琥珀色の戯言

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【読書感想】整形した女は幸せになっているのか ☆☆☆


整形した女は幸せになっているのか (星海社新書)

整形した女は幸せになっているのか (星海社新書)

内容紹介
顔さえ変えれば、うまくいく?
あっけらかんとした「公言」に留まらず、手術前後をブログで「実況」するモデルまで出現し、ますますカジュアルになっていく「美容整形」。ある調査によれば、18歳~39歳の日本人女性の実に11%が、整形経験者であるという。スマホで手軽に写真撮影・アップロードができ、これまで以上に「見た目」で判断される機会の増えた現代社会。時に美しさは、幸せになるための必要条件であるかのように語られる。美しく生まれた女が幸福に近いのであれば、美しさを「手に入れた」女もまたそうであると言えるのか。現代社会だからこそ出現したこのいびつな問いに、社会学の俊英が挑む。あなたのモラルは、どこまで許す?


 ネットでは、「芸能人の○○は、整形している!」みたいな噂話って、けっこう目にすることがあります。
 僕は、自分の顔にまったく自信はありませんが、「整形したい」と思ったことはなくて(その代わり、鏡もあまり積極的には見ませんが)、整形する女性の心境についても、よくわからないのです。
 でも、整形したら、誰かに迷惑をかけるのか?と問われたら、別にそんなことはなさそうですよね。
 この新書には「子どもにお母さんと顔が違う!」って思われる、という話も出てくるのですが、著者は「親と顔が似ていない子どもはたくさんいる」と指摘しています。
 そりゃ、まったく違うということになれば、問題もあるのかもしれませんが、プチ整形レベルでは、「まったく違う」ということにならないでしょうし。


 「整形して、何が悪いの?」
 その言葉に対して、外野から言えるのは、昔ながらの「親にもらった顔を傷つけるなんて……」とか、そういう話になってしまうのです。
 僕などは、そもそも、皮膚の下はみんな同じような脂肪のかたまりなのだから、表面の差異にあまりこだわっても仕方が無いんじゃないかな、とは思う。
 その一方で、「綺麗な人」に目を奪われてしまうこともある。
 

 著者は、そんな「整形」の現在について、この新書で紹介しています。

 クロス・マーケティング社が2010年に行った調査では、18〜39歳の女性のうち、美容整形をしたことのある人は11%もいた。調査対象には、アンチエイジングのニーズが高まる40代以上が入っていないため、実際はもっと多くなるだろう。今やすっかり定番となったプチ整形、「レーザーのシミ取り」や「シワ取り注射」などを受けている中高年女性も含めれば、女性全体の三割くらいになるかもしれない。同調査では10〜60代前半の女性の4人に1人が「今後、美容クリニックでの施術を行ってみたい」と答えたという。


 「整形疑惑」なんて、悪いことのように言われてしまうこともあるのですが、「プチ整形」や「シワ取り」などに関しては、そんなに「整形!」っていう意識を持っていない人も多いようです。
 メイクの一環、という捉え方をしている女性もいます。
 

 しかしこの「整形」というのは、なんだかその「綺麗になる、見た目を良くする」という行為以上の意味づけをされている面もあるのですよね。

 あなたの整形許容度はどの程度だろうか。片思いの女性が整形していると知ったら、幻滅しないか? 恋人や妻が「整形したい」と言い出したら、なんと答えるか。恋人が、いきなり目をパッチリ二重にしてきたら、なんと言うだろう。
 レーザーでのシミ取りやホクロ除去など、顔を大きく変えない整形ならよいか。だとしたら、その理由を「顔を変えたい」と言う彼女に、納得行くよう説明できるか。
 彼女はこう反論するかもしれない。
「私はこの顔が嫌だから、整形したい。あなたは『顔を変えるのがダメで、それ以外の整形ならいい』って言うけれど、その根拠はなに?」

 いやほんと、これは難しい問いですよね。
 実際のところ、それを否定する理由としては「手術には多かれ少なかれ、危険が伴う」というくらいしか、なさそうな気がします。
 手術の安全性が向上してきている時代においては、ダイエットで容貌が変わるのと、美容整形で変えることに、そんなに違いがあるのだろうか?
 前者は「努力しているからOK」みたいな精神論で決着をつけるしかないのか。


 うーん、でも僕はやっぱり、身近な人であれば「できれば整形してほしくない」かな……
 理由をうまく説明するのは難しいのだけれど、自分に自信を持ってほしいというか……
 でも、本人にとっては「自分に自信が持てるように、綺麗になりたい」のだよね。
 外観が内面を変えるというのは、たしかにある。


 実際のところ、僕のような40代男性がイメージしているよりもはるかに、若い女性にとっての「整形」のハードルは下がっているのです。
 「カミングアウト」している人も少なくない。
 隠していたら、「あの人、整形してるんじゃない?って陰口を叩かれるけれど、自分から公言して「何が悪いの?」と言ってしまえば、周囲も返す言葉がない。

 整形経験者の女性の中には、「術後の経過報告ブログ」を始める人もいる。手術前後と経過などを、ブログ上で、写真付きでレポートするのだ。自分の記録を残すため、そして、これから同じ施術を考えている人たちのためにと、彼女たちはブログを綴る(ある種のライフログのようなものかもしれない)。手術直後の腫れ上がったまぶたの写真も、惜しみなく載せる。
 同じ病院で施術を受けた人のブログを検索しては、「この人も(術後)一週間くらいまではこんな感じだから、大丈夫かな」「この人がまあ、ちゃんと落ち着いているから大丈夫だろう」と、思いを巡らせる。アキさんは、ヒットしそうなキーワードで検索しては、経過報告のブログを読んだ。
 そして、自らもアメーバブログで「経過報告」を始める。若い女性利用者の多いアメブロを選んだのは、「そっちの方が、(美容整形の話題と)親和性があるかなと。アクセス取るにはいいかなと思って」。


 「アクセスを取る」ためなら、整形の経過報告もためらわない。
 ああ、なんかネット時代だなあ、と。
 このくらい自分をさらけ出す覚悟がないと、目立てないと感じているのか……


 ある女性は、整形後の変化について、こんな話をしています。

 「ちょっと自信満々みたいな感じになってしまうんですけど、なんか(男友達は)、私を『可愛いカテゴリー』に入れているからこそ、他の女の人のことを言う、みたいなところがあるんですよ。『あの子って可愛くないよね』みたいな」


 整形してから、自分の「立ち位置」が変わったと感じる。可愛くない女子の前で、男子たちが「あの子はブスだ、あの子は可愛い」と評価することはない。身も蓋もないような「遠慮の力学」が働くからだ。男友達は、市村さんのことを「可愛いカテゴリー」に入れているからこそ、市村さんの前では、他の女子の容姿についてあれこれ話してもいいと思っているのだ。
 可愛い子は、いわば「名誉男性」として、男性グループの「ちょっと下品な話題」に参加することができる。可愛い子の前であれば、男子は、他の女子の見た目に言及しても失礼にならないと考えているのだ。市村さんは、そういう「可愛い子」として扱われるようになった。整形した今でもコンプレックスはそれなりにあるし、容姿に自信満々というわけではない。でも、男性たちは、二重まぶたにした自分を「可愛いカテゴリー」に入れている。男って単純だなと、思うこともある。


 そんな男ばっかりじゃないよ、と言いたいところだけれど、これは確かに、整形によって、これまでとは違う「可愛いカテゴリー」に入ることになった女性が見た光景、なのだろうな、と。
 見た目が変わると、見られ方が変わる、そして、住む世界が変わることもある。


 ただ、整形にハマってしまうと、自分の「足りないところ」がどんどん気になってしまい、ひたすら「完璧を目指して顔面改造を繰り返すという人」もいるようです。
 理想を突き詰めると、キリがないんですよね……


 この本のなかには、「整形は、『すっぴんをメイクした顔に近づける行為』である」という言葉も出てきます。
 業界によっては(というか、多くの接客業では)、「女性がノーメイクで仕事をするのは失礼」と見なされているところもあるのです。
 どうせ「変える」のであれば、なぜ、メイクは必要なマナーで、整形だとあれこれ言われるのか?
 

 この本のなかで、著者は、自身の「整形日記」や「買い物依存」などを発信しつづけている、中村うさぎさんにインタビューしています。
 中村さんは、自らの「整形体験」について、こんなふうに仰っています。

「まぶたを二重にする前に、涙袋を先に入れちゃったので、余計に涙袋が目立って陰険になっちゃったんですよ。意地悪そうな顔になっちゃって。まあ(あたしは)意地悪だから、顔と性格がマッチして良かったねって話なんですけど、あまりにも何か……まあしばらくは、くよくよしてたんです。そのうちに、自分の顔って絶対に忘れないと思ってたんですが、記憶ってすごい勢いで書き換えられる。毎日毎日、歯磨きする時でも、自分の顔を見るじゃないですか。整形直後は、さすがに『ああ、目がこうなったなぁ、鼻がこうなったな』って意識するんだけど、一週間も経つうちに、どんどん薄れていって。一ヶ月くらい経ったら、もう前の顔がどんなだったかなんて忘れちゃうんですよ」


 人は、自分の顔なんて、すぐに忘れてしまう。
 というか、整形すると、その整形した顔が、すぐに「自分の顔の基準」になってしまう。
 「顔が変わった」なんて意識はあまりなくて、もともとその顔だったような気分になる。
 人によっては、そこでまた、「足りないところ」を探してしまうようなのですが、「自分の本来の顔」なんて、案外、どうでも良いものらしいです。
 それが、コンプレックスのもとであれば、なおさら。


 著者は「終章」で、こう述べています。

 整形して幸せになるかどうか、という問いが、ちょっとバカバカしいのは、その問いかけ自体が、他人に「幸せの基準」を委ねていることになるからだ。

 「自分で自分の幸せの基準を決める」って、本当に難しいことなのだと思います。
 最終的には、自分で決めるしかないのだけれど。

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