琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】脱出老人 ☆☆☆☆


内容紹介
日本脱出した高齢者達の衝撃ルポルタージュ


一年中温暖、物価は日本の3~5分の1、やさしく明るい国民性、原発ゼロ、年の差婚当たり前。日本で寂しく貧しく苦しい老後を過ごすなら、いっそのことフィリピンで幸せな老後を送りたいーーしかし、そう現実は甘くない。
恋人候補200人のナンパおじさん、19歳の妻と1歳の息子と、スラムで芋の葉を食べて暮らす元大手企業サラリーマン、東日本大震災を機に、東北から原発ゼロのフィリピンに移住した夫婦。ゴミ屋敷暮らしだった母親をセブ島に住まわせる娘、24歳年下妻とゴルフ三昧の元警察官。90歳の認知症の母親をフィリピン人メイドと介護する夫婦、「美しい島」で孤立死を選んだ元高校英語女性教師……。さまざまな「脱出老人」のジェットコースター人生を、マニラ在住、開高健ノンフィクション賞受賞作家が、フィリピン&日本で3年間にわたり徹底取材した衝撃のノンフィクション。

 現在の日本の高齢者の現状を考えると、「老後は物価が安くて気候の良い国で、好きなゴルフをやったり、釣りをしたりして過ごしたい。フィリピンでは、高齢者男性でも、若い女の子とつき合えるらしいし……」なんて考える人がいるのも、わからなくはないんですよね。


参考リンク:【読書感想】老後破産:長寿という悪夢(琥珀色の戯言)


 しかし、「良いことばかりではない」のも現実なのです。
 この本を読むと、「フィリピン人の若い女性とフィリピンパブで知り合って結婚し、フィリピンに移住しようとしたものの、さんざんお金をむしり取られて捨てられた高齢者男性の話」も、たくさんあるのです。
 その一方で、「幸せに暮らしている高齢男性と若いフィリピン女性の夫婦」もいる。
 まさに「人それぞれ」だとしか、言いようがない。
 この本を読むと、「海外移住に向いている人、不向きな人」が、少しわかってくるような気はします。
 日本でうまくやれない人の大部分は、フィリピンに行ったら、さらにコミュニケーションに困ってしまう。
 日本で「バイタリティがありすぎてウザがられるような人」のほうが、人間関係が濃いフィリピン向きのようです。

 そんなセブ島で2014年のある日のこと。
 ずんぐりした体〓に黄色いTシャツを着た中沢久樹さん(65歳)が、自宅の二階から階段を駆け下りてくると、私の目の前のテーブルに紙を一枚ずつ並べ始めた。
 A4サイズよりやや長めの紙が全部で9枚。その一行一行にびっしり、アルファベットで名簿が書き込まれている。ざっと200人はいるだろう。
「妻がいる前では見せられないんですけど、これまでに紹介してもらったフィリピン人女性たちのリストです。名前と年齢と携帯番号と寸評と」
 寸評の箇所には「日本語OK」「アイドル顔」「ファストフード店で食事」「テレサ・テンに似ている」「二度と会いたくない」などこれまで会った女性たちの印象や特徴、あるいはデートの場所がボールペン字で丁寧に綴られている。
「コメントを書いておかないと忘れるんですよ。下手な字で書いてありますけど、ハッハッハッハ」
 中澤さんはそう言って、日に焼けた顔で豪快に笑った。


 出た、インターナショナルO田斗司夫!
 たしかに、どこにでもいるんですけどね、こういうのを「武勇伝」として語りたがる人って。
 ただ、このくらい(良くいえば)エネルギッシュな人じゃないと、高齢での国際結婚とか、海外移住ってうまくいかないのではないか、とも感じます。
  

 僕は、日本人の高齢男性が、経済格差を利用して、フィリピン人の若い女性を妻にする、という行為に、嫌悪感を抱いていました。
 「恋愛結婚が標準であり、お金で人の価値を決めることは異常なのだ」という、植えつけられた価値観もあります。
 この本のなかで、著者は「若い女性を妻にしたい高齢日本人男性」の側からだけではなく、そういう結婚をしているフィリピン人女性にもキチンと話を聞いているのです。夫にはオフレコで。


 彼女たちの中には、こんな話をしていた人がいました。

 ソファで息子をあやしながらエメリーナさんは言う。
「フィリピン人同士で年が離れた夫婦を私は知らないわ。私も最初は年上の男性と結婚するつもりはなかったの」
 ではなぜ40歳も年上の中澤さんと結婚したのか。そう尋ねると、エメリーナさんは悲嘆に暮れた顔つきになり、「ごめんなさい」と言ってみるみるうちに目に涙を貯めた。
「私の姉と妹四人ともシングルマザーなの。フィリピン人の男に逃げられてね。私は二の舞になりたくなかったから、フィリピン人の夫は欲しくなかった」
 中澤さんには席を外してもらっているので、この場は私と彼女だけである。中澤さんがいると話しにくいのではないかと配慮してのことだ。
「本当は年寄りとは結婚したくなかったけど、今では彼との結婚を良かったと思っている。幸せよ。前に比べて、今は彼を愛している。彼は洗濯や掃除をしてくれるし、これでも助け合って生活しているの」
 エメリーナさんと同じような理由でフィリピン人男性を好まない女性は少なくない。姉妹たちが反面教師になった故の苦肉の策とでもいったところか。そこにどれだけの愛情があるかはともかくとして、中澤さんと出会わなかったら今頃は生活に窮していたかもしれない。それはまるで、嫁不足が深刻化する東北地方へ渡った、フィリピン人の「農村花嫁」を彷彿とさせた。


 もうちょっとちゃんとしてくれよ、フィリピン人の若い男たち……
 って言いたいところだけれど、同じようなことは、日本でも起こっていて、「ひとり親世帯」は経済的に困窮しています。
 そんなフィリピン人の男と結婚するよりは、若くない異国人でも「お金」は持っている日本人高齢者のほうが「マシ」だというのもわかります。
 そして、この「高齢男性側」も、十把一絡げに責めるわけにはいかないよな、と。

 そのまま年を重ね、やがて要介護になり、有料老人ホームに入居できる経済力がなければ「孤立死」という三文字がいよいよ現実味を帯びてくる。こう考えても決して極論ではないだろう。
 では老後を生きていくために必要な活力とは何だろうか。ゴルフや読書、将棋などの趣味に没頭するのもその一つかもしれないが、いくつになってもやはり、異性の存在は生きていく上での刺激剤にならないだろうか。

 若い女性を「欲しい」という高齢男性がいて、夫の必要条件は「若さよりも経済力、甲斐性」だと考えているフィリピン人女性がいる。
 それならば、お互いのニーズを満たすために交際や結婚をするのは「年の差や経済格差があるから、悪いこと」になるのだろうか?
 いやほんと、難しいですよね、こういうのって。

 送金はジーナさんと結婚する直前に始まった。生活費として毎月数万円をジーナさんの家族に仕送りし、これに加えてジーナさんから「緊急事態だからお願い!」と、何度も懇願されることになる。
「母親が乳がんに冒され、医療費が必要なの」
「妹が失恋し、洗剤を飲んで死にそうになっているの」
「銀行に借金をしてしまい、フィリピンの自宅が指し押さえの対象になっているの」
 そう言われる度に吉岡さんは銀行や消費者金融から借金をし、お金を送りつづけた。

 

 こんなのに騙される人がいるのか?と、苦笑してしまうくらいの「手口」なのですが、怪しさに気づかないというよりも、今の関係を続けたいから、あえて「騙されたままにしておく」のです。
 お互いの利害が一致しているのだから、それを「年の差があるから」と一概に否定するわけにもいかないのかな、と。
 無理矢理結婚しているわけでもないですし。
 どうせ死ねば何もなくなってしまうのだから、お金を失っても、生きているうちに快楽を貪っておこう、という人がいるのも理解はできます。


 この本のなかでは、「フィリピンで親の介護をすることに挑戦した人々」の話も出てきます。
 日本で高齢者が入所できる施設には限りがあり、お金もそれなりにかかります。
 それならば、物価も人件費も安いフィリピンに介護施設をつくってしまえば……
 一時期は、その試みがメディアでも採りあげられ、希望者がひっきりなしに見学に来るくらいだったのですが、言葉の問題や文化の違いなどもあって、結局、フィリピンでの日本人介護事業は、注目の割には浸透しませんでした。
 本人は認知症ですぐになんでも忘れてしまうし、数か月に一度くらいしか面会に来ないのであれば、日本国内でもフィリピンでも変わらない、という考えは、合理的だと思います。
 でも、実際はそんなにうまくはいっていない。

 
 これからは、高齢者が「主要輸出品目」に入ってしまうかもしれない国、日本。
 それを一概に否定することもできない時代なのかな、という気がします。
 まだ若年者人口の割合が高く、貧困層が多いフィリピンでは「外国人の介護」も、新しい産業になりうるのです。
 

 2014年末、内閣府が65歳以上の約1500人に聞いた意識調査では、一人暮らしの高齢者の45%が「孤立死を身近に感じている」と答えていたことが明らかになった。一人暮らしの高齢者は現在も増え続けており、その数は600万人と推計されている。
 退職者ビザの促進や退職者への様々なサービスを提供するフィリピン退職庁のアティエンサ長官(当時)は、一人暮らしの寂しい高齢者が多い日本の現状を伝えると、困ったような表情でこう言った。
「だったら、みんな連れてこいよ!」
 彼が発した英単語とその口調から私が感じ取ったニュアンスを日本語に訳すとまさしく「連れてこい!」が適切な表現だ。

 「お互いに助け合うのを当然と考えている」のが、フィリピンの国民性。
 身内にお金を持っている人がいれば、強引に援助してくれるように頼むし、困窮している人がいれば、誰かが手を差し伸べる。
 日本は、額面上はまだフィリピンより豊かな国なのですが、「みんな連れてこいよ!」というフィリピンのポジティブ思考は、なんだかちょっと羨ましくもありますね。
 


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