琥珀色の戯言

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【読書感想】ルポ 保育崩壊 ☆☆☆☆☆


ルポ 保育崩壊 (岩波新書)

ルポ 保育崩壊 (岩波新書)

内容紹介
時間内に食べ終えるのが至上命題の食事風景。燃え尽き症候群に襲われる保育士たちや親との会話も禁じられた“ヘルプ”(アルバイトや派遣)のスタッフたち。ひたすら利益追求に汲々とする企業立保育所の経営陣……。空前の保育士不足の中、知られざる厳しい現状を余すところなく描き出し、「保育の質」の低下に警鐘を鳴らす。


都会では「待機児童」も多いみたいだし、大変だよなあ……などと思いつつも、率直なところ、僕自身にはそんなに危機感ってなかったのです。
8か月の次男は保育所に預かってもらえているし、今のところそんなにトラブルもないし。
それにしても、国はもうちょっと子供にお金をかけてもいいよね……とか、そんな感じでした。


でも、この新書を読んで、「保育の現場」のことを知ると、なんだかとても怖くなってきたんですよね。
2014年の3月に「ベビーシッターサイト」経由で20代男性に預けられた子供が死亡する、という痛ましい事件がありましたが、1年以上過ぎた現在では、すでに風化しつつあるようにも思われます。
あの事件は「例外的なもの」だと信じたいけれど、ああいう事件の陰には「未遂」のものが数多く存在している、と考えるべきでしょう。
それでも、物事に「完璧」は無いとわかっていても、子供を「誰か」に預けなければ食べていくための仕事ができない親たちがいる。

 このように保育の質が低下しているのは、なぜか。それは、待機児童の解消ばかりに目が向き、両輪であるはずの保育の質、その根幹となる保育士の労働条件が二の次、三の次となっているからだ。
 都内のある社会福祉法人で働く保育士(30歳)は、低賃金・長時間労働のなかで良い保育をしようともがいている。保育士11年目の彼女の給与は手取りで月21万円。サービス残業が多い。そして、とにかく休めない。運動会などのイベントがあると準備に追われ、子どもに関わる時間が少なくなる。「運動会が終わればゆっくり話を聞けるのに」と思うが、毎月のようにある行事に振り回され、なんのための保育か分からなくなる。保育士なのに、子どもと向き合う時間が削られ、保育以外の業務に追われている。
 他の女性(35歳)は、異業種から転身して27歳で保育士になった。「給与が安いのは覚悟して入ったが、最初は手取り16万円で都内の一人暮らしは厳しく、友人と部屋をシェアして暮らしていた。一年目は腱鞘炎になった。体が辛い分、病気しがちで1〜2年目は嘔吐下痢症や、インフルエンザにかかりやすかった。食育をする立場だけれど、忙しすぎてコンビニ弁当で済ますことも多い。今は0歳児クラスの担任で、かがむことが多く腰を痛め、腰痛バンドが手放せない。


著者がある母親の話を聞いて見学に行った保育所は、こんな状況だったそうです。

 午前10時頃、親に預けられた子どもたちが、部屋の壁が割れんばかりの大きな声で泣きわめいていた。この保育所では、1歳児クラスの定員が13人で担任の保育士は3人配置されているが、クラス内で10人は”ぎゃん泣き”していた。保育士は、皆若い。一番下は新卒、クラス担任の責任者でも二年目だった。園児たちがあまりに泣き止まないため、保育士が1人で3人をおんぶに抱っこしている。新卒の保育士が、「どうしていいか分からない」と口にしながら途方に暮れていた。リーダー保育士は怖い顔をして「泣き過ぎ!」と子どもたちに向かって叫んでいる。
 四月の保育所では、場慣れしていない子どもたちが親と離れて泣くのは当たり前だが、この保育所では子どもたちをあやせない保育士の力量のなさが目立っていた。
 昼食の時間、まだ何人かの子どもたちが泣いている。泣き止んだ子どもがまずテーブルにつかせられ、食事が運ばれるのを待っていた。別の子がおしぼりを手にし、椅子に座ったが足をぶらんとテーブルに乗せてしまった。その瞬間に、力の強そうな男性保育士が「行儀が悪い!」と怒鳴りつけ、鬼の形相で、その子の手からおしぼりを奪い取り、テーブルにバシンとたたきつけた。そして、次の瞬間、その子の足を怒りに任せて強くたたいた。まだ物事のよしあしも分からない1歳の子どもを、だ。


こんな光景を見せられれば、「ここに子どもを預けても良いものだろうか?」と思うのは、当然ですよね。
僕なら預けません。
でも、これが「あまりにも酷い、珍しい例」だとも言い切れない。
そのくらい、日本の保育の現場が荒廃しているという実例が、この新書にはたくさん紹介されているのです。
ほんと、読むのがイヤになってきます。


保育士の資格を持っていても、向いてなさそうな人もいるし、給料が安い、残業だらけできつい、などの労働環境の悪さに辟易し、苛立っている人も多いようです。
保育士の資格を持っていても、保育の仕事をしていない人もたくさんいます。
この新書によると、

 保育所で働いている保育士は、2013年度で37万8000人となる。その一方で、保育士の免許を持ちながら実際には保育士として働いていない「潜在保育士」は、60万人以上にも上る。その多くは、仕事に対する賃金が見合わない、業務が多すぎることを理由に辞めている。


人が足りないから仕事が多く、きつくなるし、きついからさらに人が辞めていき、働こうという人も二の足を踏んでしまう。
そして、ただでさえ低い賃金が、民間保育所の参入によって、さらに切り詰められていく。
保育で利益をあげるために、いちばん手っ取り早いのは「人件費を削る」ことなんですよね。

 0〜2歳児に出る”朝おやつ”は、ビスケットやクラッカーなどの軽食と牛乳と麦茶のスタンダードなメニューに加えて、この保育所では珍しく、ブロッコリーなどの野菜も出ることが多かった。ところが、いつも茹ですぎの状態で、べちゃべちゃとして形が残っていない。とても咀嚼の訓練ができる状態ではなく、子どもたちは噛まずに飲み込んでしまう。朝おやつの段階でも、「これで良いのだろうか」と山本さんはさらなる疑問を感じたが、毎日が慌ただしく過ぎていくため、考える余裕がなくなっていく。
 職員には休憩する時間はなかった。園児と同じ給食を一食350円で給与から天引きされて食べさせられるのだが、まったく美味しいとはいえない。とりあえずお腹がいっぱいになればよかった。保育のマニュアルがあったが、それを読む暇もなく過ぎていった。
 6月、山本さんは1歳児クラスの担任から2歳児クラスの担任に変わった。4月の時点で2歳児の担任は3年目の保育士が1人と新卒が2人いたが、新卒の1人は一週間目で辞めてしまい、もう1人もゴールデンウィーク明けから出勤しなくなった。東海地方からリーダー役が転勤してきたが、すぐに体調を崩して辞めた。やむなく、幼児クラス(3歳)に来ていた派遣社員の保育士が4月の途中から2歳の担任に入った。一時、2歳児クラスの担任がその派遣保育士の1人になってしまい、山本さんが急きょ、2歳児クラスのリーダーになったのだった。
 7月に入ると、幼児クラスでの経験が5年ある保育士が入ってやっと担任が3人揃った。ただ、派遣保育士は5時間の短時間勤務のため、早番と遅番、残業は頼めず、正社員の負担は大きくなった。

これ、まさに「ブラック企業」ですよね……


疲れ果て、自分の未来に希望を抱けない保育士たち(しかも、経験も浅い)が、残業続きでフラフラになり、イライラしながら、小さな子どもたちに接している……
日本はこんなに「少子化」が叫ばれているのに、生まれてきた子どもに対する扱いは「釣った魚に、エサはやらない、なのか?」と揶揄されても仕方が無いくらい酷いものなのです。
親のなかには、保育所のあまりの荒廃ぶりを目のあたりにして、専業主婦として育児をすることに切り替える人も少なくないのだとか。


「待機児童」を減らすために、保育の質は、かえりみられなくなってきているのです。
民間が参入してきて、「競争」するのは良いことだと感じる人も多いのだろうけど、「サービスで競争する」というよりは「見栄え」をよくしてみせるだけで、働いている人たちは、使い捨ての駒のように、酷使していく。

 山本さんの保育所では、保護者へのサービスを重視するため、午睡用のシーツを付け替えるのもすべて保育士の仕事とされていた。コストダウンのため、おしぼりを洗うのも職員で、洗濯機は常にフル回転した。トイレ掃除も保育士が行った。2歳児クラスの担任になった派遣保育士は、うつ病になって9月下旬に退職してしまった。担任が3人揃っていたのは1年のうち2〜3か月もなかった。その代わり、”研修”といっては、本社を通じて毎日、他の系列園から保育士のヘルプ(応援)がきた。それでも保育士が賄えない時は、本社から現場を知らない若い社員がヘルプに来た。


「保育士」という資格さえ持っていればいい、ということもないとは思うんですよ。
でも、この労働環境で、子どもたちと笑顔で、余裕を持って接するなんて、無理ですよね……
こんな保育士たちに日々接している子どもたちに与える影響も大きいはず。
そんな現場の状況に目を向けず、ただ「待機児童解消」「民間の参入による競争」が叫ばれている。
これじゃあ、「保育難民」につけこんで、金儲けしようという人たちに便宜をはかっているだけのようにしか思えません。


同じ子どもに接する職業でも、保育士と幼稚園の先生の考え方の違いなどにも触れられていますし、「ひどい話」だけではなくて、「このなかで、保育士の生活の質を維持しつつ、子どもたちと明るく接することができる職場環境をつくっている保育園」も紹介されています。
「行事」は減らし、教室の飾りつけも簡素にして、そういう「見かけ」に使う時間や労力を、子どもたちとじかに接するために使う、そういう取り組みをしている保育所もあるのです。


いまの「保育システム」が、ごくごく一部の「儲けたい人」以外、子どもも、親も、保育士も、誰も幸せにしていない、という現実を丁寧に告発している新書です。
これは、「子どもたちがかわいそう!」というだけではなく、今後の世の中をよくしているために、もっとも「費用対効果」が高い部分だと僕は思います。
いくら出産後に働こうとしても、子どもを預ける先がこんな状況じゃ、そりゃ「産めない」よね。
子どもの数は減っているはずなのに、なんでこんなことになっているんだ……

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