琥珀色の戯言

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【読書感想】商店街はいま必要なのか ☆☆☆



Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
「安くて便利で消費者のため」のその先は?百貨店、通販、商店街、スーパー、日本型コンビニ。1900年代から現代まで、日本人の買い物の歴史から考える。


 この新書のサブタイトルは、『「日本型流通」の近現代史 』なのですが、読んでみると、そちらのほうが内容を的確にあらわしているのではないかと思われます。
「商店街」の話が中心というよりは、「近現代の日本の流通について、『百貨店』『通販』『商店街』『スーパー』『日本型コンビニ』それぞれの業態に分けて概説した本」です。
 「商店街がなくなる!」というのは、なんのかんのいっても、現代人にとっては、けっこう「興味を引く(売れる)タイトル」として認知されているのかもしれません。


 著者は、大学でのこんな講義の様子を紹介しています。

 実際に、私が大学で流通史の講義を行うときに、商店街というテーマで話をすると、授業後の学生からのコメントは、さびれゆく商店街の現状を憂うもので必ず溢れかえります。首都圏の大学では、賑わいのある商店街に接している学生も少なくないのですが、それでも地方出身の学生を中心として、次のようなコメントが数多く集るのです。


(中略)


 このように、商店街がさびれていくことに対しては、多くの学生から「残念」「悲しい」「さみしい」といった声が寄せられますし、商店街を「好き」だと言う学生も数多くいます。授業のなかで、私が「商店街はこのままなくなってしまってもよいのか?」という問いを発すると、「よくない」「いやだ」「さみしい」といった声が多く挙がり、「なくなっても構わない」と答える学生は、ごく少数にとどまります。
 しかしながら、それに続けて私が、「では商店街で買い物をしているか? 買い物をしたいと思うか?」と問いかけると、学生からは、まず間違いなく「していない」「したいと思わない」という答えが返ってきます。


 テレビでは『モヤモヤさまぁ〜ず2』や『正直さんぽ』のような「街歩き番組」ってけっこう多くて、そのなかでは、出演者たちと商店街の人たちの、人情あふれるやりとりが「見どころ」になっているのです。
 でも、ああいう番組に出てくる店に、自分がわざわざ行って買い物をするか?と言われると、少なくとも「いちげんさん」としては、ハードルが高い。
 安くもないし、気に入った商品がなくても、「冷やかし」だけで店から出るのは、ちょっと気が引けそう。
 まあ、商店街というのは、基本的に「いちげんさん」を相手にするものではないですしね。


 そういえば、1980年代前半、僕の通学路に商店街があったのですが、毎日通るたびに「誰かがこの店で買い物をしているのを見たことないけど、よく続いているなあ」と思っていたものです。
 個人客相手の商売ではなく、ショールームとして店をあけていたところもあったのでしょうけど、いまから30年くらい前の時点で、商店街は、一部の地域を除いて、すでに、そんなに賑わってはいなかったんですよね。


 そして、この新書のなかには、「スーパーやデパートの進出を妨害する、既得権益としての商店街の店主たち」の話も出てきます。
 いまの郊外型ショッピングモールは、21時や22時まで開いているのが普通なのですが、以前の大型店は、18時くらいに閉店していました。
 逆に、商店街の店は、夫婦による家族経営で、22時くらいまで開いているところが多かったそうです。
 商店街の個人店はどんどん減ってきているのは間違いないけれど、その一方で、「家族経営中心となっているコンビニエンスストア」が増えてきたので、実際は「家族経営の小規模店舗」が消えてしまったわけではありません。
 ただ、コンビニの場合には、「本部からの指導」があって、フランチャイズ店の経営者たちの裁量は狭くなっているようです。
 そして、家族経営のコンビニの労働環境は、かなり厳しい。

 コンビニでのアルバイト経験のない学生からも、「毎日行くコンビニの店長の顔がいつもやつれていて疲れている」「まさにブラックだ」という声が相次ぎます。
 実は、私の父は、某大手総合スーパーの社員から転職し、系列の某コンビニチェーンのフランチャイズ・オーナ―を長く勤めて、母とともにコンビニを切り盛りしていました。バブル崩壊の余波を受けた脱サラ組の一人ということになります。
 店舗は自宅と別の場所にあって、父は朝5時に家を出て、正午前後に帰宅し、仮眠をとって夕方5時頃にまた家を出て、深夜1時頃に帰宅して、仮眠をとってまた朝5時頃に家を出るという生活を20年弱にわたって続けていました。夜勤のアルバイトが確保できないこともたびたびあって、そのときは、そのまま朝まで店に出ていました。母は父と入れ替わる形で、午前10時頃に家を出て、夕方6時頃に帰宅するという生活でした。
 コンビニを始めたのは、私が中学生の頃でしたが、以来、家族旅行はおろか、家族揃って食卓を囲むこともありませんでした。正月休みなどもなく、文字通り年中無休で、父は自らの実母が亡くなった通夜の日も、ふだんと変わらず店に立っていました。幸い、両親ともに大病することもなく勤めを果たせましたが、子どもの目から見ても、明らかに無理のある生活を送っていたように感じました。


 すべてのコンビニ経営者家族にあてはまる、という話ではないとは思うのです。
 立地やタイミングがよく、大成功した経営者の話も直接聞いていますし。
 ただ、こういう家族労働によって成り立っていた(いる)コンビニは、今でもたくさんあるはずです。
 流通の形態は変化しても、働いている人たちがラクになる、ということには、あまりつながっていない。
 買う側からしたら便利になったのだけれど、遅くまで働いている人や、夜勤の人が増えたから、長時間開いている店も増えたと考えると、もう少しどうにかならないものか、とも感じます。


 これを読んでいて、面白いなと思ったのは「通販」と「小売店」の関係でした。
 僕も驚いたのですが、この本によると、日本の通信販売は、明治時代から行われていたそうです。
 そして、1920年代のはじめくらいまでは、小売業態として、重要な位置を占めていたのだとか。

 歴史という点では、なによりも有名なのが、アメリカの通信販売です。
 アメリカでは、1872年に「モンゴメリー・ウォード」、1886年に「シアーズ・ローバック」という会社が、それぞれ通信販売を専業とする事業を開始し、1920年代初頭にかけて農村をターゲットに急成長していきました。当時のアメリカの農村には、そもそも近隣に小売店鋪がない地域も珍しくなく、あってもせいぜい小さな「ゼネラル・ストア」、つまり「よろず屋」だけで、その店も品揃えに乏しく、価格も都市部の数倍という状況にありました。そうしたなかで、二大通販会社はいずれも、規格化・標準化さえた大量生産品を、圧倒的な低価格で大量販売するというビジネスモデルを確立し、農村の人びとから絶大な支持を集めることに成功します。

 日本最初の通信販売は、1876年に農学者の津田仙が、『農業雑誌』上で行った農業者向けのトウモロコシ種子の販売だといわれています。津田仙は、有名な津田梅子のお父さんです。一般消費者向けの通信販売としては、1882年に天賞堂が行った印鑑および貴金属品の販売が古い例ですが、本格的に広がるのは、郵便事業やそれを支える鉄道網の整備が進んだ1890年以降のことでした。
 具体的には、小包郵便が1892年、代金引換郵便が1896年、郵便振替制度が1906年に始まり、この時期からさまざまな商品が通信販売になっていきます。呉服、洋服、靴、薬、化粧品などは、大都市に立地する小売店が、地方向けに通信販売でも売るようになり、お茶や水晶などは、産地の業者が通信販売で全国に販路を広げていきました。

 代引小包個数の推移を踏まえて考えると、日本の通信販売は、1900年代から20年代初頭にかけて急速に発展した後、1920年代半ばから30年代にかけて停滞局面を迎えたと推察されます。関東大震災の影響が大きく出ているのは、供給側、つまり通信販売業者の問題として理解できます。おそらく顧客名簿の消失によって、通信販売の継続が困難になったのでしょう。また、昭和恐慌の影響については、特に農村部で恐慌の打撃が大きく、かつ長引いていたので、需要側の問題であると思われます。

 
 小売店がまだ少なく、百貨店も地方にまで行き渡っていなかった時代には「通販による買い物」が、日米ともにかなり普及していたのです。
 それが、小売店がたくさんできるようになって「自分で手に取って商品をみることができる」「すぐに手に入る」ことによって、通販は廃れていきます。
 ところが、インターネットと宅配便の進歩によって、また「通販による買い物の割合」が上昇してきました。
 「ネット通販」という観点からいうと、「最近になって増えてきた」と考えてしまうのですが、通販からリアル店舗へ、そして、また通販へ、と、買う側の行動は、行ったり来たりしているのです。


 こんな昔から通販はあったのか、とか、商店街よりも、百貨店のほうが「古い業態」なのか、とか、面白い発見がたくさんある新書です。
 そのうち、3Dプリンターのデータだけ送ってくるような「通販」もできるかもしれませんね。
 もう、そうなると『ドラえもん』の世界だな。

 

商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道 (光文社新書)

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