琥珀色の戯言

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【読書感想】努力とは馬鹿に恵えた夢である ☆☆☆


努力とは馬鹿に恵えた夢である

努力とは馬鹿に恵えた夢である


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努力とは馬鹿に恵えた夢である

努力とは馬鹿に恵えた夢である

内容紹介
落語最後の名人は、名文家でもあった。人生と芸、そして〈東京言葉〉と〈人生の師〉と〈いい女〉等についての遺されたエッセイを集成


 僕は家元(立川談志師匠の自称)の文章が好きだけど、高座は一度も見たことがない、というくらいの「にわかファン」なので、知ったようなことは語りにくいのです。
 でも、こうしてエッセイを読んでいるだけでも、凄い人だったのは伝わってきます。
 ただ、この『努力とは馬鹿に恵えた夢である』は、これまであちこちに書かれた短文や批評などを集めたもので、家元マニアにとっては「どこかで読んだことがある文章」がほとんどなのだそうです。
 僕は初読が多かったのですが、いろんなところから集めてきただけあって、読んでいて、まとまりがないという感じはありました。
 まとまっていたら良い、ってものでもないのでしょうけど。


 この本を読んでいて、すごく印象に残ったのが、2007年の独演会での「伝説の『芝浜』」についての家元本人の言葉と、そのときの家元を見ていた人が書いた文章でした。

 ”暮れ”の独演会の「芝浜」のことにチョイと触れる。照れも遠慮もあるものか、すさまじい芸であった。
 神が(芸術の神か)立川談志を通して語った如くに思えた。最後はもう談志は高座に居なくなった。茫然自失、終わっても観客は動けず、演者も同様立てず、幕を閉めたが、又開けた、また閉めて、また開けた。その間、演者は何も云えなかった。たった一言”一期一会、いい夜を有難う”としか云えなかった。
 聞き手の中のプロ、我が落語立川流顧問の吉川潮も同様であった。楽屋に何の偶然か来ていた談春志らくも同じである。
 終わって感想、感謝の弁さえなかった。打ち上げはいつもの銀座の「美弥」という小さな酒場で、此処でも「芝浜」の話は出なかった。娘がやっているBARには小生のファンも「芝浜」を聴き、その店に参じたが、その話は出なかった、という娘のハナシで、三日、四日、五日たって、初めてどの場で「芝浜」の感想を思い思い語り合っていたそうな。
 こういう文を書くことに人一倍照れるこの私、家元も己れに負け、芸の神に謝し、この文となった。書いて置きたかったのである。


 談志さんの長男が、この本のあとがきを書いておられます(というか(談)なのですが)。
 そのなかに、この「伝説の『芝浜』の夜」のことが出てくるのです。

「一番強く記憶に残っている談志師匠の姿は?」と質問をよく受けるのですが、右のような事情で思い出すまでもなく、「特にないです」と答えています。強いて挙げると、例の07年の「芝浜」の時、私はホールのロビーであれこれ用事をしていて、モニターの音声だけが聞こえていました。新しい演出の「芝浜」であることは事前に知っていましたが、ハッキリ内容までは聞き取れません。けれど終わった時の拍手がいつもと違いました。言葉で説明するのは難しいですが、心から感動したという拍手なのです。「あ、凄い高座を演った」と直感で分かりました。場内から出てきたお客さんたちは顔を紅潮させ、興奮していて、泣いている方もいらっしゃた。ところが楽屋へ行くと、談志は昂揚もしておらず笑顔でもなく、あまり喋ろうともしませんでした。出来には満足しているはずなのに、むしろ「これ以上のものはもうできないだろうな、これで俺も一丁上がりかな、芸の神もこんな処か……」と少し困惑したような姿だったことを、今でも時折思い出します。


 「芸の神に愛された男」が、「頂点」を極めた夜の話。
 談志さんは2011年11月に亡くなられていますから、この2007年の『芝浜』は、まさにその「芸の集大成」だったのでしょう。
 これを読むと、僕もそれを聴きたかった、というのと、僕はそれを聴くに値する客ではなかったのだろうな、というのと、両方の感情がわき上がってきます。
 そして、「人は、本当に凄いものを演じたり、聴いたりすると、こういう反応を示すものなのか」とも。
 本当に凄いものの前では、人は、言葉を失くしてしまう。
 談志さんほどの人ですから、自分の高座の出来もわかっていたでしょうし、自分の年齢なども考えあわせると、「これがピークかな」という感慨もあったようです。
 でも、「自分の頂点を極める」というのは、本人にとっては、すごくせつないことでもあったのでしょうね。
 何歳になっても、「もっと上がある」と思わないと、モチベーションを保つのは難しい。
 とはいえ、職業としては「最高の仕事ができたから、これでやめます」というわけにもいかない。
 談志さんも、このあとの文章で、「それでも落語を続けていくのだ」と仰っておられます。
 僕も含めて、大部分の人生には「頂点らしい頂点」なんてありはしないのですが、もしかしたら、それはそれで幸せなのかもしれないな、なんてことをこれを読みながら考えてしまいました。
 

 巻末に爆笑問題との対談が収録されているのですが、この両者って、けっこう共通するところがあるように、僕には思われます。
 照れながら毒舌をひとつだけ吐けば『炎上』するけれど、堂々とそればっかりやっていれば『芸風』だとみんな認めてしまうのかな、と。
 そもそも、談志さんも爆笑問題も、他者に火をつけられる前に、自分から油をかぶって着火し、火だるまになりながら歩いているようなものですからね。

 最後に一言、芸人己れで文章を書かない奴ァダメである。

 芸人でもゴーストライターを使って本を書くのが珍しくない昨今、耳が痛い人も多いのではなかろうか。

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