琥珀色の戯言

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【読書感想】巨大アートビジネスの裏側 誰がムンクの「叫び」を96億円で落札したのか ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容紹介
2012年、ムンク「叫び」が当時の史上最高落札価格を更新する1億700万ドルで落札された。オークション会社サザビーズの手数料を加えると1億2000万ドル。当時の為替レート、1ドル80円で換算すると96億円! 


オークション会場で展開された息詰まる一騎打ち。ただよう緊張感。そして高値を引き出すオークショニアのテクニック・・・。
マドンナ、ディカプリオ、エリック・クラプトンビル・ゲイツといったセレブや、ビジネス界の大物、億万長者ならぬ「兆円長者」たちが、しのぎを削る華やかなオークションの舞台裏へ、アートビジネス裏の裏まで知りぬいたサザビーズジャパン前社長で、世界的な富裕層と交流のある著者がご招待。


戦乱やインフレにも強いアートは資産としても位置づけられており、富裕層の「資産の20%はアート」とも言われている。そのためアート市場は巨大化、グローバル化しつづけている。欧米だけではなく、中国、ロシア、中近東など新興国が台頭する一方、日本は大きな遅れをとっている。


日本にいては目の届かない世界のアート産業の今が分かる!


 著者は、世界の二大オークション会社の一つ、サザビーズで経験を積み、サザビーズジャパンで前の社長を務めていた方です。
 その「最前線にいた人」による、「現代アートビジネスの舞台裏」は、かなり興味深いものでした。
 世界にはまだ「上流階級」みたいなものが、厳然として存在するものなんだなあ、なんて感心しましたし。

 (ムンク「叫び」の)落札額は1億ドルを超えるとみられていたから、1億2000万ドル、約96億円は大方の予想通りだった。
 「叫び」の落札以降も、美術品の値上がりは止まらず、最高価格は更新され続けている。2013年11月にはクリスティーズで現代美術の巨匠フランシス・ベーコンの「ルシアン・フロイドの三部作」が1億4240万ドル(141億7000万円)、2015年5月にはクリスティーズパブロ・ピカソの「アルジェの女たち」が約1億7900万ドル(約215億円)で落札された。よく混同されるが、印象派後から1944年までが近代、1945年以降が現代になる。
 最近の相場は大雑把に言うと、印象派、近現代の名作が25億円以上、ピカソクロード・モネの代表作が60億円以上、その世紀を代表する作家の希少性の高い作品で120億円以上、ポール・セザンヌジャスパー・ジョーンズクラスの最高のドローイングで30億円だろうか。その1点だけで美術館に人を呼べるような有名な作品になると、200億円から300億円以上にもなる。


 この本を読んでいて驚いたのは、ピカソとかゴッホのような誰でも知っている大家だけでなく、現代美術の作品も、かなりの金額でやりとりされるようになってきている、ということでした。
 そして、エリック・クラプトンやマドンナ、レオナルド・ディカプリオのようなハリウッド・セレブたちもアートを愛好していて、資産運用に活用しているようです。
 有名なアート・フェスタでは、「ディカプリオが歩いていても、(いつも来ているので珍しくもなく)誰も振り返りもしない」のだとか。
 僕には一生縁のない世界だよなあ、そういうのって。
 でも、今売り出し中の若手アーティストの絵を集めている人の中には、そんなに大金持ちではなく、好きで細々とコレクションしている、という小金持ちクラスの人もいるらしいです。
 ヘタな財テクよりも、好きなアートを買ってみるというのは、趣味と実益を兼ねていて、面白いかもしれませんね。


 この本のなかでは、「オークショニア」についての記述がけっこうあるのですが、『ハンマープライス』の杉本清さんを観ていた僕としては、「ただの司会進行役ではないんだな」ということがわかって、合点がいった気がしました。
 高値がつきそうな作品では、オークショニアが「指名」されることもあるそうです。

 では、どんな人がオークショニアに向いているのか。「三十分も練習させれば適性がわかる」と豪語する講師によれば、
「外交的な人より、多少内向的な人。内に秘めたものをオークションという舞台で一気に発散できる人」
 だという。

 と、著者はオークショニアの「適性」について述べています。
 杉本清さんは、これに、あてはまるのかな……


 「アートの価格」というのは、素人にはよくわからないところがあります。
 著者によると、サザビーズでは、専門家たちが集まって、ごく短い時間に雑談をしているうちに、あっさり意見が一致してしまうことが多いそうですが、寡作の作家だから、評価額が高い、というわけでもないのです。

 アートマーケットでは、数が少ないことに価値がある一方、ある程度の点数が世の中に出回らないと市場が形成されない。誰もが名前を知っているサルバドール・ダリアンディ・ウォーホルは1万点以上、ピカソは2万点もの作品があると言われている。世界中で売買され、あちこちに展示されることで認知度が上がり、ほしい人が増えて、初めてマーケットが形成される。
 17世紀オランダの画家、ヨハネス・フェルメールの作品は、世界中にわずか三十数点しか残されていない。もし市場に出てきたら、間違いなく高値が付く。それでも、今はウォーホルのほうが高い。


 日本ではフェルメールのブームが続いていることもあり、稀少な分だけ、フェルメールのほうが高いだろう、と思っていたのですが、市場的には、必ずしもそうではないんですね。
 まあ、どちらにしても、僕に手が届くような価格ではないのですが。
 

 著者は、「作品購入の際の注意点」をこんなふうに述べています。

 ここで気をつけなければいけない点を二点だけ説明しておこう。
「Don't put all your eggs in one basket (すべての卵を一つの籠に入れない)」は投資の基本中の基本だが、美術品の場合は必ずしもそうではない。後世まで残るのは、常にその作家のトップクラスの作品のみだ。だから、多少無理をしても最高の一点を買ったほうが、中途半端なのを二点買うよりもいい。また、長期間所有していると小さな傷口も徐々に広がるから、作品の修復の有無も重要になってくる。
 逆に若手作家の作品を収集する場合には、五人から十人くらいに分散したほうがいい。いくら独創的で技量があると見込んだ作家でも、その後若くして亡くなることもあるし、創作意欲がそのまま続くか否かまでは見通せない。一人の作家に集中するのはリスクがありすぎる。自分が90年代のディーラー時代に立ち上げた企業コレクションでも、十五人位の若手の中で巨匠になったのは、リチャード・プリンス、クリストファー・ウールの二人くらいだった。それぞれ5万ドル(約600万円)以下で購入した作品が、今では5億円単位になっている。
 それから、資産として若手作家の作品を購入する場合、ある程度美術史を学んで、専門家のアドバイスを仰いだほうがいい。いくら感性があっても、感性だけでは単なる巨匠似の二番煎じの作品を選んでしまう。本当に後世に残るのは従来の価値観を覆す作品で、その中には違和感を覚える作品も結構ある。美術史を知らずにそれを見分けるのは難しい。それに比べて巨匠の作品は時の試練を経ているので高値だが、資産としては安定している。やはり、高いには、高いなりの理由がある。


 著者のような「目利き」でも、15人のうち2人しか「当たらない」世界ではあるんですね。
 それでも、成功した作家の作品は100倍にもなっているのですから、賭けとしては「大勝」なのですが。
 そして、現代美術というのは「見た目の綺麗さ」よりも、「背景」というか「文脈」みたいなものが重視される傾向があるようです。
 たしかに、素人が「この絵がキレイ!」で買っても、「当てる」のは難しそうです。
 ジャクソン・ボロックとか、僕は今でもサッパリ分かりません。
 良い悪いじゃなくて、本当に「わからない」のです。
 

 現代アートの世界、とくに、「現代アートは、どんなビジネスになっているのか」について興味のある人には、読みごたえのある本だと思います。
 書いてあることを実際に活かせる人は、そんなに多くはないかもしれないけれど。