琥珀色の戯言

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【読書感想】エディー・ジョーンズとの対話 ☆☆☆☆



Kindle版もあります。

内容紹介
ラグビー弱小国・日本は、なぜ世界と戦えるようになったのか――。


「プロのコーチングはビジネス」と言い切り、「コーチングはアート」とも語るジョーンズ氏。
これまでW杯でオーストラリア代表を準優勝、南アフリカ代表を優勝に導いた知将は、
すでに日本の強みと弱みを見極めて、チームにすぐに変化をもたらしている。W杯ではジャパンをいかに勝利へと導くのか。
ラグビーだけではなく、欧州のプロサッカーリーグ、NBAバスケットボール、NFLアメリカンフットボールなどのプロスポーツコーチングを研究し、心理学、統計学などジャンルを超えてあらゆる知識を貪欲に採り入れ、「コーチングでいちばん重要なのは、選手に自信を持たせることだ」と語るジョーンズ氏の「勝つための哲学」を10時間以上にも及ぶインタビューから明らかにする。
ラグビー/スポーツのジャンルにとどまらず、「弱小組織が世界で戦って勝つため」に必要な思考法を経営者やビジネスマンなどにも幅広く伝える。巻末の「エディー・ジョーンズが選ぶ、指導者なら読んでおきたい15冊」も、ビジネスマンには非常に参考になる。


 この本の巻末に、こんな言葉が紹介されています。

「驚かせるんだ、歴史を変えるんだ。日本代表が世界の舞台で結果を残せば、日本の文化は変わる」――エディ・ジョーンズ

 ラグビーのワールドカップで、世界ランキング13位の日本が、世界ランク3位で、ワールドカップ優勝経験もある南アフリカ共和国を大接戦の末にくだした試合は、世界を本当に驚かせたようです。
 僕はラグビーに関しては、お正月にやっているのをなんとなく観ていることがある、という程度で、あまり興味がありませんでした。
 「マッチョの中のマッチョがやるスポーツ」という印象で、自分でやった経験もなく。


 あの南アフリカ戦での勝利で、「日本のラグビーに対する注目度」は格段に高まりました。それは「海外の人々がみんな驚愕し、称賛している」という「外圧」みたいなものが要因なのだとしても。
 少なくとも、あの「結果」がなければ、僕も、この本を読んで、エディ・ジョーンズさんの話を聞いてみよう、なんて思わなかった。
 なんのかんの言っても「あの人が言うことなら、聞いてみよう」というのはあるんですよね。


 選手たちの「1か月間で3か月分の練習をした」という言葉が伝えられ、「ハードワーク系、精神論好き」のコーチなのかと思いきや、この本のなかで持論を語っているエディー・ジョーンズさんは、「コーチングはアート」だと言い切り、サッカーや日本の野球からも参考になる部分はとりいれる「柔軟な発想の知将」なのです。
 厳しい練習は「練習のための練習」ではなく、「それが日本代表が世界に挑戦するための最良の手段」だということなのです。

 今回の対話のなかで、もっとも鮮烈な印象を受けたのは、「コーチングはアートなんです」と、エディーさんが再三再四、口にしたことだった。
 英語圏ではヘッドコーチの手腕を評価するとき、しばしば使われることがある言葉だ。
 日本ではスポーツと芸能はなかなか結びつきにくい。むしろ、対極にあるものとして捉えられかねない。私たちがアートと聞いて、まず思い浮かべるのは絵画や音楽といったものだろう。しかし、エディーさんはコーチングという抽象的な概念のなかにこそ「アート」が潜んでいるという。
「試合に向けて練習計画を練るのはコーチの仕事です。では、練習をどうやって計画していくのか? そのベースになるのはサイエンスで、科学的なデータなどをもとに具体的なメニューを作っていきます。たとえば、1週間にどれくらい練習した方がいいのか、そうした計画は科学的な裏付けに基づいていなければなりません。ただし、ラグビーのような団体競技の場合、同じプログラムを選手全員に渡したとしても、そのメニューに対して期待通りの反応をする選手と、そうでない選手が出てくる。ひょっとしたら、何らかの理由でまったく反応しない選手が出てくるかもしれない。では、どうするのか?」
 そこにコーチとして工夫するべき課題があるという。
「選手一人ひとりにとって、何が必要なのか、それを見極めるのがコーチングにおける『アート』なんです。選手個々の能力を引き出すためには、どのようなコミュニケーションを取るべきなのか。それこそ数限りないケースが考えられるわけです。その見極めにこそ『アート』が生まれる余地があります」
 ラグビーの日本代表チームの場合、ワールドカップに向けての第三次候補選手には39人が選ばれた。すべての選手を観察していくのは並大抵のことではない。
「やらなければいけません。それがコーチの仕事なのです。観察をしなければ、選手から最大限のパフォーマンスを引き出すことは不可能です」


 39人の選手に対して、それぞれの個性を見極めながら、適切な指示を出し、チームを作り上げていく。
 この本のなかで、エディーさんはその具体的なやり方についても語っておられるのですが、読んでいると、そこまでひとりひとりの選手を観察しなければならないのか……と圧倒されてしまいます。
 

 そしてエディーさんは、思いつくままにアートの実例を挙げていった。
 日本代表では試合中にグラウンドに寝ている時間を減らし、15人全員が立ってディフェンスすることをエディーさんは要求している。練習では寝ている時間までもが数値化され、翌日の練習で最も数値の悪かった選手はピンクのビブスを着て練習させられる。自覚を促すための一種のペナルティだ。では、一日の練習が終わったとき、そうした下位の選手たちの「感情」にどのように向き合うのが理想的なのか。
「無数の向き合い方があります。選手、いや、人間というのは千差万別ですよね。まず、どんなタイプの性格なのか見極める必要があります。試合に向けて準備をしていく一週間のうち、週の前半はコミュニケーションをたくさん取りたいけれど、試合が近づいてきたら、あまりコーチとは話したくない選手もいる。その反対の選手もいます。それを面倒だと思いますか? 私はそうは思いません。面白いと思います。その見極めこそが、まさに『アート』なんです」
 なんのことはない、アートは日常に潜んでいるのだ。


 こういうのって、「コーチとコミュニケーションを取りたがる選手」と「それを嫌う選手」の2つくらいには分類しそうなものですよね。
 でも、それではまだ足りない。
 その選手の個性だけでなく、試合が近い、という状況の変化も踏まえて、対応を決めていくのです。
 なんてめんどくさい仕事なんだ……

 
 選手のフィジカル面はもちろん、メンタルについても、うまくコントロールし、力を発揮させるのが、コーチの仕事なのです。

「怒るときには、勇気が必要です。もちろん、逆効果になる場合もありますから。私はチームの流れ、雰囲気を敏感に察知することが大切だと思います。チーム全体が落ち込んでいるときには、ソフトなアプローチをかけた方がいいでしょう。私が怒りをぶつけても、それに反発するだけの力がないこともあるからです。怒るのは選手たちにまだパワーが残されているときでなければいけません。あと、いつも怒っていては、効果はなくなってしまう。怒られることに慣れて、選手の感覚が麻痺するだけです。感情的になる場合は、タイミングを見極めなければなりません。これも、まさにアートの領域です」


「感情的になるべきタイミングを見極めて」表出される怒りは、「感情的」だと言えるのだろうか? 
 それはもう、「計算のうち」のようにも感じます。
 優秀なコーチは、その効果を計算しながら、「怒る」のです。
 

 また、現場での仕事だけではなく、誰を代表に入れるのか、というマネージメントについても、エディーさんは語っています。
 チーム作りの際に「年齢構成のサイクル」を重視し、平均年齢は28歳程度で、ベテランと若手もある程度はメンバーに入れておくべきだ、と。
 それは、過去のトップリーグの優勝チームの平均年齢を調べて得た知見であり、どんなチームにも世代交代の時期がみられるので、ワールドカップのような大きな大会に、チームの力のピークを持って行くことが重要なのだそうです。
 そして、次世代へのスムースな移行のためにも、若手に経験を積ませることは必要なのだ、と。
 エディーさんは、「いまの代表を勝たせる」ことをミッションにしながら、「これからの日本代表の基盤をつくる」ことも意識しているのです。


 この本には、エディーさんによる、他のスポーツのチームや指導者についての話がけっこうたくさん出てくるのです。
 そのなかで、エディーさんが「日本の素晴らしいマネジャー」として挙げていたのが、巨人の原辰徳監督でした。

 エディーさんは2013年に原監督と会って、マネージメントやコーチングについて語り合ったことがある。そこで、なによりも印象深かったのは、原監督のマネージメント・スキルだった。
「球場で指導の現場も拝見したのですが、それぞれの選手が何を必要としているのかを、しっかりと見極めて適切な話し方をしていました。ジャパンの合宿にも来てもらい、スピーチをしてもらいましたが、内容、話し方ともに素晴らしかったですね」
 原監督が第2回ワールド・ベースボール・クラシックの監督を務めたときのエピソードも忘れられないという。
「代表選手を選考する際に、レギュラーの選手からではなくて、出場する機会は限られるかもしれないけれど、どんな状況になってもハードワークしてくれる選手をまず選んだ、と。そうすればチームは機能すると原監督は見抜いていたんです。これこそが、『アート』です」
 野球の監督の場合、アートの要素が多いというのがエディーさんの見立てだ。90%はアート、残り10%がサイエンス。


 読めば読むほど、「コーチング」の奥深さが伝わってくる、そんな対話になっています。
 そして、これを読むと、日本代表が、南アフリカ共和国代表に勝ったのが「まぐれ」ではなかったということもよくわかります。
 日本代表は「勝てる」と信じていた。
 そして、それを心の底から信じることができたのは、エディー・ジョーンズの「コーチングの力」だった。
 日本代表は、ワールドカップ2戦めで、スコットランド代表に大敗してしまったのですが、その試合のあとの代表選手たちは、試合に負けたにもかかわらず、落ち込むことはなく、次の試合を見据えて、前向きなコメントをしていました。
 「負けたんだから、反省しろ!」というのが日本的な「敗戦に対する処世」だったはずなのに、今回の日本代表は、違っていた。
 こういうのが、「強いチーム」なのだろうな、と試合に負けたにもかかわらず、僕は感心してしまいました。


 コーチング、というか、「他者やチームを率いる、まとめる人」は、読んでみて損はしないと思います。
 今なら、「あのエディー・ジョーンズの本」ということで、素直に読めるのも事実ですから。

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