琥珀色の戯言

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【読書感想】日本人の値段: 中国に買われたエリート技術者たち ☆☆☆


日本人の値段: 中国に買われたエリート技術者たち

日本人の値段: 中国に買われたエリート技術者たち

内容紹介
中国に渡った日本人技術者の現在と未来


日本の技術の海外流出が止まらない。主な流出先は経済成長著しい中国だ。


その優れた技術が、中国のさまざまな分野で実用化されるのははなぜか?
それは日本人技術者が高額でヘッドハンティングされているという現実が、きわめて大きい。


本書では、日本の自動車業界、家電業界、建設機械業界などから中国に渡った日本人技術者たちを丹念に取材。その実態を余すところなく明らかにする。
また技術者たちを中国に向かわせるヘッドハンターたちが、どうように技術者と中国企業を仲介をし、成功を導くのか、そのプロフェッショナルな仕事に極限まで迫る。


北京在住14年の日本人作家だからこそ書けた、迫真ドキュメント。


 中国の企業にヘッドハンティングされた日本人技術者、と聞くと、「裏切り者!」「日本の技術を金で外国に売り渡すなんて!」とか、僕はつい考えてしまうのです。
 でも、この本を読んでいると、そういうイメージって、こちら側の思い込みが大きいのかな、と。

「2、3000人はいる。数百人などという数字ではない」(女性ヘッドハンター)
「5000人ぐらい。これ、だいぶ堅い数字だ」(人材会社の中国人経営者)
「意外とたくさんいますよね。中国企業だけでなく日系の現地採用も含めてですが、沿岸部だけでも2000に以上はいるでしょう」(リクルートの中国法人担当者)
 今、中国企業で日本人技術者がたくさん働いている。
 その存在は、私が14年間住む中国現地では以前からささやかれていた。
 といっても、本人たちは姿を現さない。中国企業はもう日本より給料いいんだって、とか、技術、渡せばすぐに首になるやつじゃないの?と、噂が先行する。
 実際に、中国企業で働く日本人技術者を訊ねていみた。
 驚いたのは、まずその大半が日本の一流企業出身の人々だったこと。直接存在を確認できただけでもSONY東芝、日立、三菱自動車三菱重工業コマツパナソニック、シャープ、住友電気工業……。


 こんな一流企業出身者たちが、なぜ、中国に渡るのか?
 

 野球選手が、ポスティングやFA制度でメジャーリーグに高年俸で移籍して、というような野心的なものではなく、いまの日本のなかで、居場所を失いつつある、実績はあるものの年齢が高い有能な技術者たちが「自分を活かす最後(に近い)手段として」中国に渡る、というのが現状のようです。

 

 中国企業に紹介した中に住友電気工業出身の非常に腕のいい技術者がいた。定年退職したばかりで、恵まれた年金もあったが、1日4時間コンビニでアルバイトしていた。社会と接していないことに耐えられなかったのである。
「日本、技術者の仕事がないんだよ。それまで20年の経験がある人に、会社はとつぜん管理の仕事をさせたりする。会社は本当は彼に辞めてほしいし、本人も不満がいっぱい。来たらいいんじゃないの、中国に。中国企業の社長が女性を紹介して、結婚した人もけっこういる。人って本来は流動するものなんだよ」


 彼らの多くは「お金」や「待遇」というよりは、「年齢や役職とともに、自分のやりたいこと、技術を活かせる仕事から引きはがされてしまったことへの不満や不安」とか、「後輩たちに技術を伝承したいという使命感」から、中国に渡っています。

 中国企業で働く、日本人の車のエンジニアで、1年で200万元(3600万円)程度の報酬を受け取る人はけっこういる。多いのは150万元(2700万円)程度。
 これに加えて、高級マンションが用意され、通訳と送迎がつく。年、数回の帰国費用も会社が負担する。しかし来てみると、実際は土曜日も出勤など、日本で聞いていたのと条件のちがいはたくさんある。一方、あるヘッドハンターいわく、「仕事が話とちがっても、送りこんでしまえばたいていやってくれる」。


 これを読むと、評価されてやってくる人は、それなりの待遇で迎えられていることがわかります。
 日本のエンジニアで年収3000万円もらっている人って、どのくらいいるのだろうか?
 ただ、現地での仕事のやりかたの違いや人間関係には、難しい面も多いのです。

 中国の若い技術者たちはギア設計ソフトを使い、自信満々で設計図をもってくる。
 しかし機械というのは、頭はパソコンで考えたものを組み立てても、それですんなり動くわけではない。
「設計図や断面図を見て、ここで問題が発生する、とわかるようになるまで何十年もかかります。成功体験は意味なくて、不具合をどれだけ経験しているかが、エンジニアのレベルを決める。しかし中国人の技術者たちはモノを触ったことがない。が、いうことは聞かない。これは精度を出すのがむずかしい、実際には作れない、といったら、新人が『いや、私には実績がある!』と頬をふくらます。おい、おまえにいったい何の実績があるんだと」
 かつての日本のエンジニアは、作業着がどれだけ油にまみれているかがプライドだった。新人が初めて描いた図面を実際に組み立てるときは、皆、やすりを持って組み立て工場に集った。今のように三次元CAD(コンピューターによる設計)がない時代、どこかで不具合が出るのが当たり前だったからである。
 機械のエンジニアは育つのに時間がかかる。そして日本人は同じ会社に何十年もいた。技術が継承・蓄積されてきた。
 ところが中国の若いエンジニアは(欧米もそうだが)自分はワーカーではないという身分感覚があって、直接機械を組み立てて手を汚すようなことはしない。そして転職が多い。そのわりにはプロフェッショナル意識は弱い。モノづくりに対する発想も非常に安直。どんなものもバラしてコピーすれば作れるはず、と信じこんでいる。

 これを読んでいると、経済的に豊かになってきている一方で、その急速な経済・技術的な発展は「技術や技術者の輸入」に支えられていて、自ら技術を開発し、より良いものをつくっていくという「技術者のプライド」みたいなものが根付かなかった中国の不安定さがうかがわれるのです。
 こういうプライドだけが高い人を「指導」しに行くのは大変だろうなあ、と。
 こうなってしまったのは、中国だけの責任というよりは、この人口の多い「大国」を「世界の工場」として運用するために、「技術や技術者を生み出す環境」からつくるのではなく「既存の技術やシステムをそのまま持ち込んで、より安い品物を生産することに特化させていった「先進国」の思惑が大きかったのです。
 とはいえ、これだと、「設計図通りにコピーする」ことは可能であっても、不具合が出たときに修正する能力とか、応用力みたいなものは培われていきませんよね。
 この本で紹介されている、中国製の車は工作機械の信頼性の低さには、驚かされるばかりです。
 日本の車は突然故障したら、「なんだこの車は!」と憤る日本人は多いはず。
 ところが、中国製の車は「無事に走ってくれれば儲け物」みたいな感覚らしいのです。乗っている人でさえ。
 中国の大城自動車で働いている日本人を紹介する項で、こんな話が出てきます。
 大城自動車のSUVについて。

「2年間、トラブルがなかった。すごい車だ!」という評価(!)もある」

 そんなものに命を預けてるのかよ……
 偉い人も、国産車(中国産の車)には乗らない。


 ただ、「日本」という言葉をつい使ってしまいがちなのですが、著者が接してきた技術者たちの多くは中高年層(50代以上)なんですよね。
 この世代、「会社人間」としてプライベートを顧みずに研究開発に明け暮れてきた人々が生み出してきた技術と、それ以降の世代の「図面は引けるけれど、現場での製品にほとんど触れたことがない人々」との世代間の溝は、日本と中国との「違い」と同じくらい深いのかもしれないな、と感じました。

 同じことは、中国企業で働く日本人の技術者全員のみならず、後出の若い中国人ヘッドハンターも口にしている。技術を持って現場で実際に設計、開発、具体的な改善ができ、高く売れる日本人技術者は今の50代までだと。

 とはいえ、いまの若い世代に、高度成長期の日本人と同じ働き方を求めることができるはずもなく。
 逆に、今の若い世代にも、同じような「仕事人間」はいるんでしょうけどね。昔ほど高い割合ではなくても。


 いろんな面で、世界の「格差」というのは少なくなってきているのです。
その一方で、「技術が奪われる」という危機感はあるとしても、その技術を運用、維持していくためには、「人間」「有能な技術者間の伝承」が必要で、場当たり的に他国の「優秀な技術」を輸入しても、長期的なレベルアップにはつながりにくいのかな、とも感じました。

 日本の強みというのは、そういう「職人を重んじる環境」だったはずなのに、「効率化」のために、「人」を生み出すシステムが機能しなくなってきているのです。

 今回、中国企業で働く技術者の方に会うまで、私は彼らをアウトサイダーだと思っていた。しかし実際は違った。大手企業に長年勤め、ごく常識的な、どちらかというと、インサイダー中のインサイダー、という人々だった。
 そういうごくふつうの人たちが、もう何千人も中国企業で働いているのである。


 日本に彼らの居場所をつくることができるのか、あるいは「人は流動するもの」だと割り切って、新しい選択肢ができたと考えるべきなのか。
 近い将来、「世界中どこでも一緒」になってしまうのかもしれないな、とも思うんですけどね。

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