琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

【読書感想】アウシュヴィッツを志願した男 ☆☆☆☆



Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
ヒトラーに戦いを挑み、スターリンに反旗を翻し、最期は祖国に命を奪われる。「死の淵」へ948日間潜入し、かつ脱走を果たした兵士が見た、『夜と霧』も描けなかった殺戮の真実。絶滅収容所解放から70年。歴史から40年抹殺された男の生涯。


 こんな人がいたのか……
 ポーランドがドイツに占領された後、抵抗運動を行っていたポーランド亡命政権の騎兵士官ヴィトルト・ピレツキ。
 勇気と行動力があり、家族思い、そして、ポーランドを愛していたこの男は、ユダヤ人だけでなく、ポーランド人も多数収容されていたナチスの収容所の実態を探り、仲間を助けるために、自ら捕らえられ、アウシュヴィッツ収容所に入るのです。

 このアウシュヴィッツ収容所(第一)に、1940年9月21日、自ら志願して潜入し、あげくに948日後(1943年4月27日)に脱走するという、収容所はじまって以来の荒技をやってのけた男がいたことは、日本はもちろんポーランド国内でも全くと言っていいほど知られてこなかった。この男、生粋のポーランド人であるヴィトルト・ピレツキの存在が、ポーランドおよびヨーロッパ、アメリカで知られるようになったのは21世紀に入ってからのことである。彼は、ポーランドナチスの手に落ちたあと、国家としての正当性を維持するためロンドンに拠点を移したポーランド亡命政府軍の将校であった。

 ピレツキは、947日間の収容所生活を送り、そこでたくさんの仲間や収容者たちの死を見ながらも、収容所内の同調者を組織し、この収容所で行われていることを世界に発信しようとしたのです。
 ただ、彼がアウシュビッツを「告発」しても、連合軍はなかなかアウシュヴィッツに手をつけられず、空爆の依頼も「収容者の命にかかわるから」ということで、実行されませんでした。
 1943年に、収容所を「脱出」したピレツキは、その後も1944年のワルシャワ蜂起でナチスに戦いを挑み、一度は敗れました。
 しかし、多くの犠牲を払った末にナチスは敗北し、ヨーロッパ戦線は終結したのです。

 公表されているアウシュヴィッツでの110万もの死者数の9割がユダヤ人であり、戦後出版された同収容所に関する著書のほとんどが、ユダヤ人収容者によって書かれた記録や証言であったことは、アウシュヴィッツの犠牲者=ユダヤ人というイメージを大きく固着させてしまったのである。
 これに対しピレツキの『報告』は、アウシュヴィッツの内情に関わる従来の常識を大きく覆すものである。彼の筆により、収容所の内部がこれまで世界に明らかにされている以上にさまざまな相貌を併せ持っていたことが分かる。たとえば、収容所内では家族からの送金も認められ、その額は月30マルクか、二度に分けて15マルクずつが収容者の手に渡っていた(後には月40マルクになった)ことや、収容所内には売店があり、タバコ、サッカリン、マスタード、ピクルスなどを買うことができたこと、また収容者家族からの小包は、衣料については当初から認められ、食料小包も1942年のクリスマス以降は解禁されたことなど、日常生活の実際が詳細に報告されている。収容所内部のこのような一面は、アウシュヴィッツ訪問が20回になる私にとってもまた、初めて知る衝撃的な事実であった。しかし事実は史実として、世界に知らせておかなければならないのだ。

 この本には、「ピレツキからみた、アウシュヴィッツの日常」が描かれています。
 看守たちの気まぐれで、いつ処刑されるか、ガス室に送られるかわからない、そんな悲惨な状況であったことは間違いないのですが、この本を読んでいると、アウシュヴィッツという非日常の世界のなかにも、「日常的なもの」が存在していたことがわかります。
 だからといって、ナチスがやったことが許されるわけではないのだけれど。


 アウシュヴィッツを生き延び、ナチスとの戦いにも勝利したピレツキを「殺した」のは、彼が愛してやまなかった祖国、ポーランド政府でした。
 「全体主義という点では、ヒトラースターリンも変わりない」と見抜いていたピレツキは、第2次大戦後、ポーランドに食指を伸ばしてきたソ連と、ソ連ポーランドにつくった親ソ政権に膝を屈しませんでした。
 それは、祖国を思うがゆえの行為であり、その後の歴史を考えると、彼の懸念は的中していたのです。
 でも、当時のポーランド政府は、「ソ連の監視下で社会主義政策をとること」に反抗する人たちへの見せしめのため、ピレツキを「祖国の情報を他国に売り渡したスパイ」として裁きました。

 第一回目の公判が終わったとき、マリアは初めて夫との接見が短時間許された。鉄格子の向こうにいる夫は、別人のように変わりやつれ果てていた。ゾフィア(ピレツキの娘)はその時の様子を、母マリアから詳しく聞いている。
「ママは、パパに何かを話そうとしたけれど、パパの姿を見て言葉にならなかったそうよ。パパは、看守に聞こえないように小さな声で、ここでの拷問に比べれば、アウシュヴィッツなど子供の遊びだと、ママにそう呟いたのですって。
 あのアウシュヴィッツよりもひどい目にあわされているなんて! ママは一層悲しくなったの。こぼれ落ちる涙をぬぐいながら、ママはパパの両手を何気なく見たのよ。そしてアッ! と息をのんだ。指という指の爪がない!
 パパは、ママの様子に気づき唇に指をあてたそう。しずかに! とばかりにね。


 祖国ポーランドのために身を粉にしてはたらき、あのアウシュヴィッツから脱出した男は、祖国の政府に「裏切り者」として遇され、拷問され、貶められました。
「不死身」のようにすらみえた彼を殺したのは、彼がずっと守ろうとしていたもの、だったのです。
 ソ連崩壊後、あらためてピレツキは「祖国の英雄」として名誉回復されましたが、それは、彼の刑死後、40年以上経ってからのことでした。

 
 アウシュヴィッツは「人道の罪」だけれど、スターリンの粛清や、広島・長崎への原爆投下は「罪」ではないのか?
 戦争は、多くの罪を生み、それを暴いていくけれど、勝者の側のほうが、隠してしまう罪も少なくない。
 それでも、こうして「歴史」が記録されていくことによって、名誉が回復される人もいる。
 それが、ピレツキにとっての「救い」になるのかどうか、僕にはわからないのだけれども。


 アウシュヴィッツで生き抜いた、彼らのサバイバル術よりも、僕にとっては、「アウシュヴィッツを逃れたあと、彼が辿った理不尽な牢獄への道」のほうが印象に残るノンフィクションでした。
 政府とか政治っていう大きな力は、ときに、自らの都合のために、どんなに貢献した人でも犠牲にすることを厭わない。
 そして、個人がその力に抗うのは、あまりにも難しい。