琥珀色の戯言

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【読書感想】イスラムは本当に危ない世界なのか ☆☆☆


イスラムは本当に危ない世界なのか

イスラムは本当に危ない世界なのか

内容(「BOOK」データベースより)
現代イスラム研究の泰斗が世界を巡って出会った、ユーモラスでヒューマンな人たち―過激派組織「イスラム国」報道だけでは知れない本当のイスラム社会と国際情勢が見えてくる。


 イスラムは本当に危ない世界なのか?
 この本を読んで、このタイトルの問いかけに、「別にイスラムだからといって、危ないとは限らないよね……」と答えたくなりました。

 実際にイスラム世界を訪れると、彼らの親切で、やさしい眼差しやふるまいに多々接することになる。イスラムの人々が異邦人や旅人たちに、もてなしの心を示すのもイスラムの宗教信条の一つとして、「客の権利」――三日間にわたる宿泊と食事の権利――が与えられていることに関連するのかもしれない。

 客人をもてなす習慣があることは、イスラム世界では一度だけしか会っていない人々でも、”うちに来て食事をしないか”、あるいは”今晩、宿泊しないか”などと誘うことにも見られる。バザール(市場)の商人でも、観光地で会った人やタクシー運転手などでも同様だ。それほど経済的に豊かとは思えない家庭でも、ご馳走をふるまってくれる。


 ただ、「見知らぬ人に親切にされることに慣れていない」僕としては、こういう「もてなし」にも身構えてしまいますし、かえってめんどくさいような気もするのです。
 むしろ、「お金を払えばサービスしてもらえるし、払わなければ無視」というほうが「わかりやすい」とも思います。

 お茶をすすめられたら睡眠薬が入っているかもしれないし、値切り交渉もめんどくさそうだし。
 大部分の人は「良い人」あるいは「無害な人」だとわかっていても、それを見分けることそのものが、めんどくさくなってしまっているんですよね。
 基本的にイスラム圏の人たちは日本人に対して寛容というか好意すら抱いてくれているようなのですが。
 以前、アメリカを旅行していた際、道を歩いていたら、何の脈絡もなく、いきなり車に乗っている白人から差別的な罵声を浴びせられたのを思い出します。
 そんなアメリカ人ばかりじゃない、ということはわかっているのだけれども、一度でもそういう目にあうと、やはり、ある種の緊張感を拭うことができなくなるのです。


 太平洋戦争で直接交戦していないこともあり、中東のイスラム圏の国々の対日感情は、概して良好なようです。
 トルコやヨルダンは「親日国」としても知られています。
 そして、日本も中東の国々には、かなりの支援をしているのです。

 カンダハルから来たジャーナリストのアフガン人は、「日本のカンダハル支援は、建設事業を行うにしても、日本人がちゃんと管理や監督を行い、立派な建造物をつくるが、アメリカの支援は腐敗した軍閥や政治家たちに金を与えるだけだ。いくら外国から金をもらってもアフガニスタンの道路はでこぼこだらけで、日本のような道路はとてもつくれない」と語っていた。政府高官たちが外国からの援助金を着服することでアフガニスタンは悪名高い。
 アフガニスタンの女性の援助機関職員は、銀座を歩く日本人の若い女性たちを見ながら、「日本人の女の子たちは皆生き生きとしている。アフガニスタンではとても微笑んではいられない。戦争に敗れたのに、こんな立派な国や社会をつくる日本人はすごい」と語っていた。
「日本が気に入った」と言うので、日本の何がいいと尋ねると「すべて」だと言う。特に日本は平和なところがいいと言う。それはそうだろう。日本人は平和を空気のような感性で受け止めているのかもしれないが、アフガニスタンでは30年以上も戦乱が続いてきた。銀座とあわせて秋葉原浅草寺など東京の定番の観光コースを案内するとえらく喜んでいた。こちらも彼らを案内していてアフガニスタンの情景が目に浮かんできた。もちろん、経済的豊かさがすべてではないのだが、戦争と貧困は人々にとってはやはり不幸なことだ。日本で当たり前のようなことがアフガニスタンの人々からは驚嘆されるのは、日本人にとってもある意味で驚きでもある。

 カナダからの支援物資はアフガン人を介して配給されていた。それは秩序だって行われている様子だったが、ところがアメリカの援助活動となると事情はまったく異なった。アメリカがアフガニスタンのことを知らないのは、当時ホジャバハウディンに大量に投下された支援物資にも表われていた。黄色いビニール袋の中にはビスケット、乾パン、ジャムなど、およそアフガン人が日ごろ口にしない食べ物が入っていた。そのビニール袋には英語の文字しか書かれていなかった。これではアフガン人は読めんやんけ。


 やっぱり日本はすごい!と無邪気に喜んでしまうべきではないのかもしれませんが、内側では、みんな「元気がない」と言い合っている日本というのは、外からみれば、けっこう魅力的なようです。
 それにしても、このアメリカの「支援」って、すごいですよね。
 まあ、なんでも「自分基準」でやってしまうのは、アメリカらしいといえばらしい。


 ただ、長年イスラムに親しんでいる著者からみた「イスラム教文化」と、僕のような実体験に欠ける人間の認識とか「つきあいかた」には、大きなギャップがあるとは思うんですよね。
 なんのかんの言っても、僕はハリウッド映画やマクドナルド、コカコーラで育ってきた世代ですから。


 イスラムの話とはちょっと離れてしまうのですが、この本のなかに、著者がワシントンにある「ホロコースト記念博物館」を訪れた話が出てきます。

 ホロコースト記念博物館は、オーディオ・ビジュアル(AV)展示が主で、ナチスの台頭から強制収容所の解放までのユダヤ人への迫害が時系列で紹介されている。そこにはナチスによる人種宣伝ポスターもあり、世界の二流民族の中にユダヤ人とともに、私たち日本人も紹介されている。ヒトラーは『わが闘争』の中で、日本人はモノ真似に秀でているだけで独創性のない民族と語っているが、日本で戦前出版された『わが闘争』からは、その部分は削除された。日独伊三国同盟を推進した勢力にとってはヒトラーの人種観は『不都合な事実」であったに違いない。ユダヤ人たちからホロコーストの過去を強調されるドイツ人たちはどのように感じているのだろうかと、この博物館を訊ねてあらためて思わざるをえなかった。


 今の日本でも、在特会のなかにナチスの旗を掲げている人がいるそうなのですが、その人は、「日本人もまた、ヒトラーから蔑まれていた」という歴史的事実を知らないのでしょうか。
 自分たちが常に「差別する側」でいられる保証なんてどこにもないのに。

 中東イスラム世界にあまり精通していない日本人からは、「イスラムって怖い宗教ですね」という声がよく聞かれる。日本で伝えられるイスラムに関連するニュースが、自爆テロとか暴力に関するものが圧倒的に多いからだろう。1990年代前半にイスラミックセンター・ジャパンから二人のムスリムを呼んで、イスラムについて語ったり、学生たちの前で礼拝を見せてもらったりしたことがある。
 当時は、1991年に湾岸戦争が終わって間もない時期で、サダム・フセイン政権のイラククウェートに侵攻して、クウェート人を殺害したことが報道されたこともあった。余談だが、アメリカ議会の公聴会で、イラク兵が保育器を産院からもち出し、少なからぬ新生児が亡くなったという報道があったが、その証言を行ったのはクウェート王族の少女であり、虚偽であることは後に明らかになった。

 民主党政権で最後の防衛大臣となった森本敏氏は、私が2001年10月にアフガニスタンから戻り、テレビの討論番組で会った際に、「私もアフガニスタンに行きたいんですがね」と言っていた。彼はイラク戦争が始まると、やはりテレビで、「米軍の精密誘導爆弾は正確に軍事目標に命中するので市民に犠牲が出るわけがない」と語っていた。
 イラク戦争は10万人ともいわれる市民が犠牲になった。森本氏のような人物こそ、爆弾やミサイルの雨が降りそそぐ場所に立たせるべきだ。アフガニスタンに行く勇気などないくせにと思ってしまう。


 アメリカのほうが「強いから」、そちらに従うのが国策としては妥当だという判断であっても、それを口に出すときには「正しいから」に変換しなければならないのが、政治、というものなのかもしれませんが……
 アメリカの主張に比べると、中東の、イスラム側の主張は、あまりにもスルーされているように僕には思われます。
 いや、どうせアメリカの言いなりにならざるをえないのだから、相手の言い分を聞けば聞くほど、罪悪感に駆られるだけ、なのかな……


 できることなら、自分たちに好感を抱いてくれている人たちと、仲良くしていきたいよなあ。