琥珀色の戯言

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【読書感想】第153回芥川賞選評(抄録)



Kindle版もあります。
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今月号の「文藝春秋」には、受賞作となった又吉直樹さんの『火花』と羽田圭介さんの『スクラップ・アンド・ビルド』の全文と芥川賞の選評が掲載されています。
恒例の選評の抄録です(各選考委員の敬称は略させていただきます)。

宮本輝
 島本理生さんの「夏の裁断」は、島本さんが上手な書き手になったことを示す作品である。それだけにかえって内容の幼稚さがあらわになってしまって、私はまったく評価できなかった。
 もっといい小説が書ける人なのに、幼いころのトラウマをひきずる女性の心の奥底にまで踏み込んで行かない。
 そのまどろこしさは、島本さんが初めてこの賞の候補となった十数年前から変わっていないのだ。書き込まなければならないところと、そうでないところを間違えているのではないだろうか。

川上弘美
ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス」。これもうまい小説でした。でもやっぱりこの小説の「うまい」も曲者なのでは。と、なぜ自分が感じるのかを、実はいまだにうまく分析できません。小説は享受するものであって、分析するものではないとすると、分析を誘うものであること自体に問題があるのかもしれません。

山田詠美
『スクラップ・アンド・ビルド』。そして、またビルド・アンド・スクラップでもある、この作品の中に埋め込まれたセオリー。それは、主人公の浅はかで姑息なアフォリズムをまといながら、その実、生き伸びるのに必要な知恵とユーモアを芯に持つ。介護小説ではないが、高齢化社会の今、読まれるべき。参考にはならなくても、ある種の光明はさす。
『火花』。ウェル・ダン。これ以上寝かせたら、文学臭過多になるぎりぎりのところで抑えて、まさに読み頃。<劇場の歴史分の笑い声が、この薄汚れた壁には吸収されていて、お客さんが笑うと、壁も一緒になって笑うのだ>ここ、泣けて来たよ。きっと、この作者の心身にも数多くの大事なものが吸収されているんでしょうね。

小川洋子
『火花』の語り手が私は好きだ。誰にも攻め込まれない布陣で王将を守りながら、攻めてくる友だちは誰もいないのだ、と気づく彼がいとおしくてならない。神谷の元彼女、真樹さんを偶然見かける場面に、彼の本質がすべて現れている。他人を無条件に肯定できる彼だからこそ、天才気取りの詐欺師的理屈屋、神谷の存在をここまで深く掘り下げられたのだろう。『火花』の成功は、神谷ではなく、”僕”を見事に描き出した点にある。

高樹のぶ子
 今回はレベルの高い候補作が揃った。なぜだろうと考えた。六編のうち五編が男性作家と思われ、いずれも時代や社会的な状況、時間の流れを意識して書かれている。個の内面が外部世界と繋がっている。「人生」「感動」という、これまで気恥ずかしくて口に出来なかった言葉が、文学の表面に浮上した。


(中略)


 話題の「火花」の優れたところは他の選者に譲る。私が最後まで×を付けたのは、破天荒で世界をひっくり返す言葉で支えられた神谷の魅力が、後半、言葉をは無縁の豊胸手術に堕し、それと共に本作の魅力も萎んだせいだ。火花は途中で消えた。作者は終わり方が判らなかったのではないか。

堀江敏幸
 又吉直樹さんの「火花」の火は、ギアからもエンジンからも出ていない。師匠の言動を記録する語り手の心は蒸留水のごとく純粋で、自他の汚れをほんの微量でも感知できる。描写の上滑りも、反復の単調さにも彼は気づいている。しかし最後まで歩くことで、身の詰まった浮き袋を手にしえたのだ。あとはその、自分のものではない球体の重みを、お湯の外でどう抱き抱えていくかだろう。

村上龍
 受賞作となった『火花』は、「文学」へのリスペクトが感じられ、かつとてもていねいに書かれていて好感を持ったが、積極的に推すことができなかった。
「長すぎる」と思ったからだ。同じテイストの筆致で、同じテイストの情景が描かれ、わたしは途中から飽きた。似たようなフレーズが繰り返され長々と続くジャズのインプロビゼーションを聞いているようだった。それでは、どのくらいの長さがもっとも適当だったのか、半分でよかったのか、それとも三分の二程度にすべきだったのか。問題は、作品の具体的な長さではない。読者の一人に「長すぎる」と思わせたこと、そのものである。皮肉にも、ていねいに過不足なく書かれたことによって、作者が伝えたかったことが途中でわかってしまう。作者自身にも把握できていない、無意識の領域からの、未分化の、奔流のような表現がない。だから新人作家だけが持つ「手がつけられない恐さ」「不思議な魅力を持つ過剰や欠落」がない。

島田雅彦
 前作はSMで、今度は介護かよ、と突っ込みたくもなったが、羽田はあらゆるテーマに対応可能な何でも屋フィガロになったと祝福するしかない。


(中略)


(『火花』について)
 漫才二十本分くらいのネタでディテールを埋め尽くしてゆけば、読み応えのある小説が一本仕上がることを又吉は証明したことになるが、今回の「楽屋落ち」は一回しか使えない。

奥泉光
(『火花』について)
 方法的にみるべきものはないが、作者が長年にわたって蓄積してきたのだろう、笑芸への思索と、会話のおもしろさで楽しく読んでいける。しかし二人のやりとりと状況説明が交互に現れる叙述はやや平板だ。それはかたり手の「僕」が奥行きを欠くせいで、叙情的な描写はあるものの、「小説」であろうとするあまり、笑芸を目指す若者たちの心情の核への掘り下げがなく、何か肝心のところが描かれていない印象を持った。


 今回は、候補作の評価が軒並み高めだったこともあり、選評も比較的穏健な感じでした。
 芥川賞の「受賞作なし」は寂しいのだけれど、そういう「荒れた回」のほうが、選評は面白いことが多いのです。
 選考委員が、自分の「文学観」みたいなものを長々と語ってみたり、落選作について、罵倒してみたりと。


 今回の受賞作『火花』と『スクラップ・アンド・ビルド』についても、「こんなの全然ダメ!」みたいなことを書いている人はいませんでした。
『火花』については、「ラストは蛇足だったのではないか?」とか、「巧すぎて新人作家らしくない」というようなコメントは出ていましたが、村上龍さんの選評などは、「そんなこと言われても……」という感じではありますよね。
 未熟な作品では「完成度が足りない」と言われ、巧く書いてあると「不思議な魅力を持つ過剰や欠落が足りない」とか言われてしまう。
 島田雅彦さんの「楽屋落ちは一回しか使えない」というのは、又吉さんの今後にとって、大きな課題になってくるはずです。
 ただし、「その一回しか使えない魔法」で、芥川賞をゲットしたという又吉さんは、運も持っている人だなあ、と。
 こういうのって、「楽屋落ちではない作品を、もう一作みてみたい」とか言われて受賞を逃し、結局その後も鳴かず飛ばず、というパターンもあるのだから。
 あと、個人的に楽しみにしていたのが、山田詠美さんの羽田圭介さんへのコメントです。


参考リンク:第153回芥川賞を受賞した又吉直樹さんと、「もうひとりの受賞者」羽田圭介さんの話(いつか電池がきれるまで)


 これまで、散々「厳しいアドバイス」をおくってきた羽田さんの受賞作に、山田さんは、どんな「選評」を贈ったのか。
 ……とくにこれまでへの言及はなく、普通に「よくできました」といいう感じでした。
 これまでのことは忘れたのか、あえてスルーしたのか。
 

 あと、『文藝春秋』には、又吉さんと羽田さんの受賞者インタビューも掲載されています。
 ちなみに、又吉さんに対して、「ある選考委員」は、「間違いなくあなたは一回落ちるけど、そこから上がってくるのを楽しみにしているから」と仰ったそうです。
 誰だろう、島田雅彦さんあたりかな?
 

 とにかく話題になっており、『文藝春秋』の『火花』『スクラップ・アンド・ビルド』掲載号は、あっという間に100万部を突破したそうです。
 『火花』めあてで購入した人が、『文藝春秋』の他の小説も読んでみるとすれば、やはり『火花』の受賞にはかなりの影響がある、ということなのだと思います。
 『スクラップ・アンド・ビルド』も、若者にとっては「わかりやすい小説」だろうし。