琥珀色の戯言

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【読書感想】安売り王一代 私の「ドン・キホーテ」人生 ☆☆☆☆



Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
26期連続増収増益という前代未聞の偉業を成し遂げたドン・キホーテ。だが、創業者、安田隆夫の人生はまさに失敗と苦難の連続だった。「逆張り」「権限委譲」「夜の市場」をキーワードにのし上がった男の波乱万丈の一代記!


 『ドン・キホーテ』をつくった男の一代記。

 僕がいま住んでいる地方都市にも何年か前に『ドン・キホーテ』ができて、オープン直後は、夜もすごい数のお客さんが来ているようでした。
 もう遅い時間なのに、駐車場に入ろうとする車で、店の周囲の道路が渋滞してしまうくらいの繁盛っぷり。

 その『ドン・キホーテ』に、夜、プリンターのイングカートリッジが無くなってしまって、買い物に行ったことがあります。
 そうすると、もうけっこうな時間(23時過ぎ)だというのに、店内にはパジャマみたいな格好をしたヤンキー風のカップルに小さな子供とか、お酒が入ったガラの悪そうなオッサンとかが大勢いて、店員さんの接客も、なんだかぞんざいな感じで……
 僕は『ドン・キホーテ』の「雑然とした品物の山の間で、他所では売っていないようなちょっと変わったもの」を探すのは好きなんですが、そのときは、雰囲気には気圧されてしまったのです。


 まあ、夜に『ドン・キホーテ』に行ったのは、その一度きりなので、他の日や他の店舗がどうなのかはわからないのですが、「夜のドンキは怖い」というイメージを持ち続けていたのです。


 でも、今回この新書で、創業者の安田さんが最初につくったディスカウントストア『泥棒市場』(すごい名前だ……)からの流れを追っていくと、『ドン・キホーテ』というのは、そういう、昼間にジャスコに来ない人たちが「夜に買い物を楽しみたい」というニーズを掘り起こすことによって、ここまで成長してきたことがわかりました。
 安田さんは、これを「ナイトマーケット」と称しておられます。
 『ドン・キホーテ』ができてみると、「こんな地方都市にでも、夜中の1時とか2時とかに、これだけの買い物をしたい人がいるのか」と、僕も驚きました。

 たとえば、夜中に商品を店に運び入れる作業をしていて、営業中と勘違いしたお客さまが入ってくる。それによりナイトマーケットの可能性と有望性に気づくのが知恵だ。
 あるいは怪しげなバッタ商品をかき集め、置くところがないので仕方なく棚にぎゅうぎゅうに押し込んだら、逆にお客さまがそれを面白がっていると気づくのも知恵である。


 安田さんは最初につくった店『泥棒市場』(1978年開店)を、人手が足りなくてほとんど一人で切り盛りしていたそうです。

 その光景は、かなり怪しげなものだったに違いない。なにせ当時は今と違って朝が早い。しかも静かな住宅街に煌々と灯る「泥棒市場」の看板照明の下で、若い男が一人で何やらゴソゴソと作業をしている。
 だが、そうするうちに道行く人から「何をしてるんですか?」「店はまだやっているんですか?」とよく声をかけられた。好奇心、あるいは警戒心だったかもしれないが、夜遅い時間でも、不思議と人がやってくるのだ。もちろん、一円でも売上が欲しい私は、慣れない愛想笑いを浮かべて「やってますよ」と店に招き入れる。
 このように夜遅く来店されるお客さまは、たいがいアルコールが入っているせいもあってか、ゴミ山のような商品でも、逆に面白がってよく買って下さった。
 たとえば、「もしかしたら書けないかもしれないボールペン1本10円!」などと人を食ったようなPOPもバカウケした。私はそこに、未開拓かつ大いなる市場の可能性を見出したのである。

 夜中の営業終了後に段ボールを積み上げながら仕入れや仕分けをしていると、まだ開いているのか、と思いこんだお客さんが、店に入ってくる。
 そこで、安田さんは「夜中でも買い物をしたい人たちのニーズ」を発見するのです。
 こういうのが「発想力」なんだろうなあ、と。
「こんな時間に開いてるわけじゃないだろ、このひと酔っ払ってるみたいだし、迷惑だな……」で終わってしまうところなのに、安田さんは、そこに隠された「可能性」を見逃さなかった。
 こういう観察力と、失敗をおそれずやってみて、成功したら、それをとことんまで突き詰める姿勢が、『ドン・キホーテ』の成功を生んだのです。
 

 僕だったら、「なんかガラの悪いお客さんばっかりで、イヤだなあ」と思うところで、安田さんは「こういう人たちが買い物できる場所が、これまで無かったんだな」と気づく。


 安田さんの、そして『ドン・キホーテ』の創業からこれまでは、まさに波瀾万丈だったのです。
 これを読んでいて思い出したのだけれど、たしかに『ドン・キホーテ』は、かなりバッシングされていた時期があったんですよね。
 地域住民からの抗議で、営業時間が短縮されたこともありました。
 そして、2004年の連続放火事件。


 安田さんは、亡くなった3人の社員への痛切な悼みとともに、当時を振り返っておられます。

 連続放火事件についての新聞、雑誌、テレビ等各種メディアの報道もすさまじかった。それだけの大事件であるから報道自体は当然ではあるが、事実無根の誤報や悪意ある分析など、ドンキはボコボコに叩かれた。住民反対運動の余韻もまだ残っていたせいか、「悪徳企業に天罰下る」的な議論さえ見られた。
 だが、冷静に考えてみてほしい。一連の火災は極悪非道な放火事件であり、憎むべきは犯人である。亡くなった従業員三名を含め、ドンキは最大の被害者であり犠牲者である。それにもかかわらず、事件の本質、つまり放火という犯罪の卑劣さと悪質さ、憎むべき犯人の特定と追及、さらにそうした犯罪を生む土壌や背景に関する報道はほとんどされず、逆に「ドンキ=悪」であるかのような報道ばかりだったのである。
 しかも、あたかも圧縮陳列や迷路型レイアウトが招いた業務上過失失火とでも言いたげな報道が目立った。「密林陳列 煙の”迷路”」(読売新聞・12月14日付夕刊)「圧縮陳列、火災拡大の声」(産経新聞・同15日付朝刊)などといった記事である。

 それにしても、なぜドン・キホーテばかりが執拗に狙われたのか。これも私の被害妄想だと言われるかもしれないが、メディア各社の一部事実誤認を含む過剰報道もその一因ではなかったかと考えている。少なくとも当社をやり玉にあげる報道がこれだけなされれば、「ドンキは火をつけやすく、メディアもすぐ飛びついて大きく報道される」という、愚かしい悪のイメージ連鎖を育む温床になった可能性は十分あったといえる。


 失火ならともかく、「放火」ですし、結果的に、亡くなったのは店内の構造をよく知っていたはずの従業員3名だったのですから、たしかに、「圧縮陳列が悪い、あれは危険だ」というのは、見た目のイメージにとらわれすぎていたのかもしれませんね。
 ああいう形で、放火でも『ドン・キホーテ』側への批判が強かったことで、放火犯は歪んだ「社会正義」を行っているつもりになってしまったのかもしれないし……
 あの放火事件以降、『ドン・キホーテ』は、安全対策を再確認し、法定以上の対策を各店で実施しているそうです。
 

 安田さんは、「負け方」が上手いというか、「勝って驕らず、負けても屈しない」人なんですよね。
 そして、『ドン・キホーテ』も世襲にはせず(4人お子さんがいらっしゃるそうですが)、60代半ばにして、自ら会社の実権を手放してしまった。
 これ以上会社の責任者を続けていたら、かえって辞めるタイミングを逸してしまうから、自分の判断力が残っている年齢で、ということで。
 もちろん、株も持っているし、それなりの影響力はある、ということになるのでしょうが、それにしても、多くの創業経営者が、自分のやりかたに固執することや、後継者選びで、晩節を汚してしまうことを考えると、立派だなあ、と。
 「早めに引退するつもり」でも、実際にそれができる人は、そんなに多くはないから。


 安田さんは、起業をめざしたきっかけを、こんなふうに書いています。

(高校時代に一念発起して猛勉強し、慶應大学に入学したものの、周囲の同級生、幼稚舎などからあがってきた連中のカッコよさに、強烈なコンプレックスと悔しさがあった、と述べたあと)


 それに対して私は、田舎のイモ兄ちゃん丸出しで、何のコネも取り柄もない貧乏学生である。いつもボロボロのジーパンやジャージにサンダル姿といった出で立ちで、もちろんファッションセンスなんてゼロ。女の子とは会話すらできないどころか、まともに目も合わせられない。
 のちに私は、ドン・キホーテの株式公開をしたとき、社長プロフィールの欄に「慶應義塾大学法学部卒」と書いて、従業員たちから「社長、そんなにムリして虚勢を張らなくてもいいんですよ」と呆れられたことがある。私のどこを見ても慶應ボーイ出身とは思えなかったのだろうが、それも無理はない。
 見かけによらず傷つきやすい私は、周囲の華やかな慶應ボーイたちを見て、「ああ、こいつらいいな」と心底羨み、歯軋りし、やっかんだ。同時に、「サラリーマンになったら、オレは永久にこいつらには勝てないだろうな」とも思った。
 だが、めっぽう負けず嫌いの私は、その現実を受け入れられない。
「どんなことになっても、こいつらの下で働く人間にだけは、絶対になりたくない。ならば自分で起業するしかない。ビッグな経営者になって、いつか見返してやろう」
 そう固く心に誓ったのである。この決して高尚とは言えない、ごくごく私的な情念と決意が、私のビジネス人生における原点だ。
「えっ、起業を志した理由は、たったそれだけですか?」と、よく人に聞かれるのだが、これがすべてなのだから「そうです」としか答えようがない。


 安田さんって、本当に正直な人だなあ、と思います。
 僕はこれを読んで、安田さんと『ドン・キホーテ』が、ちょっと好きになりました。
 この人の真似をしたり、この人の下で働いたりするのは、僕には向いていないだろうけど、こういう「情念の人」の話って、滅法面白いんだよなあ。

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