琥珀色の戯言

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【読書感想】古田式・ワンランク上のプロ野球観戦術 ☆☆☆



Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
球界一の頭脳派・古田敦也が、自身の経験を元に、野球観戦のレベルが格段に上がる「コツ」を、松井秀喜イチローダルビッシュ有田中将大ら一流選手のプレーを例に挙げつつ伝授する。これを読めば、試合を見る「目」が、確実に変わる!


 「ID野球」の申し子で、ヤクルトの黄金時代を築いた、古田敦也さん。
 この新書は、その古田さんが、自身の経験も交えつつ、「勝った負けた、打った打たれた、だけではない、駆け引きやチームプレーという観点からみたプロ野球観戦法」を紹介したものです。
 師匠である野村克也監督の話が最後にちょっと出てくるのは、「古田は年賀状もよこさない」とボヤいている師匠への「配慮」ではないかと思われますが、何かと「人生観」みたいな話になりがちな野村克也さんに比べて、「スポーツとしての野球の話」に終始しているのは、清々しくもあり、やや物足りない感じでもあり。

 例えば、あるバッターが変化球に2回空振りして簡単に追い込まれ、次のストレートを見逃してあっさり三振してしまったとします。多くのファンの皆さんは、このバッターを変化球もストレートも打てないただただ駄目なバッターだと嘆かれると思います。
 しかし結果は三球三振であったにせよ、そこには深い心理戦が働いている場合が多いのです。
 なぜ簡単に追い込まれたのか、なぜストレートに手が出なかったのか、一つひとつに理由があります。「これさえ知っておくと、野球観戦がもっと面白くなる」と感じる知識をこの本では伝授したいと考えています。


 古田さんは、DeNA三浦大輔投手の「ファウルを打たせる技術」について、こう述べています。

 カットボールというホールは本場アメリカではカットファスとボール、通称カッターなどとも呼びますが、球速は通常のファストボールより少し落ちます。彼(三浦大輔投手)の場合、140キロ台のストレートに対し、カットボールは130キロ台です。左バッターに対してはスライダーよりは曲がりは少なく、ボール1個か、2個分中に入ってくるイメージのボールです。このボールを早いカウントから左バッターの強打者のインコースに投げ込んでいます。
 超積極的なバッターならば、インコースの甘いところに来るボールなので思わず手が出ますが、これが微妙にインサイドに食い込んでくると、バッターはアジャストしてバットに当てにいかなければならない。その結果、バットの芯に当たると確実にファウルになります。
 よく三浦と対戦する左バッターが、一塁線、あるいはライトスタンドに強烈な当たりのファウルボールを打つのを目にします。
 これは、ボール1個分、インサイドに入ってくるので、芯に当てるには投手寄りでさばかなければならなくなり、バッターがボールを思い切り引っ張ってしまうから起きるのです。三浦が得意とするこのボールは、なんとかバッターがフェアゾーンに落とそうとしても、バットの芯には当たらず、俗にいう「詰まった打球」になって打ち取られてしまいます。
 このことを頭に入れれば三浦が左バッターを相手に強烈なファウルを打たれている場面も観方が変わります。「危ない」と思うか、「さすが」と思うか。そこにワンランク上の野球の観方をしているかどうかが出ます。


 観戦していると、ファウルであろうが、いい当たりをされると、タイミング合ってるんじゃないかな、このピッチャー、だいじょうぶかな……と不安になりがちなものですが、あれは「いい当たりのファウルを、あえて打たせてカウントを稼いでいる」のです。
 まあ、そう思っていたら、甘く入って打たれることもありますし、カウントを稼ぐのは巧くても、「決め球」がないばっかりに、追い込みながらも打たれたり、四球を出したりしてしまうピッチャーも少なくないんですけどね。
 良いピッチャーというのは、うまくカウントを稼いで、勝負所で、いちばん良い球を投げられる。
 

 また、落合博満さんの現役時代の主審とのつきあいかたの話も紹介されています。

 とかく、多くのベテラン選手は自分より年齢が下のアンパイヤにややボール気味の球をストライクと言われてしまうと、態度に出ます。もちろんアンパイヤには敬意を表しているのですが、自分正しいと思うと、顔に露骨に不満を表したり、高圧的に「今のは低いだろう!」などと声に出したりしています。
 落合さんはそういところを一切見せませんでした。ご本人もややボールと思ったものを仮にストライクと言われても、落合さんはゆっくり振り返ってそのアンパイヤに向かって、いたってやさしい口調で、
「ちょっと広めに取っているように思えるんだが、今日はあそこまで取っているんだよな?」
 と確認をします。
 決して良い、悪いは言いません。あくまでも「わかっているよ」という確認作業。
 ところがこういうことを続けると何が起きるかというと、アンパイヤたちの間には「やはり落合さんは際どいところがすごくよく見えている」というイメージが定着するのです。誤解のないように言いますが、実際に落合さんの選球眼は良いです。しかしこの高圧的ではない、ある種威厳ある確認作業を繰り返すことで、ただでさえ良い選球眼がより良いような印象がアンパイヤの方々に植えつけられるのです。
 こうしているうちに、落合さんが狙い球を外して甘い球を見逃してしまっても、アンパイヤが「ボール」と言うようになりました。


 「抗議」すると、相手の心証を悪くしてしまうし、それで判定が覆ることは、まずありえない。
 ところが、落合さんは「確認」するだけで、アンパイヤ自身のほうが「落合さんが見逃したのなら、ボールなんだろうな」と思うように仕向けてしまった。
 「仕向けた」なんていうのは言葉が悪いですが、落合さんは、たぶん、意図的に疑問のある判定に対して、こういう対応をしているのではないかと思われます。
 長い目でみれば、それがいちばん「有効」だから、と。
 こういう「人の動かしかた」もあるのだなあ、と僕は感心するばかりでした。


 あと、新庄剛志選手の守備の話も。

 私が現役の時で言うと、新庄剛志がその「できる」外野手(センター)の代表格でした。
 彼は、あの派手というか破天荒なイメージが先行していて、守備など我関せずに違いない、などと思われがちな選手だったかもしれませんが、バッター心理に基づいて細かく守備位置を変えていました。守備位置を前にする、右に動くなど単純に変化させることもそうですが、彼の場合、ピッチャーとバッターの組み合わせによって打球の飛ぶ方向が変わる、そんなことも理解した上での動きをしていました。
 ちなみに、私の打席のときも、2ストライクになると、左中間後方から右中間前寄りに大幅に動いていました。距離にして10メートル以上の大移動になるのですが、それを見て「新庄、嫌な動きをするなあ」と思った記憶が度々あります。

 新庄選手は打撃だけでなく、守備にも定評があったのですが、センスというか、野生の勘みたいなもので野球をしている、というイメージがあったんですよね。
 でも、そうじゃなかった。
 データに基づいての動きかどうかは、これを読んだだけではわからないのですが、相手をしっかり観察して、状況判断をしていたのだなあ、と。
 古田選手が「嫌な動き」だと感じていたということは、実際にもその守備位置の変更は有効だったはず。
 

 率直なところ、せっかくの古田さんの本なのだから、もうちょっと深く掘り下げてほしいというか、バッテリーとバッターの心理的な駆け引きなんかについても、「古田さんにしかできない話」を訊きたかった、というのはあるんですよ。
 この新書に関しては、「ありがちな、ちょっと深めの野球観戦入門書」であり、古田さんならでは、の記述が少ないような気がするので。
 でもまあ、タイトル通り、「ワンランク上」くらいの、「少し野球通になったような感じがする本」ではありますね。