琥珀色の戯言

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【読書感想】ゲーム音楽史 スーパーマリオとドラクエを始点とするゲーム・ミュージックの歴史 ☆☆☆☆



Kindle版もあります。

内容紹介
約30年に渡るゲーム音楽の歴史が、この1冊に!


“良いゲーム"には“良い音"が流れているもの。『ドラクエ』や『スーパーマリオ』など、“名作"と言われるゲームの音楽は、誰もが印象に残っていることでしょう。つまりゲームの音楽は、ゲーム自体のクオリティを左右する要因のひとつと言っても過言ではないのです。そこでゲーム・ミュージックに焦点を当て、その歴史を語っていくのが本書。ハードのスペックが低く、厳しい技術制約があった中での音楽制作の工夫点や、技術制約が少なくなった現在ではどのようなアイディアが音楽に盛り込まれているかなど、ゲーム・ミュージックの歴史と進化を時間軸に沿って語っていきます。巻末には植松伸夫氏、古代祐三氏、崎元仁氏といった著名ゲーム・音楽作曲家のインタビューも掲載。こちらも必見です。


 ファミコン時代からの「ゲームミュージック」の進化の歴史を概観した本。
 2014年7月に出版されたときから気になっていたのですが、税込み2160円という価格に、二の足を踏んでいたのです。
 Kindle版が1000円と安くなっていたので(いつまでこの価格かはわかりませんが)、購入して読みました。


 率直なところ、この本を読んで、「面白い」と感じるためには、ある程度の「ゲームとゲーム音楽に対する予備知識」みたいなものが必要ではないかと思われます。
 まあ、テレビゲームに興味がない人は、そもそも手に取らないだろう、とも思うのですが、ゲームも音楽も、「言葉だけで相手に面白さを理解させる」のは、なかなか難しいのですよね。
 例えば「スーパーマリオブラザーズのメインBGM」とか、「ドラゴンクエストの『序曲』」と言われれば、多くの人が、「ああ、あれね」と、その音楽を頭の中で再生できるはず。
 でも、どんな「名曲」でも、そのゲーム自体があまり知られていないと、タイトルを聞いて頭の中で再生することができる人は少ないし、言葉で説明することも難しい。

「『ラグランジュポイント』(KONAMI:1991)では町の曲の1つ「City of birthday」をはじめ、全編にわたってVRCVIIのFM音源が使われており、FM音源の金属的な音色が近未来的な世界観を彩っています。『ラグランジュポイント』は、ファミリーコンピュータスーパーファミコンプレイステーションプレイステーション2といった、各世代でのメジャーなゲーム機において、唯一FM音源が登場した例となります。


 うーむ、聴いてみたいけれど、わざわざこのゲームを探してまでは……という感じになってしまいます。
 ファミコン時代から最近までの「概観」だけに、よほどのゲーマーでも、「自分にとって身近な時代」と、「そうでない時代」はあるでしょうし。
 よほどゲームに親しんできた人じゃなければ、これを読むよりも、NHK-FMの『今日は一日ゲーム音楽三昧』を聴いたほうが、「わかる」ような気がします。
 いや、いま聴こうと思っても聴けないんですけどね、『ゲーム音楽三昧』。もちろん有償でも良いので、聴けるようにならないものだろうか。


 この本の特徴は、「懐かしのゲーム音楽」を並べるだけではなく、「ゲーム音楽の技術的な変遷」を、なんとか読者に伝わるように紹介している、ということです。

 ファミリーコンピュータと同時期の他のゲーム機の多くは、デューティ比が0.5の短形波が鳴る音源を採用しています。デューティ比が0.5ということは、山と谷の部分が同じ時間ということですね。こういった音源を、PSG音源と呼ぶことが多く、NEC富士通、シャープ製の初期国産パソコン、ホビー・パソコンのMSX、マーク3やマスターシステムといった、セガの初期家庭用ゲーム機に採用されています。
 一方、ファミリーコンピュータ矩形波は、デューティ比を4種類から選べました。つまり、音色を選択できたんですね。そのおかげで、同時期のゲーム機の中では、少しだけ音楽に表情をつけやすい音源を積んでいたと言えます。

 そうか、同じ「PSG音源」でも、ファミコンの音楽が少し表現力があるように聴こえていたのは、こういう「理由」もあったのだな、と。
 ちなみに、本のなかでは、図なども使用されて、「デューティ比」についても、わかりやすく説明されています。


 この本のなかで、「ゲーム音楽を変えた曲」として、再三名前が挙がる作品があります。

 スーパーファミコン発売当初、その音源SPC700による音色は、サンプリングこそ可能なものの、波形に使えるメモリ・サイズが小さいことから、本物の楽器の迫力には及ばないという認識がありました。ところが、スーパーファミコン発売1ヵ月弱にして、その考え方を一変させる出来事が起こります。それは、『アクトレイザー』の登場です。
アクトレイザー』は1990年12月16日に、エニックスから発売されました。魔王サタンに追放された神となって魔物と戦う横スクロール・アクション・モードと、自身のパワーアップのために人口を増やすシミュレーション・モードの2つのパートがあります。『アクトレイザー』のほとんどの楽曲はオーケストラ調でまとめられていますが、最初の横スクロール・アクション・ステージの曲「フィルモア」は、作曲者の古代祐三さんが得意とするロック調になっています。「フィルモア」は、ドラムやスラップ・ベースをはじめ、メロディのオルガン、イントロや曲後半に登場するオーケストラ・ヒットのようなインパクトを持つストリングスなど、どれも本物と聴き間違えそうなほど、迫力のある音色で構成されています。当時のプレイヤー、あるいはゲーム制作者までもが、古代さんの技術力とSPC700の潜在能力に驚いたはずです。「フィルモア」の衝撃によって、SPC700はサンプリング方法や発音方法の工夫で、クオリティの高い音色を実現できる音源であることが証明されたわけです。


 僕も『アクトレイザー』をリアルタイムで遊んでいたのですが、たしかに、「この音楽はすごいな!」と思った記憶があります。
 ただ、ゲームそのものがそんなに面白く感じられなかったので、あまり詳しく覚えていないんですよね……
 この本では、巻末に古代祐三さんへのインタビューも収録されています。
 古代さんといえば、『イース』をはじめとする日本ファルコムマイコンゲームから、『世界樹の迷宮シリーズ』まで、ずっと現役のゲーム音楽家であり、僕にとっては畏敬の対象です。
 PSG時代から、いまの「普通の音楽を普通に流すことができる時代」まで、ずっと第一線にいるっていうのは、本当にすごい。
 ちなみに『ファイナルファンタジー』シリーズの音楽でおなじみの植松伸夫さんも『アクトレイザー』の音楽には衝撃を受けた、と仰っています。


 僕自身は、やはり、自分が若かった頃、1980年代から90年代はじめくらいまで、ナムコの『ゼビウス』『リブルラブル』から、初期国産マイコンファミコンスーパーファミコンくらいまでの「ゲーム音楽」への思い入れが強いのだな、と、これを読んであらためて感じました。


 この本の巻末のインタビューのなかで、オーケストラや吹奏楽団の情報を発信するポータルサイト「2083WEB」の齋藤健二さんは、こんな話をされています。

――ゲーム音楽には、さまざまな音楽ジャンルの曲がありますからね。


齋藤:自分自身、音楽ジャンルで言うとジャズやフュージョンが好きなんですけど、一般の人は決して聴くことが多いジャンルではないと思うんです。ただ、それがゲーム音楽というフィルターを挟むと、いろんな人が耳にしてくれる。これはオーケストラにも言えることで、普段クラシックのコンサートに行かない人でも、ゲーム音楽のオーケストラ・コンサートになると、多くの人が集ってくれる。こういう風に、いろんなジャンルの音楽を先入観無く聴くきっかけになるのは、ゲーム音楽の良いところだと思います。


 たしかに、「ゲーム音楽」の中には、いろんな要素が含まれていて、「演歌」とか「民族音楽」のような、普段自分から聴くことがないような音楽も、ゲームの中で流れてくると「面白い」と感じることができます。
 そこから、そのジャンルに深入りしていく人がたくさんいる、というわけではないけれど、「ゲーム音楽」というのは、多様な音楽のショーケース、みたいな役割を、果たしているのかもしれません。


 読んでいると、「その曲、聴きたいなあ」という欲求ばかりが湧いてくるのが若干ストレスではあるのですが、ゲームミュージック好きには楽しめる本だと思います。
 こういうふうに「ゲーム音楽の歴史」を一冊にまとめてくれている本って、なかなか無いですし。