琥珀色の戯言

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【読書感想】永い言い訳 ☆☆☆☆


永い言い訳

永い言い訳


Kindle版もあります。

永い言い訳 (文春e-book)

永い言い訳 (文春e-book)

内容(「BOOK」データベースより)
長年連れ添った妻・夏子を突然のバス事故で失った、人気作家の津村啓。悲しさを“演じる”ことしかできなかった津村は、同じ事故で母親を失った一家と出会い、はじめて夏子と向き合い始めるが…。突然家族を失った者たちは、どのように人生を取り戻すのか。人間の関係の幸福と不確かさを描いた感動の物語。


 映画監督としても(というか、「映画監督として」のほうが適切かもしれませんね)知られる西川美和さんの小説。直木賞候補にもなっていて、『本の雑誌』の「2015年上半期ランキング」にも入っていました。
 いや、すごいよこれ。ほんとすごい、容赦ないというか、読んでいていたたまれない。
 上記の「内容」には「感動の物語」と書いてありますが、僕は「じゃあ、お前はこの『妻を失った悲しみを実感できない男』とそんなに違うのか?」と、ずっと責められているようで、ものすごく居心地の悪い読書でした。


 僕自身、昔から、自分自身の感情が「本当に悲しいから泣いているのか、自分が『泣くべきとき』だから泣いているのか?」と考え込んでしまうようなこともあったので。
 他人が自分自身の感情を、どういうふうに「管理」しているのかなんて、わかりませんし。


 僕とこの「津村啓」の違いは、文学的な才能と、「妻や家族を失ってしまったかどうか」だけなのではなかろうか。
 でも、世の中の大部分の人、とくに男性には、これを「他人事」として読める人は少ないのでは、と僕は思うのです。


 これを昼間に読んでいる人、仕事の休憩中に読んでいる人、いま、自分の妻が、いまどこで何をしているか、自信を持って言えますか?
 僕は、正直自信がありません。


 家族って、ある程度「干渉しない」ところがないと、成り立たない面はあると思うのです。
 でも、失われてしまったとたんに、「なんでこんなに、大事なものを放っておいてしまったのか……」と、後悔ばかりになってしまう。


 津村啓は、他の家族に「介入」していくことによって、何かを取り戻していこうとします。
 「自分の感情の源泉に、疑問を持たない人」と付き合うことによって、自分を見つめ直していこうとするのです。
「マイルドヤンキー観察記」みたいな底意地の悪さはあるけれど、「普通の人間の感情」の真っ当さ、みたいなものも学習していきます。


 それでも「わからないものは、わからない」のだよね。
 そんななかで、もともと有名人なだけに、周囲からは「悲しみに沈む被害者遺族」を演じることを求められてしまう。
 

 人と人、夫婦のあいだって、「完璧」ではありえない。
 ときには「完璧にみえる」ことそのものに、締め付けられることがある。

 正直なことを言えば、僕は津村に、1パーセントも共感しないというわけではないのだ。死んだ人のことを悪く言うのは気が引けるけど、津村の奥さんは、僕には何となく苦手なタイプの女のひとだった。ルックスは良いし、コミュニケーション能力が高くて津村本人よりずっと話しやすいが、元々備わっている勘の良さに、色んな苦労を重ねた末なのか、悟りじゃないけど、解脱ぎみというか、煩悩フリーというか、生身の女としては完結しすぎている。何があってもでんと構えていそうな雰囲気は、人間としては魅力的でも、同時に僕を萎縮させる十分な何かを持っていた。金とか、世間体とか、物欲とか、愛情欠乏症に翻弄されてるような女の方が、面倒でも取りつく島がある。僕は奥さんとふたり、津村のことを噂しながら「小さいよねえ」と笑い合ったが、そんな僕も奥さんから見ればまた小さい男以外の何者でもないだろう。


 人は、完璧に近いものを好きになり、完璧に近いことに失望する。
 僕もどちらかというと「他人のダメなところに愛情を感じやすい人間」だから、わかる。
 にもかかわらず、自分の日常生活は、「有能な妻のマネージメント」によって支えられていることも理解しているから、なんだか気持ちのやり場がない。
 

 なんというか「とりあえず平穏にみえる結婚生活を続けていくためには、いちいち考えないほうが良いこと」が、腐るほど詰まっている小説です。
 自己責任で読んでね。

 

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