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【読書感想】切り裂きジャック 127年目の真実 ☆☆☆

切り裂きジャック 127年目の真実

切り裂きジャック 127年目の真実


Kindle版もあります。

切り裂きジャック 127年目の真実 (角川書店単行本)

切り裂きジャック 127年目の真実 (角川書店単行本)

内容(「BOOK」データベースより)
1888年にロンドンを震え上がらせた連続猟奇殺人「切り裂きジャック」事件。5人の売春婦がバラバラにされ、犯行予告が新聞社に送りつけられながら迷宮入りしていた。しかし被害者が身につけていたショールを著者がオークションで落札したことから、歴史は動き始める。最先端の科学技術が時空を遡り、真犯人に迫る!ミステリーを読むような面白さ。息を呑むルポルタージュ


 今、明かされる、『切り裂きジャック』事件の真犯人!
 著者は警察関係者でもノンフィクションライターでもなく、ジョニー・デップ主演の映画『フロム・ヘル』をきっかけにこの事件に興味を持ち、のめりこんでいった実業家です。
 それが、オークションで落札した、「被害者が身につけていた(とされる、一枚のショール)」をきっかけに、「世界で最も有名な未解決事件」の真犯人に迫っていきます。


 タイトルに「127年目の真実」という言葉が入っているのですが、この127年の間、切り裂きジャックの正体について、さまざなま人が推理、推測してきました。
 有名な文化人やある国の王子を「犯人」とした説なども流布されており、まさに「なんでもあり」だったのです。


 この事件は、ロンドンで売春婦をターゲットにした犯罪であり、内臓をえぐり出して遺体の横に並べておく、というような猟奇的な殺害方法にも、大きなインパクトがあったのです。
 僕は「切り裂きジャック」の事件の概略しか知らず、この本の前半で紹介されている事件の経緯を読んで、ようやく「こういう事件だったのか」と理解することができました。
 19世紀末のロンドンでは、ちゃんと検視が行われていて、当番の医者が午前2時とかに呼び出されて遺体を確認していたのか……と、感心するところもあったんですよね。
 もちろん、いまの科学捜査に比べれば精密さ、正確さには劣るけれども、イギリスでは、いまから100年以上前に、ここまでちゃんと捜査が行われていたのだな、と。


 しかし、127年前の事件の「真相」なんて、どうやって調べるんだ?
 僕もそう思っていました。
 おそらく、この本でも、「真実」と銘打った、著者のセンセーショナルな推理が繰り広げられるのだろうな、と予想していたんですよ。
 いくらなんでも、127年前のショール1枚から得られる情報なんて、たかが知れているだろう? そもそもそのショールって、「本物」なの?

カタログの別のページには、ショールの大きな写真とともに次の記載がある。


出所:出品者の家族に語り継がれる話によれば、彼の曾祖母の兄弟に当たる、当時ロンドンのイーストエンド、ミトル広場付近に配属されていた巡査部長代理アモス・シンプソンが、切り裂きジャック殺人の被害者キャサリン・エドウズの死体から直接取得したショールとされている。しかし、この言い伝えは一部では信憑性を疑われているため、入札にあたっては事前に事実関係の下調べを行うことを推奨する。ショールはロンドン警視庁の犯罪博物館(ブラックミュージアム)に一時期保管され、2006年に5チャンネルの特別番組で犯罪科学鑑定を受けたが、被害者の物だという結論には至っていない。


 これって、「本物」なの?
 偽物をつかまされてるんじゃない?
 こんなのを信用するなんて、酔狂な……
 ちなみに、当時のロンドンの警察では、被害者の遺留品を警察関係者が勝手に失敬するような行為は、珍しくなかったそうです。いまのような科学捜査の時代ではありませんでしたし。このショールも「家で何か使えるかもしれない」ということで、アモス・シンプソンさんという人が、上司にお伺いをたてたあと、持ち帰ったのだとか。今から考えると「すごい話」なのですが、おかげで、こうして127年後に「真犯人の同定」に役立ったのです。


切り裂きジャック」事件の舞台は、ロンドンのイーストエンドなのですが、この地区は、当時、ロンドンのなかでも特に治安が悪い地域とされていました。
 人口が増えたロンドンで、その日暮らしの人々が、この地区に集っていたのです。

 男性は毎日違う仕事を渡り歩いた。多くは軽犯罪に手を出していたし、一部は重犯罪にも手を染め通行人を襲うため、夜は物騒になった。女性は花、刺繍、マッチなどを売ってその日の生活費をひねり出し、追い込まれれば身体を売った。客を連れていく場所がないため、人目につかない暗い路地や袋小路を利用した。一回のサービスにつきわずか四ペンスを稼ぎ、それをそのまま宿泊代にまわした。売春は違法だったが、警察はイーストエンドで売春を許容しておけば治安の良い地域に広がるのを阻止できると考え、見て見ぬふりをした。売春婦は強盗にとってだましやすい餌食でもあったため、よく暴力の犠牲になった。

 売春婦は「不運なもの」とも呼ばれ、私もこの呼称の方を好む。彼女たちの多くは専業で売春をしているわけではなく、普通の仕事で生計を立てようとしたが、飢えか、野宿か、身体を売るかという選択に迫られやむなく売春に引きずり込まれたからだ。切り裂きジャックが凶行に及んだ時期、イーストエンドには身体を売る女性がおよそ1200人いた。

 こういう「社会的な背景」もまた、「切り裂きジャック」を修飾する要素だったのです。
 凄惨な連続殺人が起こっているあいだでさえ、身体を売らなければ生きていけない女性たちが、当時のロンドンにはいたのです。
 そして、「切り裂きジャック」のおかげで(と言うべきなのか……)この地区の治安は、改善されていくことになります。


 この「切り裂きジャック」とは、何者だったのか?
 そして、5人目の殺害のあと、事件が起こらなかったのは、なぜなのか?


 読み進めていくうちに、著者が極めて科学的に、「切り裂きジャック」の正体に迫っていくことに驚かされました。
 あまりに科学的すぎて、DNA解析に関する説明などでは、眠気を催すほどでした。
 著者は、犯人を「推理」するのではなく、ある人物が犯人であることを、科学的に「証明」しようとしたのです。


 著者と協力者の、そして、関係者の協力のおかげで、この本のなかで、「史上最も有名な未解決事件」の犯人は、おそらく、この人で間違いないだろう、という結論が出されています。
 

 ただ、僕自身は「切り裂きジャック」への予備知識があったり、興味をすごく持っていたわけでもないため、結論を読んで、著者の執念に敬服した一方で、「真実というのは、往々にしてドラマチックではないものだな」と感じたのも事実です。
 あと、殺害された女性たちの描写や当時の写真(被害者の写真が白黒で1枚掲載されています)は、かなり凄惨なものなので、そういうのが苦手な人は、避けたほうが無難でしょう。
 この事件をずっと追ってきた人にとっては、数学者たちが「フェルマーの最終定理」が解かれたことを知ったときのような感慨があるのだろうな、とは思うのです。
 でも、登場してくる容疑者たちに思い入れのない僕にとっては「最近の科学捜査はすごいな、こりゃ、連続殺人なんてやったら、絶対にすぐ捕まりそうだ」というのが、率直な感想だったんですよね。


 「切り裂きジャック」に興味を持っている人にとっては、最高の「謎解き」だと思います。
 そうじゃない人に、興味を持たせるような内容かどうかは微妙かな。
 ただ、著者の証明が正しいとすれば、この犯人は、どうやって解剖学とかの知識を得ていたのか、あるいは、経験だけで可能なことだったのか、個人的に疑問ではあるんですよ。
 結局のところ、そういう、誰かが指摘する「小さな疑念」が完全に解消されない限り、この事件は終わらないのかもしれませんね。

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