琥珀色の戯言

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【読書感想】「おたく」の精神史 一九八〇年代論 ☆☆☆☆

内容(「BOOK」データベースより)
「オタク」が「おたく」とひらがなで表記されていた一九八〇年代。『漫画ブリッコ』が創刊し、岡崎京子がデビューし、ニューアカがもてはやされた。岡田有希子自死を選び、オウムが設立され、手塚治虫昭和天皇がこの世を去った。そして、あの宮崎勤が現れた―。八〇年代「おたく」文化の内部を「おたく第一世代」の編集者として生きた大塚英志にしか語れない、“いま”立ち返るべき私的「おたく」論。序章「見えない文化大革命」、終章「二〇一五年の『おたく』論」を書き下ろし、待望の復刊。


 1980年代、僕にとっては10代を過ごした時期は、「アニメやゲームが好き」というだけで、「おたく」「根暗」などと周囲から「ちょっと変わった人」だと認定され、同好の士と生き延びるための小さなグループをつくって学校での時間をやり過ごすしかなかったのです。
 僕はテレビゲームと本をこよなく愛していたのですが、アニメにはあまり興味が持てず、さりとて、アニメ・ゲーム派閥以外に居る場所もなさそうで、みんながアニメの話をしているときには、とりあえず相槌を打つマシンになっていた記憶があります。


 当時、僕の中にも、「アニメにどっぷり漬かってしまったらおしまいだ!」みたいな、「おたくの中での序列」みたいな意識があったのです。
 「おたく」であり、その中にいながら、「自分は違う」という往生際の悪さ。
 そういうのって、年取ってもあまり変わらないなあ、なんて、今の自分のことについて考えてしまいます。


 この本は、1980年代、「おたく」という概念が世の中にネガティブなイメージで広がり始めてから、あの「宮﨑勤事件」という大きな転機を迎える時代のことを、「おたく文化を作る側」として最前線で活動していた著者が語るものです。
 内容的には、「当時を振り返る」というよりは、「あのとき、何を考え、どう行動していたのかを、なるべくそのまま保存し、いま解凍したもの」のように思われます。
 それだけに、けっこう話がいろんなところに飛んでいって、まとまりがない印象もありますし、著者の思い入れが溢れているけれど、寄り道のように感じられるところもありました。
 新書としては異例の厚さで、500ページ近くありますし。
 

 僕は「おたく文化」というのは、「リアルからの逃避」みたいなイメージを持っていて、「桃源郷」だからこそ楽しい、でも、ちょっと後ろめたい、と感じていました。
 

 著者は、「おたくとリアルは、断絶しているわけではない」ことを冒頭で説明しています。

 その時重要になってくるのは「おたく文化」の台頭を日本の左翼運動史の文脈でとらえ直す視点だ。
 つまり第二次世界大戦後の日本で二度に渡って起きた、60年代安保闘争と70年前後の全共闘運動という、二つの学生運動にそれぞれ頓挫した人々が、「おたく」文化の成立以前のサブカルチャーの思想的な擁護者だけでなく、「おたく」第一世代(1950年代後半~60年頃)に生まれ、70年代全共闘運動の敗北の姿を少年期にぎりぎり目撃した世代)が活動すべきステージやジャンルを作っていった、という事実こそがもう少し考えられていい問題なのだ。


(中略)


 ぼくたちの上の世代、学生運動の敗北者たちは、社会に出ると日本の産業ないしはメディアのヒエラルキーの「最下層」である子ども文化産業や、資本主義の走狗たるマーケティングビジネス、あるいは映画に比し、TVという社会的地位のまだ低かったマス・メディア、更には、ポルノグラフィー雑誌や「ピンク映画」などのアンダーグラウンドなメディアに生きる糧を得ることになった。ぼくたち「おたく第一世代」はその後にやってきて、彼らの作ったステージでいわば「放任」された世代だ。

新左翼運動」と「おたく」文化の関わりについては、いつも持ち出す例だが、『機動戦士ガンダム』、いわゆる”ファーストガンダム”がキャラクターにイスラム名を含み「約束の地」を主題としていることと、富野由悠季が元赤軍メンバーの足立正生の後輩であること及び安彦良和新左翼としての活動歴は当時の青年にとってのありふれた経験だとしても、やはり結びつけられるべき問題だ。パレスチナ問題がファーストガンダムの下敷きにあるのは、最初にTVでこのアニメを観てぼくを辟易させた最大の理由だ。『ガンダム』は転向左翼の文化として捉え直すべきだ、ということはかつて論じたので繰り返さないが、ぼくが『ガンダム』に当時も今も全く”乗れない”のは、安彦がクルド族の内戦をテーマにした作品を描いたことも含め、彼らは自分たちが敗北した運動の代償行為をあたかも自分たちにのみ「わかる」かのようにアニメやまんがの中で「隠語」として描き、しかし、それが透けて見える下の世代としては、何よりその点にうんざりしたからだ。描くなら正面から描けばいいのに、とぼくはいつも感じていた。


 1958年生まれの著者・大塚英志さんには、すぐ上の世代の「創作物」の背景が見えていたんですね。
 「おたく」が愛した作品たちは、イデオロギーの「隠語」でもあったのです。
 「当時はそれが、あたりまえの時代だったのだ」とも言えるのですけど。


 大塚さんはエロ雑誌の敏腕編集者として、あるいは、「おたく文化」の語り手として、この時代を駆け抜けていった人のひとりなのですが、大塚さんは、この本のなかで、自分がみてきた「おたく文化」の内実とその登場人物たちを、当時の視線で語っているのです。
「成功者」になってから、後付けで美化されたものではなく。
 僕にはよくわからない名前も、かなりたくさんありました。

 宮﨑勤のあまりにも有名になった、数千本のビデオが積み重ねられた部屋のいくつかの写真。そのうちの一葉には、万年床のように見える、だらしなく敷かれたままの布団と、枕元に一冊のエロ本が配置されているような写真がある。エロ本は確か『若奥様の生下着』と題する劇画誌である。布団も劇画誌も確かに彼の部屋にあったものだが、この写真におけるこれらの配置は、当時彼の部屋に足を踏み入れたカメラマンの一人によって配置し直されたものである可能性が当時から指摘されている。
 この布団とエロ劇画誌の存在が実は、この写真の意味を大きく変えてしまっている。エロ本と布団が存在しなければ、ぼくたちは数千本のビデオの山から性的な印象を受けとることはほとんど不可能だったろう。エロ本と布団が、この写真を了解可能な性犯罪者の部屋に仕立て上げている。


 著者は、『若奥様の生下着』というのは「ロリコン青年」というイメージとは異質であることを指摘しています。
 あの部屋にあったビデオのなかで、ホラーやロリコンものは1%にも満たないと公判に提出した意見書にも記したそうです。

 
 あの事件はあまりにも衝撃的なものでしたし、「動機が何であれ、許されないことをした」のは間違いないと僕は思います。
 ああいうことをするヤツは「おかしい」のだ、と思い込みたい一方で、「僕自身も宮崎勤側の人間ではないか」という不安を抱いていました。
 

 とにかくボリュームがある新書なのですが、もっとも印象的だったのは、福田和也さんについて語られた章での、こんなやりとりでした。

 そして別の論壇誌の編集者が「福田(和也)さんの話を聞いていると勇気がわいてくるんですよ」と熱っぽく語るに及んで、ぼくはいつか彼が論壇誌に書いた論文を読み、そして困惑した。
 その困惑はその直後に石川好と対談した折に彼が「君たちの世代からどうして彼のような思想の持ち主が出てくるのかわからない」とつぶやく形で、思いがけず第三者の口から語られることになる。加藤典洋からも同じことを聞かれた。その時、ぼくは「ぼくらの年代というのはそもそも主体というのがなくて、その代わりに情報処理能力とそれに基づく擬態みたいなものが得意で、おたく的関心の対象をアニメやゲームではなく”保守”に向けることができれば彼のようにそれらしい”保守”を演じることができるのではないか」という意味の解説をした記憶がある。それは今に至るまで福田和也へのぼくの根源的な疑惑として実はある。彼は本当に「日本」なり「国家」なりをアイデンティティの拠り所として必要とする国の人間なのだろうか、と。


 今のネットでのさまざまなやりとりをみていると、まさにこの「主体がなく、イデオロギーもないけれど、情報収集能力には非常に長けていて、議論をゲームとしてとらえ、相手を打ち負かすことが目的になっている人たち」が少なからずいるように感じるのです。
 自分自身で考えていること、伝えたいことはなくて、相手の主張を打ち砕く、あるいは、議論に勝つための道具として、何かを信じているような振る舞いをしてみせることができる人。
 そういう、すごく高性能のAIみたいな人たちによって、「誰も本気で信じていないことが、世の中でどんどん正しいことにされていく」のではないか、と危惧せずにはいられません。
 福田和也さんが「擬態」なのかどうかは僕にはわかりませんが。


 「日本のおたく(オタク)史」を語るうえで、避けて通れない一冊だと思います。
 ひとりの人間の目で実際に見た世界だからこそ、あの時代の「空気」が伝わってくるのです。