琥珀色の戯言

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【読書感想】ナグネ――中国朝鮮族の友と日本 ☆☆☆


内容紹介
電車の行先を訊ねられたのがきっかけで親しくなった中国朝鮮族の女性と過ごした16年間。実家の「地下教会」での抑圧された日々、日本で砕かれた夢と現実、植民地支配と戦争に分断された朝鮮族の歴史などを振り返り、東アジアを跨ぎ自立していく一人の女性の姿を描く。中国・韓国への同行取材を加えて描くノンフィクション。


 この新書、「中国のなかの朝鮮族」という民族問題について、もっと俯瞰的に書かれたものだと思い込んでいました。
 ところが、読み始めてみると、最相葉月さんが偶然の出会いから16年間にわたって「後援者」のような形で付き合ってきた朝鮮族の女性との交流を記録したものだったのです。
 なぜ、最相さんは、この女性をサポートすることにしたのだろう?
 もちろん、ノンフィクションを書く人間としての「興味」もあったのでしょうけど、これを読むかぎりでは、もっと純粋に「異国で困窮しながら頑張っている女性を放ってはおけなかった」ように感じられます。
 そして、「自分のほうにずっと『貸し』みたいなものがあるのが落ち着かなかったので、彼女を題材に書くことにした」と仰っています。
 「取材対象にする」ことによって、「自分のほうだけが一方的に良くしてあげている」関係をリセットしたかったのだ、と。


 この新書、なんだか、ものすごくプライベートなことが書かれているように感じられて、僕は読んでいて、ずっと落ち着きませんでした。
 この朝鮮族の女性、具恩恵(グ・ウネ)さんは、中国の朝鮮族の歴史的な背景もあって、中国語、朝鮮語、日本語を使いこなすことができる(英語教育はなされていないそうです)、優秀な人でした。
 東京大学で学びたい、と日本にやってきたものの、来てみると、生活に追われ、中国の家族には仕送りをし、来日したときの費用を返さなければならず、と、受験勉強をして大学に通うのは難しい状況になります。
 それでも、さまざまな会社に就職したり、結婚もするのですが、どれもあまり長続きしません。
 優秀で仕事はできるし、多言語を使いこなせるということで、中国が「世界の工場」として躍進していった時代背景もあり、仕事に困るようなことはなかったようなのですが、「大きな夢を叶える」という感じではなくなっています。
 いち読者として読むと、恩恵さんの行動は、いきあたりばったり、とか、その場しのぎのようにしか見えないところもあって、「せっかく、最相さんが応援してあげているのに……」と、もどかしくなってくるのです。
 ただ、それも「騙している」という感じではなくて、いまの日本で恩恵さんのような人が生きていくためには、そういうふうにするのが、いちばん「適切」であろうこともわかるんですよね……
 だからこそ、「なぜ、そこに安住してしまうのか」と感じてしまうのです。
 僕自身のことは、棚に上げて。


 19歳のときから恩恵さんの身元引受人をしてきた最相さんは、2014年1月の恩恵さんの12年ぶりの帰郷にも同行させてもらっています。
 そこで、現地の人から伝わってくる、「中国で朝鮮族として生きるということの難しさ」と「日本との距離感」というのは、テレビやネット経由での「報道」からは、伝わってこないものでした。
 

 村は小さく、家の数は二十軒ほどだろうか。恩恵の家は村で一番広い。ふだん見かけぬ顔だからだろう、歩いていると近隣の家の窓から複数の視線を感じた。
「昔は道端にたくさん花が植えられていて綺麗な村だったんですよ。それなのに、漢族が住むようになってから汚くなった。ほら、見てください」
 恩恵が指す地面の雪から缶やビニール袋が顔を出している。
「ゴミをこんなふうに平気で道端に捨てているんです。うんちが捨ててあることもある」
「うんち? 人間の?」
「さあ、わかりませんが、人間のかもしれない。漢族は自分がよければそれでいいという考え方しかできないんです。村のために村をきれいにしようという意識はない。昔はこんなことなかったんですけどね」
 恩恵は小さくため息を吐いた。


 実際に漢族だけがやっていることなのかはわかりませんが、少なくとも、朝鮮族には「漢族は、そういことを平然とやる人々」であると認識されているのです。


 最相さんは、ハルビンの「731部隊遺跡」も訪れています。
 細菌兵器の開発に携わっていたという731部隊は、数々の残虐な人体実験を行ないましたが、戦後、占領軍に、その「人体実験データを渡す」という条件で、関係者は訴追を逃れたのです。
 勝った国も、戦争責任の追求より、研究データを選んだということです。
 ドイツは、ナチスの優生政策や人体実験への反省から、ヒトの胚を用いた、ES細胞などの研究が厳しく禁じられているそうです。
 それに耐えかねて、ドイツから、優秀な研究者が海外に流出しているのです。
 その一方で、日本は、自分たちの人体実験について、自ら検証することもなく、目をそむけつづけているのではないか、と最相さんは指摘してます。
 それで、ただ長い時間が経ったからと「もう昔のことなんだから」と言っても、相手が「許せない」のは、当然のことなのかもしれません。

「中国には日本のことが全部嫌いな人がいる。日本にも日本が全部嫌いな中国人はいる。でも帰れない。中国があまりに変わりすぎて帰るに帰れないんです。ただお金を稼ぐためにだけ日本にいる」
「恩恵はどうなの? これまで日本でさんざんいやな思いをしたでしょう?」
私は恩恵がこれまで受けてきた差別や嫌がらせを思い浮かべた。
「ああ、そうですね。でも差別は中国人でも韓国人でも、する人はしますから。差別するその人間が悪いと思っている」
ハルビンに帰りたいと思ったことはないの?」
「年をとったらわかりませんけど、今はまだ」
「働けるうちは働く?」
「そうですね。中国や韓国の出張から帰ってくる時も、飛行機が羽田に着くとほっとするんですよ」
「え、そうなの? どうして?」
「だって自分の家がありますから」
「恩恵の家って、東京の?」
「そうです。狭いけど私の家」


 どこに行っても「よそ者」として見られてしまうことが多い、中国朝鮮族の哀しみ、みたいなものが伝わってくるのです。
 中国の経済発展で暮らしが豊かになった人は多いけれど、その一方で、中国で生きる環境も、大きく変わっています。

 そもそも恩恵自身、中国人とも韓国人とも付き合わないと心に決めているようだった。韓国からやって来た韓国人は中国朝鮮族を下に見る、と愚痴をこぼしたこともあった。在日コリアンの人々が韓国に行くと、祖国の言葉ができない「半チョッパリ」だとバカにされるという話を聞いたことがあったが、中国朝鮮族に対する差別は初めて知ることだった。
 私がそのことを現実のものとして認識するのは2004年、韓国ソウル大学の研究グループが成人女性から卵子提供を受けてクローン胚をつくり、そこからES細胞を樹立したという論文(のちに捏造と認定)について取材していた時だ。韓国では卵子が安価で流通しており、実験に必要な卵子を確保するのに困らないのは、朝鮮族の女性がアルバイト代わりに売るためだというのだ。代理出産を引き受ける女性も多いという。


 この話だけでも、朝鮮族の人々の立場とか経済状態が浮き彫りにされているように思われます。
 それが「悪いこと」だと決めつけるわけにはいかないのだとしても。


 彼らの境遇についてもいろいろと考えさせられた新書なのですが、僕は最相葉月という人は、こんな複雑な場所に、自らを駆り立てるようにして向かっていくのだろう?と、ずっと考えながら読んでいました。
 何か、最相さん自身の「告白」とか「懺悔」みたいな感じがするんですよね。
 それは、もしかしたら、日本人としての責任、なのだろうか。


 この新書には、具恩恵さんと、その周辺の人々のことだけが書かれています。
 最相さんは「個別の事例」を詳しく述べることを選び、あえて、「総括」をしなかった。
 読む側としては、「これは、何を書くための文章だったのだろう?」と悩ましい。
 だからこそ、「他では読めないこと」が書いてある、そんな気もするのです。

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