琥珀色の戯言

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【読書感想】ルポ・橋下徹 ☆☆☆


ルポ・橋下徹 (朝日新書)

ルポ・橋下徹 (朝日新書)

内容(「BOOK」データベースより)
至近距離で見続けた全記録「橋下政治」とは、何だったのか?政治生命をかけた大阪都構想住民投票で否決され、橋下徹大阪市長は政界引退を表明した。日本第2の都市・大阪の政治行政を席巻し、国政をも巻き込んだ「風雲児」は何と闘い続けたのか。地元大阪と各界のキーマンを徹底的に取材。政治家・橋下徹の実像と「橋下政治」の深淵に迫る。


◆もくじ◆
第1章 橋下政治の終幕
第2章 大阪都構想の深層――前例なき大阪市解体案
第3章 地方議員たちの「革命」――維新の旗のもとに
第4章 「常勝関西」の陥落――創価学会との恩讐
第5章 「既得権益」との闘争――地域を分断した戦い
第6章 橋下改革の深淵――市長になった転校生
第7章 引退表明の残響――エピローグ


 橋下徹大阪市長の「宿敵」である、朝日新聞の記者たちによる「橋下徹の軌跡」。


 僅差での決着で、「大阪都構想」は否決され、橋下大阪市長は政界引退を表明しました。
 個人的には、橋下さんの手法は強引に思われ、自分の進退を駆け引きの道具にして、重要な選択を「さあ早く!」と急かしているようにも見えました。
 でも、こうして否決されてみると、「いまのままの大阪のままで良いのだろうか?」と、あらためて考え込んでしまいます。
 2つの意見のあいだでの選択ではなくて、「都」にするか、とりあえず現状維持か、という選択だったわけで、橋下さんのやりかたが「早すぎる」というのなら、今「そんな難しいこと、わかんないよ」と言っている人が、「わかる」ようになるのはいつなのか、とか。


 地方自治には、かなり非効率なところが多くて、それでも既得権益を持っている人たちは、なかなかそれを手放したくなくて、という状況なのです。
 それでも、「公」だからできることもあるし、「公」だから滞ってしまうところもある。
 これから人口が減っていく日本という国では、行政もスリム化、効率化していくことが求められていくのは間違いありません。
 今回は否決された「都構想」も、否決されたことによって、あらためて再評価される時期が来るかもしれません。
 もちろん、今回提出されたのと同じ形ではないとしても。


 この新書、橋下市長の人物像というよりは、橋下さんがこれまで政治家としてやってきたことが時系列で語られています。
 橋下さんは大阪府知事、そして大阪市長として、何をしようとしていたのか。
 橋下さんが「敵」だとみなしていたものは、何だったのか。


 読んでいると、なんというか、政治っていうのは、ひたすら駆け引きというか、グレーゾーンの世界なのだな、と思えてくるのです。
 僕は大阪に住んだことがないので、実感がわかなかったのだけれど、大阪「市」と、大阪「府」の市議府議にはかなりの「格差」があって、それが府側にとっては積年の恨み、わだかまりとなっていたのです。
 「二重行政」が非効率的なことはみんな頭では理解できていても、解消すれば、仕事を失ってしまう人もいる。

 横倉氏のような大阪市内選出の大阪府議は、大阪市議との関係で辛酸をなめ続けてきた。住民から要望を受けても解決するのは大阪市大阪市の幹部から予算や事業の説明を受ける目的で「市政研究会」を立ち上げた時は、同じ自民党大阪市議から「余計なことをするな」と横やりを入れられた。大阪全体の状況を把握したいのに、大阪府がまとめる資料にはことごとく大阪市のデータが入っていない。蚊帳の外に置かれた大阪府議たちは、その苦しい立場をこう自嘲してきた。
「あってもなくてもいい。まるで盲腸府議だ」

 大阪市の力があまりにも強い大阪府では、ここまで「市」と「府」は断絶しているのです。
 これまでずっと遺恨があった「市」と「府」が協力していくことは、感情的に難しいところもありました。
 政策の正しさ云々よりも「アイツらと一緒にやるのは嫌だ」みたいな党派のわだかまりで、政治は動いてしまうのです。
 なかなか前に進まなかった行政改革を、橋下さんは進めようとしたのだけれど、改革にはやはり「数の力」が必要でした。
 そのために公明党とも協力をしていたのですが、都構想については、その公明党とも足並みが揃わず……
 創価学会とも仲良くしないと、政策を実現するのが難しいのか、とは思うのですが、それが「現実」なのです。
 橋下さんは、自分の政策を実現するためなら、なりふり構わず、思いきったことをやる人ではありました。
 最初は「どう改革していくか」を重視していた橋下さんも、抵抗勢力の頑迷さに「とにかく強硬突破で『改革すること』に決めてしまおう。内容はそれからだ」という姿勢になっていきます。

 
 橋下さんについて、ある大阪市議は、こう語っています。

 大阪都構想大阪市から権限と財源を大阪府に移す。1人のリーダーがカジノなど大型開発をやりたい放題です。橋下さんは「スーパー権力者」と「利権」を作りたいだけだと映ります。住民投票で決めるのは市民。橋下さんや大阪維新の会の議員は大阪市を壊した後の責任を将来も持ち続けるでしょうか。私は不安でなりません。

 1人への権力の集中を危惧する気持ちはわかります。
 でも、「利権」はさておき、「スーパー権力者」がいないと、にっちもさっちもいかなくなっている、地方自治体の現実があり、そのなかでも大阪というのは「最も効率が悪い自治体のひとつ」なのです。

 人口約270万人の大阪市の職員数は、人口約372万人の横浜市よりも6千人ほど多く、人件費は年間3千億円にのぼる。
 日本一の巨大市役所という汚名の返上――。それが「中之島官僚」とも呼ばれる大阪市の幹部の「積年の課題」となってきた。
 高度成長期に団塊の世代が大量流入した大阪市では高齢化が進み、全国トップの生活保護受給世帯もさらに増えると予想される。成長期に整備した道路や水道などのインフラも老朽化しており、次々と更新時期を迎える。

 これだけ職員数が多いのに、大阪の行政サービスが際立って優れている、という話、僕は聞いたことがありません。
 高齢化やインフラの老朽化など、大阪市というのは、ある意味「近い将来の日本全体の姿を先取りしている」とも言えます。
 なんとかしなきゃ、って思う人は多いのだろうけど、既得権益の中から出てきた人には、改革は難しい。
 まあ、改悪されてしまうよりは、現状維持のほうがまだマシ、と考えた人も多いのだろうけど、「都構想」が改善なのか改悪なのか判断できた人は、ほとんどいなかったのではなかろうか。
 いや、僕も正直、わからないんですけどね。
 座して死を待つくらいなら、改革に討って出たほうがマシ、とも言い切れないし。

 橋下氏は敗因について「僕自身にも批判があるが、大阪都構想をしっかり説明しきれなかった。力不足だ」と説明。接戦を受けて「引退撤回」の可能性を問われ、「負けは負け。いくさを仕掛け、たたき潰すと言って潰された」と否定し、こう付け加えた。
「これだけ大層なけんかを仕掛けて命を取られないというのは素晴らしい政治体制だ。この後も普通に生きて別の人生を歩める」
 住民投票の確定開票結果は、次の通りだった。


 反対  70万5585票(50.38%)
 賛成  69万4844票(49.62%)
 投票率 66.83%
(当日有権者数は210万4076人。無効票は5640票)


 1ポイントに満たない1万741票差の小差で反対多数。大阪都構想は廃案となり、大阪市政令指定都市として存続することが決まった。

 正直、こんな強引なやり方なのに、住民投票で五分五分にまで持って行った橋下さんの突破力とその人気ってすごいなあ、と感心してしまいました。
 しかし、どんな僅差でも負けは負け、なのが「多数決の民主主義」でもあります。


 この新書のなかでもうひとつ印象に残ったのは、橋下さんがどんな中学生だったかが紹介されていたところでした。
 中学時代、ラグビー部で活躍し、間違っていると思ったことは、先生に対しても退かなかったという橋下さん。

 中学3年生の秋の最後の大会は、2回戦で強豪校とぶつかって敗戦。黒田氏は、号泣するチームメイトの中で橋下氏がこう淡々と語っていたことを覚えている。
「これが自分たちの力。僕らは甘かった。自分は泣けない」

 橋下さんは、凄い人だし、怖い人だな、と思います。
 そして、引退を宣言したけれど、きっとまた政治の世界に戻ってくるのではないかと。
 僕は橋下さんのやり方は好きじゃないのだけれど、こういう人じゃないと、改革ってできないんじゃないか、とも考えずにはいられないのです。


誰が「橋下徹」をつくったか ―大阪都構想とメディアの迷走

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