琥珀色の戯言

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【読書感想】ある日突然40億円の借金を背負う――それでも人生はなんとかなる。 ☆☆☆☆


ある日突然40億円の借金を背負う――それでも人生はなんとかなる。

ある日突然40億円の借金を背負う――それでも人生はなんとかなる。


Kindle版もあります。

内容紹介
本書は、ビジネスノンフィクションです。著者の湯澤氏は、人も羨むようなエリートサラリーマンだったにもかかわらず、父の急逝により、家業と莫大な借金を受け継ぐことになりました。その額、40億円。継いだ企業は「会社」と呼べないほどの崩壊状態、家にも督促の電話がかかってくる日々でした。やっと調子が上向いたと思えば、店の火事、ベテラン社員の死、食中毒事件と、驚くべき不運が続きます。しかし湯澤氏は、何度倒れても立ち上がるボクサーのようにKO寸前でよみがえり、ついには「80年かかる」といわれた返済を目前に控えるまでにこぎつけました。人生、いつ、何があるかわかりません。今どんなに“のっている”人も、今どれほど追い詰められている人も、湯澤さんの数奇な体験に胸が熱くなり、勇気をもらうことでしょう。机上の空論や飾り言葉ではない、真の「経営論」「人生論」がここにあります。


 ある日突然、40億円の借金を背負わされたら、あなたならどうしますか?
 著者は、キリンビールに勤めるエリートサラリーマンだったのですが、仕事中にお父さんの急死の報を受けて帰郷します。
 最初、「お父さんが倒れた」という連絡を受けたときには、「仕事中で忙しいんだから、そのくらいのことで電話してくるなよ」という対応をしてしまったそうです。
 それは、「人の子としていかがなものか」かもしれませんが、日々忙しく仕事をこなしている人間ならば、「実感がわかない」というか「ちょっと気分が悪くなっただけだろ」みたいに考えて、仕事に戻りたくなるのも、わからなくはないんですよね。
 そのわずか数時間後に、「お父さんの訃報」が届いた。
 著者は、実家に向かうタクシーの中で、ずっと泣き通しだったそうです。


 そして、父親が地元でやっていた飲食店経営の会社の「整理」を手伝っているつもりが、いつのまにか「社長」をつとめることになってしまった。
 それも、本人の積極的な希望というよりは、「あなたがやらなければ、亡くなった社長の奥様(=お母さん)にやっていただきます」と、銀行から逃げ道を塞がれるような形で。

 借金の総額、4,000,000,000円。
 内訳は、メイン金融機関の地元信金から28億円。サブのメガバンクから12億円である。当時の年商は20億だから、その2倍の負債額だ。
 見間違いだと思いたかった。間違いであってほしいという思いで何度も何度も見直した。しかし、何度確認しても40億という額に間違いはなかった。陳腐な表現になってしまうが、頭の中が真っ白になった。
《おいおい、本当か、これ……? どうすんだよ……》
 一般的に「経営において、月商の3ヵ月以上の負債があると危ない」ということは知っていた。だからもしかすると5億円くらいは借金があるかもしれないと覚悟はしていた。
 それが、桁が違うではないか。40億である。
 サラリーマンの私が想像できる「大きなお金」のレベルをはるかに超えていた。決算書に書かれていたあの数字のインパクトは、生涯忘れることはないだろう。


 これを読んで、相続放棄して、あるいは自己破産して逃げてしまえばよかったのに、と思われる方も多いのではないでしょうか。
 僕もそう思ったんですよ。
 著者は「当時は、気軽に倒産できる時代ではなく、『民事再生法』が施行されたのも2000年だった」そして、「こうなったら自分が全部返していくしかない。とにかく自分がやらなきゃいけないんだ」と思いこんでしまった、と述懐されています。
 いまの知識を持って同じ目に遭ったなら、もうちょっとテキパキと会社を整理できたかもしれないけれど、と。

 
 借金が40億あったとはいえ、会社の年商が20億もあったから、なんとか立て直すことができた面はあるのだとしても、いきなりこんな責任を背負わされてはたまらない。著者は、二代目経営者としてトレーニングを受けていたわけではなく、父親の急死に伴って、現場で勉強しながら、会社を再建していくしかなかったのです。


 この本を読んでいると、中小企業、とくに、借金を抱えているような「危ない会社」の悲哀を思い知らされます。
 ローカルな中小企業とはいえ、「社長」なのだから、地元の名士として、夜は繁華街で豪遊!みたいなイメージは、粉々に吹っ飛ばされます。
 借入先のひとつのメガバンクとは、著者が経営を引き継いだ際に、こんなやりとりがありました。

 結局交渉の末、メガバンクも元本の支払いを月に100万円下げてくれることになったが、話はまだ終わらなかった。その一件の処理が最終的にまとまった際、支店の次長が、応接テーブルの向こうからこういったのだ。


「湯澤さん、もう一度、ここで手をついて「お願いします」と、支店長に頭を下げてもらえますか?」


 ドラマでも見ているのかと思った。でも、これは現実だった。


 出た!リアル『半沢直樹』!!
 ……って、本当の話なんですよね、これ……
 お父さんの急死で会社を引き継いだばかりの人に、なんでそんなことをさせるんだろう?
 そもそも、土下座したら、借金返せるようになるのかよ!
 読んでいた僕も腹が立つ場面でした。
 でも、この銀行が、著者にだけ、こんな対応をしたわけではないでしょう。
 こういうのは、「その銀行名も書いてくれればいいのに……」と思うのですが。
 世の中には、自分のほうが職制上「立場が強い」だけでも、こんなに傲慢に振る舞える人がいるのです。
 この支店長、のちにこの銀行のなかで、かなり出世したそうですよ。
 ちなみに、地元の信金は、ずっと親身に対応してくれて「おたくの会社を潰させません」と頑張ってくれたのだとか。
 大きな銀行のほうが安心、みたいなイメージがあったのですが、必ずしも、それが「正解」ではない場合もあるのです。
 この本には、そういう「中小企業として生き残っていくための戦略や作法」も満載です。
 

 それにしても、この本の前半で語られている、著者が社長の引き継いだときの『湯佐和』の状況は、本当にひどいものでした。

 ある店舗を営業時間中に訪問したときのことである。
 1、2階の2フロアで営業している店だったが、中に入ると、ホールにはアルバイトの女性が1人つまらなそうな顔で壁に寄りかかっている。お客様は1組。しかし、調理場には誰もいない。
「なんで?」といぶかしく思いつつ、ホールスタッフに「座っていいの?」と尋ねると、「その辺にお座りください」という。注文を入れたら、2階から板前が面倒くさそうに降りてきて、髪をかき上げながら調理場へ入っていった。
 私に料理を出してしばらくすると、板前がまたいなくなった。そして、注文が入ると2階から現れる。
 一体何をしているのかと思い、席を立って2階に上がって行くと、板前が4人でマージャンをしていた。
 

 4人のうち3人は私の顔を知らなかったが、1人が私に気づいて、慌てて雀卓を片付け勤務に戻っていった。彼らの様子から見て、「いつものこと」であるのは間違いなかった。店舗は崩壊していた。モラルなどというものは存在しなかった。
 別の店では、金曜の21時という飲食店が最も忙しい時間帯に訪ねて行ったところ、店の入口で、「お客さん、すみません! 今日はもう終わりなんです」と入店を断られた。
 営業は24時までのはずである。「おかしいな、なぜ終わりなの?」と問いただすと、バツの悪そうな顔のアルバイトが「板前さんが『疲れた』というので……」と答えた。カッとなって店に入っていくと、板前がカウンターから出て、お客様の横に置いたビールケースを椅子代わりにして一緒に酒を飲んでいた。怒鳴りたかった。


 こんな連中、クビにすればいいのに!雇っている側にも問題があるんじゃないの?
 

 ところが、そこには「中小企業の現実」が立ちはだかるのです。

 この頃の社員と私の関係を考えると、たとえ1日でも給与が遅れれば、それだけで見切りをつけて辞めていく社員が出てしまうからである。
 何名かの社員に一度に辞められればそれだけで店舗運営ができなくなり、資金繰りが行き詰まる。だから、給与が期日に払えなくなったら即終了だ。

 本来、飲食業は現金商売なので、日銭を支払いに充てることができ、資金繰りが逼迫するようなことにはなりにくいはずである。しかしそれさえままにならないほどに、湯佐和は昨日の売上金で今日の支払いをするという究極の自転車操業をしていた。
 そこで困るのが、週末の雨だ。
 天気が悪くなると目に見えて客足が減り、数百万単位で入金が変わってくる。それはすなわち、月曜日に払うお金がなくなることを意味する。払えなければ謝罪に行って、また支払いを延ばしてもらうしかない。
 そんなわけで、週末に雨が降るとなれば頭を抱えて、冗談抜きで気がおかしくなりそうだった。「頼むから降らないでくれ……」と、全身全霊で祈っていた。
 テレビでお天気キャスターが「今週の天気です。金土は強い雨になりそうです」などと話していると、気持ちが落ち込んで画面をまともに見られなくなった。


 悪質な社員たちは、著者が「辞めさせるわけにはいかない」ことをわかっていて、傲慢なふるまいをしてきます。
 一流企業の「経営立て直し」に比べたら、地方の中小企業の再建なんて、たいしたことじゃないだろ、と僕は思っていました。
 でも、お金の面はもちろん、こんな「やる気がなくて、どうしようもない、でも、クビにしたら会社が回らなくなってしまう社員たち」のなかで、「再建」するというのは、すごい「偉業」です。
 具体的に、著者がどのようにして『湯佐和』を立て直していったのか、興味がある方は、ぜひこの本を読んでみていただきたい。
 その一方で、この大きな借金を返すための、著者と頑張った社員たちの働きぶりというのは、外部からは「ブラック企業」にみえるのではなかろうか、とも思うんですよ。
 著者も、「働いている人の幸福を優先したい」と思いつつも、「まず借金を少しでも減らしてしまいたい」という気持ちに抗うことの難しさを告白しています。
 それはそうだろうな、と。

「もし時間を巻き戻せるとしたら、お父さんの会社、継ぎますか?」


 よくこう質問されるが、その答えは、借金無しなら断然YESだ。正直、借金だけはもう勘弁してほしい。でも、借金がないならば、海外を飛び回るような格好いいサラリーマン生活よりも、今の仕事を選ぶ。
 飲食店経営というのは、たとえ場末の店や地域だったとしても、ダイレクトにお客様から必要とされ、自分の存在が社会に少しでも影響を与えているという実感が持てる。もちろん、大企業にいても持てないことはないのだろうが、少なくとも自分は「私個人が社会に貢献している」という実感は持てなかった。
 そのことは、うちの社員にも伝えている。「大企業はいいよなって? それは全然違うよ。自分を卑下することはない。おまえたちは地域に必要な存在なんだ」と。
 なんといっても、居酒屋を経営するようになって私が一番驚いたのは、お客様に感謝されるということの多さだった。お客様が店まで足を運んでくれて、当たり前の事を当たり前に行っているだけで、「ありがとう!」といってくださるのだ。


 もしいまあなたがいま自分の居る場所に「絶望」を感じているのなら、この本を手にとってみてはいかがでしょうか。
 もしかしたら、そのピンチは「転機」なのかもしれません。


 40億円の借金返済の末に(といっても、まだほんの少し残額はあるようですが)、著者が見たものは?
「きれいごとや理想だけではない、中小企業の現実」と、「それでも地方の中小企業が必要な理由」が著者の実体験を通じてみえてくる本でした。

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