琥珀色の戯言

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【読書感想】東京駅「100年のナゾ」を歩く ☆☆☆


内容(「BOOK」データベースより)
赤レンガ、地下街、高層ビル…進化し続け100周年を迎えた東京駅。その複雑な構造を1分間で理解する暗号「川田十」とは?ビジュアルを使って、ディープな内側を紙上体験!「最適な待ち合わせ場所」「抜け道・寄り道・迷い道」「近未来予測」など、目からウロコのお役立ち情報満載


 「東京駅100周年記念Suica」が爆発的に売れ、それに伴う混乱も話題になった東京駅。
 九州在住の僕にとっては、年に1〜2回程度利用するくらいで、あまり馴染みがない駅なのですが、東京駅に着くと「東京のなかの東京」に来た、という気がするのです。

 そう、2014年(平成26年)12月20日、東京駅は開業百周年を迎える。
 百周年と聞いた人々の反応は、「東京駅は最も古くから存在する駅で、日本の鉄道を現在まで牽引してきた」と思うようだ。この答えを聞くにつけ、東京駅は日本の中央駅であると広く認識されているのだな、と実感できる。
 しかし、実際には東京駅は百周年といえども、比較的新しいターミナルである。
 赤レンガ駅舎のレトロな姿のためか、東京駅には古いというイメージがあり、誤解されることが多いようだ(ちなみに現在の赤レンガ駅舎は、2012年10月に復原工事が終わってでき立てホヤホヤである)。


 日本で最初に新橋と横浜のあいだに鉄道が開通したのは1872年。
 品川駅(1872年)、新宿駅、渋谷駅(ともに1885年)のほうが、はるかに「古い駅」なのだそうです。
 ちなみに、この新書によると、現在の一日の乗降客数では、渋谷駅は東京駅の2倍以上なのだとか。
 遠方から来る人にとっては、東京駅が「東京の窓口」なのだけど、東京に住んでいる人たちにとっては、あまり「普段使いする駅ではない」のかな。


 著者は建築やデザインの専門家であり、「人間のエピソードの集積」ではなく、東京駅という建物の構造の変遷から、この駅の歴史と役割を語っていくのです。
 まあでも、率直に言うと、「東京駅に関する面白い話」を期待して読み始めてしまった僕には「こういうアプローチがあるのはわかるのだけれど、ちょっと違うな」と感じられたのも事実です。
 「人間のエピソード」のほうを期待していたので。

 広場と化している通路を通路として把握して移動すること、そして東京駅の全体の空間構造を把握すること、そうすれば東京駅で迷うことはないであろう。そこで、東京駅の空間構造を10秒で理解する方法を紹介しよう。
 それは「東京駅 X一トU 川田十」(バツイチという かわだじゅう)というもので、「X一トU」は「バツイチという」、「川田十」は「かわだじゅう」と読むと記憶しやすい。
語呂の関係で「川田十」が後になっているが、「川田十」が後になっているが、「川田十」が東京駅の空間構造の核を示しており、その核の周りを「X一トU」が取り囲んでいる。東京駅の空間図式を組み合わせて作ったものなので、そこには意味がないが、「東京駅にいる自らバツイチといっている川田十という名前の人」と覚えればインプットされやすいのではないだろうか。


 たぶん、これだけ読んでも、あんまりイメージがわいてこないと思うのですが、この新書は、この「東京駅 X一トU 川田十」を説明することに多くのページが費やされており、読み終えるころには、東京駅の構造が頭にインプットされるのです。
 なるほど、こういうふうに覚えればいいのか、と。


 ただし、建築とかデザインに興味がない人にとっては、ちょっと敷居が高いというか、面白さを見出すのは難しいかもしれません。


 東京駅を設計したのは、有名な建築家・辰野金吾さん。
 当初は、「お抱え外国人」の建築家に設計を依頼したそうなのですが、彼らが「日本の伝統的な建築の要素を活かした設計をしようとした」のが、当時の政府は気に入らず、東大工学部を首席で卒業し、イギリスに留学した辰野さんに白羽の矢が立ちました。

 赤レンガを基調とした左右対称に延びた長さは335メートルあり、屋根にも壁にも見られるきらびやかな装飾は完璧な西洋建築であることを示してた。そして人々を大いに驚かせた。これだけ多くの巨大な建築がある現代においても、2012年(平成24年)の赤レンガ駅舎の復原でその全貌が現れたときには誰もが驚いたのだから、巨大な建物がなかった当時の人々はそのスケールの大きさときらびやかさに驚愕したであろう。

 たしかに、いま見ても圧巻の建物なのですから、周囲との比較を想像すると、100年前は、もっとすごいインパクトがあったはずです。

 その後、東京駅は戦火にさらされ、大きな損傷を受けたり、さまざまな路線の開設にともなって変化を続けていきます。
 乗車場所と降車場所が分かれていて、一方通行になっていたため、人の動きが予想しやすかったため、1921年の原敬、1930年の浜口雄幸というふたりの首相の暗殺現場ともなりました(浜口首相は、狙撃された傷が原因で翌年に死亡)。
 駅というのは、人が集まる場所でもあり、危険な面もあるのです。

 赤レンガ駅舎は2003年に重要文化財として指定された。その保存が決まって復原する際に、現状の八角屋根で2階建ての状態の保存を望んだ反対派は、復原工事予算である500億円をどう捻出するのか、と反論した。
 ところが、この巨額の費用は、ある不思議なマジックでまかなわれてしまった。それは「空中権」である。つまり、「特例容積率適用地区制度」という都市計画の一つの仕組みのことである。

 高い容積率を持つような特別に指定された地区において、本来、高い建物を建てられる容積率を持つ土地に、現状で低い建物が建っている場合、歴史的な建物の保存や復原、文化的な環境の維持や工場のためであれば、十分に使用していない容積の分を、その地区内の他の敷地に容積を移してもよい、と定められているのだ。
 すなわち、東京駅という日本の中心の駅前に建っている赤レンガ駅舎は、本来であれば超高層ビルを建てられる容積率を持っているのだが、保存するということで竣工当時の高さに復原されることになった。そうすると容積的には赤レンガ駅舎はすべての容積を利用していないわけである。その未利用の容積を「空中権」として、その地区内の周辺ビルに売れるようになったのである。

 世の中には、不思議な仕組みがあるものだなあ、と思いながら読みました。
 何も存在しないところの「権利」を売ることによって、あんな壮麗な建物をつくる費用がまかなえるのだから。


 それにしても、あの『東京駅百周年記念Suica』って、何だったのかな……
 これだけ売れてしまうと、コレクションとしての価値も、そんなに無いだろうし。
 

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