琥珀色の戯言

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【読書感想】藤子スタジオ アシスタント日記 ☆☆☆☆☆


内容紹介
80年代に人気を博し、テレビアニメ化を始め、実写化もされた『まいっちんぐマチコ先生』の作者・えびはら武司藤子不二雄先生の1番弟子だった。
今から遡ること40数年前、高校の卒業を間近に控えたえびはら青年は、幼少期からの憧れの存在・藤子不二雄先生の弟子になるべく、藤子スタジオに電話をかける。面接当日、なんと面接官として目の前に現れたのは、あの藤子・F・不二雄先生だった…!!
本書は藤子作品ファンが知りたい、当時の藤子スタジオの仕事場風景や藤子不二雄先生の人柄、仕事への取り組み方、そして『ドラえもん』『オバケのQ太郎』『プロゴルファー猿』『笑ゥせぇるすまん』ほか、国民的作品の創作秘話がたくさん描かれた作品です。


 『まいっちんぐマチコ先生』の作者は、藤子・F・不二雄先生の「一番弟子」だったのですね。
 で、「さまざなまジャンルのマンガを描いている藤子先生が手を出していない数少ないジャンル」=「エロ」だ!ということで生まれたのが、「マチコ先生」だった。
 夏休みの午前中に再放送されていた、『まいっちんぐマチコ先生』のスポンサーが「学研」だったのをみて、「学研、それでいいのか!」と疑問を抱いていたことを思い出しながら読みました。
「マチコ先生の、ボインにタッチ!」「イヤ〜ン」とかやってるんですよ、けしからん!……僕も観てましたけど。というか、そのシーン以外には、どんなストーリーだったか、全然覚えてない……
 今よりもいろいろと厳しそうだった40年近く前に、あんな「先生へのセクハラアニメ」が堂々と放送されていたのですよね。
 あらためて考えてみると、けっこうすごいことだ……


 この本、漫画家・えびはら武司さんが、藤子スタジオで、藤子・F・不二雄先生のアシスタントをやっていた時代のことが4コママンガで描かれています。
 僕自身にとっても、F先生は「『ドラえもん』や『21エモン』の生みの親」であり、「マンガの神様」みたいな存在です。
 F先生のマンガを読んで育ってきた、といっても過言ではありません。
 でも、『ドラえもん』の大ヒットと、早すぎる死によって、F先生は、実像以上に「神格化」されてしまったところもあるのではないかと。
 それは、幸福なことなのか、それとも不幸なことなのか。
 「もう、藤子スタジオも、F先生と面識の無い人が大半になってしまった」という状況なのだそうです。
 そこで、えびはらさんは、あえて、1970年代前半の「自分が上京した若かりし頃に接した、等身大の藤子不二雄」を描いています。
 こんなふうに「実像」をユーモアをまじえて描くことは、えびはらさんが「F先生にとって、いちばん厳しかった時代をともに歩んだ同志」だったからこそ、許されることだったのではないかなあ。


 『ドラえもん』の人気が出る前のF先生は、あまりヒット作に恵まれず、アシスタントも、えびはらさん一人だけしかついていなかったそうです。
 あとのアシスタントは、多くの連載で忙しかったA先生担当でした。
 後年、『ドラえもん』の大ヒットの際、A先生が「これはもう、F先生のマネージャーになるしかないか」と思った、というエピソードがあるのですが、それ以前には、こんな時代もあったのですね。


 社交的で、周りに人が集ってくるA先生と、自分の世界に籠もりがちで、いまで言えば「コミュ障」みたいなF先生。

我孫子先生の場合:「みんなで食事にいかない?」「はい!」
藤本先生の場合:「食事に行く?」「はい!」「これで好きなの食べて来ていいよ(お金を渡す)。ボクは帰るから…」「ハイ……」

 ある意味「現代的」ですし、僕もF先生流のほうが気楽、ではあるのだけれど、当時の漫画家の世界、赤塚不二夫先生たちが、夜な夜な大騒ぎをしていた時代のことを考えると、F先生は「付き合いにくい人」だったのではないかなあ。
 僕も子供の頃、藤子不二雄が、仕事場で机を並べて描いている写真をみて、ふたりの絆に感動したクチなのですが、えびはらさんがアシスタントに入ったときには、すでに、A先生は「ふだんは集中するために別室で仕事をしていた」そうです。
 でも、取材が入ったときには、二人が並んで座って、肩を組んでみせていた。
 子供たちの夢を壊さないために、と。


 藤子不二雄のふたりは仲が悪いわけではなかったのだけれども(本当に仲が悪かったら、あんなに長い間、コンビを組んでいることはできなかったでしょうし)、性格的には正反対だったそうです。
 社交的で遊び歩くのも大好き、スタジオに来る時間もまちまちなA先生と、遅刻したら時計が遅れているんじゃないかとみんなが思うくらい、時間に正確だったF先生。
 『ドラえもん』は、連載当初はあまり評判にならず、単行本6巻の「さようなら、ドラえもん」で、本当に「終わり」の予定だったのが、コミックスがあまりにも売れたため、ドラえもんが「帰ってきた」。
 一度終わらせた作品を再開することをF先生はやや渋っておられたようなのですが、ちょうど放映されていた『帰ってきたウルトラマン』を観たのがきっかけで、『ドラえもん』も帰ってくることになったのです。


 そうか、『ウルトラマン』だったのか……
 それがなければ、『STAND BY ME ドラえもん』でもクライマックスになった、あの「帰ってきたドラえもん」は描かれることがなかったのだよなあ。
 ボロボロになりながら、「このままだと安心してドラえもんが帰れないんだ」とジャイアンに立ち向かっていったのび太の姿に、僕も当時、涙しました。


 ベストセラーとなった『ドラえもん百科』は、チーフアシスタントの片倉陽二さんが「F先生の了承のもと、勝手に描いた」もので、後に、F先生のほうがドラえもんの「設定」を片倉さんに聞いていた、なんて話もあります。
 僕も持ってました、『ドラえもん百科』。
 あの頃の『コロコロコミック』は、藤子不二雄先生のマンガが詰まっていて、本当に楽しかった。


 藤子不二雄ファンにとっては、本当に「たまらない一冊」だと思います。
 F先生は素晴らしいマンガ家だったけれど、どうしようもないくらい不器用な人でもあった。
 そんな先生を理解し、支えてきた人たちがいればこその藤子不二雄、だったのだなあ、と。


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