2013年、例年通り6月に行われたアップルWWDC基調講演において、iOS7の新機能が解説されました。新機能の並んだ講演スライドには「iBeacon」という文字が小さく書かれていましたが、これに関する詳しい説明もないまま、WWDCは終了しました。
 ところが、2013年9月になり、米エスティモート(Estimote)社がYoutubeに投稿した「Estimote Bluetooth Smart Beacon」というタイトルの動画が、マーケティング業界に衝撃を与えました。動画では、どこかの店舗でショッピングを楽しんでいる女性が映し出されています。商品の並んだ棚の前で女性がiPhoneを取り出すと、画面には目の前に置かれた商品の詳細情報が表示されます。女性が隣の棚に移動するとそれに応じて表示も変わり、割引クーポンも配信されてきます。さらに店舗側は、顧客が店内でどのように動いたかも把握できるというのです。マーケティング業界の人々が色めき立ったのも無理はありません。Estimote Beaconsが、iビーコンという技術に準拠した製品であることから、この技術に注目が集るようになりました。


 個人情報やプライバシーの問題もありますし、ビーコンで得られる情報は「人が店内のどの棚の前にいるか」という程度なのだそうです。
 それでも、その「行動情報」は、マーケティングを行う側にとっては、非常に貴重なものなのです。
 それまでは、熟練の調査員が、さりげなくひとりひとりの顧客を観察して集めていたデータを、簡単に、そして大量に入手できるのですから。


 ただ、こういうのは、ちょっと気持ち悪いと感じるユーザーも多いはず。
 一昔前の「未来」を描いたSFでは、朝起きた瞬間に「あなたは今日の夕食に、これを食べたいと思っていますね」とメニューが決められてしまう、というような場面がありました。
 そこまでされると「余計なお世話」だし、「コンピュータの側に、自分が操られているような感じ」にもなりそうです。
 でもまあ、実際のところ、スマートフォンには、「位置情報」を発信する機能がついていますし、そのおかげで、「ここから5km以内の距離にある評判の良いラーメン屋」をすぐに検索できるようになりました。
 「自分の居場所を知られたくない」というのと「自分の位置情報を与えることによって得られるメリット」を天秤にかけると、後者を選ぶ人は多いはず。
 個人情報を与えるのはイヤ、だと言いつつも、ネット上のサービスについての約款をよく読まずに「同意する」をチェックする人は、けっして珍しくありません。
 というか、あれを全部読んで理解できる人は、ごく一握りなのではなかろうか。

 そういう危険性を認識しているからこそ、グーグルも社是に「Not Evil.(邪悪になるな)」と掲げているのですが、「商売」の面からは、ユーザーの情報は、喉から手が出るほど欲しいのです。

 iビーコンがもたらす変化を一言で表すなら、それは、ネットからリアルが見えるようになるということです。


(中略)


 ユーザーの行動をウェブサイト側が収集することについては、プライバシー保護の観点からしばしば論争が起こっています。業界団体やSNS事業者もプライバシーについてのルールを定めていますが、懸念をいだくユーザーも少なくありません(なお、ユーザーの行動が把握されるとはいっても、氏名や住所が筒抜けになるということではありません)。
 ここまで述べたのは、ネット上におけるユーザー行動の把握ですが、iビーコンが登場したことでリアルにおける行動も把握できるようになりました。
 先に紹介した事例のように、ユーザーがいつ、どの場所に、どれくらいの頻度で、どのくらいの期間滞在したか、その場所でどんなコンテンツにアクセスして、何を購入したか。システムをどう作るかによって、今まで以上にはっきりと、かつリアルタイムにユーザーの行動が見えてきます。
 ビジネスの世界では、O2O(Online to Offline)というキーワードが盛んに使われるようになってきましたが、その意味はここにあります。ネット上であれば、当然のように把握できていた情報が、リアルでも使えるようになってユーザーもある程度特定できる。ビジネスを手がける人間にとっては、夢のような話です。


 ただし、どんなユーザーの情報でも、好き勝手に入手できるというわけではなく、その事業者が設置したビーコン付近でのユーザーの行動データだけしか取得できないのです。
 それも、氏名や住所が筒抜けになる、というレベルのものではありません。
 もちろんそれは、ルールが厳格に守られていれば、という前提の話ですが。


 著者は「閉じていくインターネット」という項で、こんな話をしています。

 インターネットにおいて、誰にでも開かれたオープンな領域の割合は少なくなってきています。例えば、フェイスブックフェイスブックのサイトにはウェブブラウザを使ってアクセスできますが、登録ユーザーでなければコンテンツは見られませんし(作成者がウェブ上への公開を許可しているコンテンツを除く)、グーグルなどの検索エンジンでサービス内を検索することもできません。フェイスブック内のコンテンツを検索するためには、フェイスブックが提供している検索機能を使う必要があります。会員制ソーシャルメディアなど、インターネット上のコンテンツにおけるクローズドな領域は、年々増加しています。
 スマートフォンのアプリは、この傾向をさらに強めました。スマートフォンユーザーをメインターゲットとしたソーシャルメディアには、ウェブサイトが用意されておらず、アプリからでなければアクセスできないものもあります。
 スマートフォンのアプリで完結しているサービスであれば、それがインターネット上のクラウドを使っていようが、ウェブの標準に従わなくともかまいません。極端なことをいえば、アプリとクラウドの間では、独自のプロトコルで通信してもよいわけです。
 I o Tにおいて、この方向性を他社に先んじて徹底しようとしているのがアップルです。

 「I o T」というのは、Internet of Things(インターネット・オブ・シングス)の略で、日本語では「モノのインターネット」と訳されるそうです。得られたデータがネット上のコンピュータに集められ、人間が操作しなくても自律的にさまざまな判断をし、物事を動かしていくシステムのことです。


 これからのネットサービスというのは、ユーザーからデータをもらう代わりに、めんどくさいことはすべてやってくれる、そんな存在になっていく。
 それは、すばらしく便利でラクなことなのだろうけれど、アップルのサービスから離れては、生きていけなくなる人間が増えていく、ということにもなりかねないのです。
 これからは、巨大企業どうしが、ネット上で、「いかに顧客を囲い込むか」という熾烈な競争をしていく時代になる。


 正直、なんだか不気味な話ではあるのですが、「便利さ」や「健康上のメリット」などと、「人間としての自立性」みたいなものを比べて、後者のほうが大事だと言い切る自信は、僕にはあまり無いのです。


 人間が創ったはずのものは、どこまで行ってしまうのだろうなあ、なんてことを考えながら読みました。

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