琥珀色の戯言

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【読書感想】勝負論 ☆☆☆☆


勝負論 (新潮新書)

勝負論 (新潮新書)


Kindle版もあります。

勝負論(新潮新書)

勝負論(新潮新書)

内容(「BOOK」データベースより)
五十年闘ってきたプロ中のプロが、負けない術、「自分本位に考える」法、良い流れのつかみ方などを惜し気もなく明かす。一流と二流の差は?稼げる条件は?スランプから立ち直るには?真のライバルとは?競争心、闘争心、挑戦心、好奇心を原動力に今も挑戦を止めない「世界のアオキ」が語り尽くした勝負の核心。


 プロゴルファー・青木功さんが2014年に『週刊新潮』に連載されていた「おれのゴルフ」を一冊にまとめたものです。
 青木功さんは、現在73歳。膝の手術によるブランクから復帰され、いまも現役のプロゴルファーとしてシニアツアーで戦っておられます。
 青木さんが賞金王を獲得したり、ハワイアンオープンで優勝したりしていた時代、僕はけっこう日曜日の夕方にゴルフ中継を観ていたんですよね。
 当時はテレビゲームもレンタルビデオもない時代で、その時間にやっているテレビ番組のなかで、いちばん面白かったのが、ゴルフ中継だったから。
 のちに自分でクラブを握ってみて、あまりの難しさに驚いてしまったのですが(ベタですけど「止まっているボールを、なぜまともに打てないんだ……って思うんですよ)、当時は、青木さんや尾崎将司中島常幸選手などがしのぎを削っていたのです。
 そのなかでも、なぜか僕は青木功選手を贔屓にしていました。
 あの飄々とした、人を食ったような雰囲気と、それでいて勝負には妥協しない姿勢が好きで。
 関東出身で結婚してから九州にやってきた僕の母親が、青木さんのざっくばらんな喋りを聞くたびに、「ああ、なんだかこの人が喋るのを聞いていると、故郷にいるみたい」と喜んでいたのが影響しているのかもしれません。


 この新書のなかで、青木さんは、これまでのプロゴルファーとしての人生や、自分のゴルフに対しての姿勢について振り返っておられます。
 そして、まだまだ好きなゴルフを続けていきたい、ということも。


 好きなゴルフをやって生活していけて羨ましいな、と思いがちなのですが、プロゴルファーというのも、そんなにラクな稼業ではないのです。

 晴れてプロテストに合格してもすぐにトーナメントに出場できるわけではない。日本には約5000人のプロゴルファーがいるのだけれど、試合に参加するには更にツアーを管理するJGTO(日本プロゴルフツアー機構)の予選を勝ち上がる必要がある。その中でツアーに参戦できる選手は200人にも満たないというから、本当に狭き門なのである。
 何とかツアーへ出場できるようになっても、トーナメントの賞金だけで生活していける選手はごく僅か。そりゃあ、優勝すれば数千万円もの大金がドカッと入ってくるが、それは百数十人の中の1人だけ。予選落ちすれば賞金はゼロ。交通費はもちろん、宿泊代、キャディ費などの経費を支払うと大赤字になる。
 それだけじゃない。賞金ランキング60位以内のシード選手でも、経費や税金などを差し引くと年収は400万円ぐらい。
 一部の選手を除いて稼ぎの安定しない現実を考えると、華やかに映るプロの世界は、とても「毎日ゴルフできて楽しい」とは言っていられないのだ。

 しばらく前に、石川遼選手の年間数億円という収入が話題になっていましたが、プロゴルファーの中で、そんなに稼げる人は、ごくひとにぎりなのです。
 これを読んでいて驚いたのは、プロゴルファーの中でも、プロ野球であれば一軍クラスであろうシード選手になっても、年収は400万円ぐらいということでした。
 野球やサッカーのプロ選手に比べれば、選手寿命は長めだし、レッスンプロといった仕事もあるとはいえ、ほんとうに「ごく一部の超高収入者と、それ以外」の世界なんですね。
 「賞金ランキング60位くらいの選手の名前を言ってみて」と問われても、たしかに、ひとりも思い浮かばないのだけど……


 青木選手は、「ゴルフとの出会い」を、こんなふうに振り返っています。

 思い返すと、おれがゴルフという存在を知ったのは中学校1年生の夏休みのことだった。千葉県我孫子市の家の近くにあった『我孫子ゴルフ倶楽部』で、キャディやボール拾いをすれば金がもらえると聞いて通いだしたのだ。ゴルフそのものに興味を持ったわけではないし、何か特別に買いたい物があったわけでもない。ただ、その小遣いでお腹を満たしたいだけだった。
 その頃はまだゴルフをやったことがないから、見ていて「あんな小さなボールを打って楽しいんだろうか」なんて不思議に思っていた。そんなある日のことだ。キャディに付いたお客さんがあまりにもチョロを連発するので、堪え切れずに目の前で「クスッ」と笑ってしまった。すると、そのお客さんがラウンド後におれを練習場へ連れて行き、クラブを差し出して「ボールを打ってみろ」と言う。
 おれは小学生から野球をやっていたので、止まっているボールなんて簡単に打てると思っていたら、なんと、尻もち寸前の大空振りをした。その後も「おかしいな」と首を傾げて何度もトライしたが、1発もまともに当たらない。それで今後はそのお客さんに笑われてしまった。
 それがもう、あまりに悔しくてね。以来、「ちゃんと飛ばせるまでやってやる」と、ゴルフにのめり込んだわけ。考えてみれば、あのお客さんに出会わなければ、おれはゴルフをしていなかったかもしれない。

 このお客さんは、中学生に笑われて、ちょっとムカッとしてやらせてみたのだと思います。
 でも、それがきっかけになって、「世界のアオキ」が生まれた。
 人生というのは不思議なもの。
 青木選手は、「最初にうまくいかなかったからこそ、のめり込んでいった」のだよなあ。


 また、この本には、道具へのこだわりなども書かれているんですよね。

 振り返れば、おれは、親父に買ってもらったクラブから現在使っている「テーラーメイド」社のクラブに至るまで、自分で手を加えなかったものは一つもない。ソールを削ったり鉛を貼ってバランスを変えたりと、理想のショットが打てるまでとことんいじってきた。
 自宅にも工房がある。そこにはそれまで使ってきたクラブを始め、スパイクやボールなどゴルフに関わる全ての道具が保管してあって、同時にシャフトやグリップの交換など、クラブを調整するための機材も置いてある。どういうわけか、自宅にいるとおれは調整や修理をする必要がなくても、何となく工房へ入ってしまう。それだけクラブを触っていたいんだろうね。

 このあと、青木さんは「最近の若いプロゴルファーが、何でもかんでもメーカーのクラフトマンに任せっきりで、自分でクラブ調整はしないらしい」ことに苦言を呈しています。
 なんだかもう、『プロゴルファー猿』みたいだなあ、と。


 青木選手は、とにかくゴルフが好きで、「すべてをゴルフのために」と考えているのです。
 ツアー中に着るものも、奥様があらかじめコーディネートして「1日目はこれとこれ」などと、決めてくれているのだとか。
 

 巻末に、笑福亭鶴瓶さんとの対談が載っているのですが、その中に、こんなやりとりがあります。

鶴瓶僕も覚えてますよ。一緒にゴルフした時のこととか。世界の青木功は、素人の僕相手でも絶対に手を抜かなかったですね。7〜8年前に一緒にラウンドした時、最後のホールだけは勝てたって思ったのに、素人の夢をブチッと……。


青木:何で手を抜くのよ。


鶴瓶手を抜くっていうか、ちょっとぐらい緩めてもええやないですか。


青木:抜かん、抜かん。


鶴瓶そういえば「遊びの時の方が大事なんだ」と言うてましたね。


青木:一度でも手抜いたら、勝負した時にも抜くって。おれはアマチュアの人と一緒の時も、ツアーの試合をやってる感覚なんだよ。


鶴瓶試合のつもりやと。


青木:そう。常にそういう意識でやらないと、試合の時に「まあ、いいか」ってなっちゃう。


 こういうときに「花を持たせてあげる」のが良いのか、「プロの凄さを見せつける」べきなのか。
 青木さんの場合は、「どんな場合でも、手を抜かない習慣をつける」というのを重視していて、相手がアマチュアとかプロとかは関係ない、という感じみたいです。
 でも、これはこれで、鶴瓶さんも、「青木さんらしいな」と嬉しかったのではないかと。


 ゴルフ好き、青木功好き、そして、海外で仕事をすることを考えている人にも、おすすめしたい新書です。
 好きなことをやって生きている人って、なんでこんなに魅力的なのだろう。

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