読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

【読書感想】アメリカの大問題―百年に一度の転換点に立つ大国 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
アメリカはいま、百年に一度の転換期に立ち、三つの大問題に直面している。第一は格差と移民の問題。EUは100万人の難民で大騒ぎになったが、アメリカは過去25年に亘り年平均100万人の移民を受け入れており、16年大統領選挙の争点となった。第二は力の行使の問題。全家庭の43%が銃をもつ米国は力の行使を是とし、長年「世界の警察官」を自任してきたが、一転して孤立主義に立つ可能性が生じている。第三はエネルギーの問題。シェール革命後どのようなエネルギー・モデルを構築するかによって、この超大国の命運は決まる。歴史的転換の本質を外交官の目で読み解く。


 著者は、2013年の秋から2年間、ヒューストン総領事としてアメリカに赴任されていた方です。
 外交の最前線に立ち、アメリカの担当者と丁々発止のやりとりをし、現地で生活しながら感じた「現在のアメリカが直面していてる3つの大問題」について、この新書で分析しておられるのです。
 その3つの大問題とは「格差と移民」「力の行使(軍事力の行使や銃の規制について)」「エネルギー」。
 これら3つのテーマに沿って、この新書は書かれているのですが、「日本からみたアメリカ」と「アメリカからみたアメリカ」の違い、みたいなものがうまく掬いとられていて、感心しながら読みました。
 日本人である僕の感覚からすれば、「なんでアメリカ人はあんなことをするんだろう、ちょっとおかしいんじゃないか?」と思うようなことでも、彼らの立場からみたら、それなりの合理性があるんですよね。
 「そういう視点」を無視して、日本人の、太平洋を挟んだ外側からの感覚だけで考えても、ギャップはなかなか埋まりません。


 アメリカの「格差」は、あまりにも大きいように僕には感じられます。

 すでに述べたように、行き倒れが病院のERに担ぎ込まれたら、一文無しでも治療が受けられる。そこまで極端なケースでなくとも、例えば、働くことのできない障害者や親のいない子供といった社会的弱者を支援する施策に反対する人はいないだろう。
 しかし、貧困層に対する食費補助になると、いろいろな意見が出てきる。1964年に民主党のジョンソン大統領によって始められた、アメリカの代表的貧困対策、通称フードスタンプに関しては、民主党と共和党が対立している。
 この、正式名「補助的栄養支援プログラム(SNAP)」では、貧困層に一人当たり平均130ドル弱のクーポン券(最近はカード)が配布され、受給者はそれで食料品を買うことができる。受給者は年を追うごとに増え、現在では4500万人と国民の7人に1人の多数に上る。総支給額は690億ドルと、日本円にして8兆円近い。
 日本の生活保護費受給者が217万人と国民の2%にも満たないのと比べると、アメリカのフードスタンプ受給者がいかに多いかがわかる。この人たちは、全て給付を受けるべきなのか。共和党は、フードスタンプの受給者を減らしていくべきだと主張している。
 さらに、この最低限の生活の保障を、アメリカ国民以外にどこまで広げるかというのも悩ましい問題である。すでに1100万人に膨れ上がった不法移民の中でも、子供がアメリカ国内で生まれれば、不法滞在者といえどもアメリカ人の親である。


 「自己責任」というイメージが強いアメリカなのですが、7人に1人が、フードスタンプの受給者なのです。
 日本の生活保護に比べると、一人あたりの受給額は低そうなのですが、どうしようもなくなってしまっている人に生活できるだけのお金を出すのか、生活が苦しい人たちに食費だけでも少額ずつサポートするほうが良いのか、というのは、なかなか難しい問題です。
 いわゆる「不法移民」も含めて、アメリカは多数の移民を受け入れている国で、移民に対して、どこまで援助していくのか、というのも悩ましい。
 お金が無尽蔵にあるのならば、彼らに十分な援助をしても、文句は出ないでしょう。
 しかしながら、元からアメリカに住んでいて、ギリギリの生活をしている人たちは、不法移民の存在が、自分たちへにまわってくるはずの社会保障費を減らしているのではないか、とか、そもそも、なんで他所から来た連中が「われわれの税金」で助けられるのか?と考えてしまうのです。
 彼らは、アメリカのために何かしてきたわけではないだろう、と。

 トランプ氏は、アメリカ国民が何を望んでいるかを知っている。大量の不法移民の流入とイスラム過激主義によるテロリズムは、アメリカ国民に経済的、そして治安上の、ぬぐい去ることのできない根本的な不安をもたらすものであり、単なる一過性の問題ではない。そして本章で筆者が述べたとおり、移民の問題は格差の問題と密接に絡んでいる、今世紀のアメリカ内政上の最大の問題である。
 この大問題に対する処方箋を何ら示すことなく、冷静になって慎重に判断すべきだと「政治的に正しい(politically correct)」正論を吐くだけの既存の政治家に安心できず、怒りさえ覚える国民がいる。 

 トランプ氏は、このような国民の真っ当な不安感、焦燥感そして怒りに率直に向き合っている。これまでワシントンの経験の長い政治家の「政治的正しさ」にがんじがらめにされた物言いに辟易して政治から離れていた人々が、トランプ氏に帰ってきているのである。それが彼の人気の原動力になっており、この点がトランプ現象の一つの本質である。

 日本でも「生活保護バッシング」をやっている人がいることを考えると、トランプ支持者は「政治的に正しくはない」のかもしれないけれど、自分の気持ちには正直だと言えるのかもしれません。
 そもそも、「政治的な正しさ」というのは、恵まれた人々に押しつけられたものではないのか?


 アメリカの銃規制についても、日本人の感覚からすれば、「銃がなければ、銃による犯罪で亡くなる人は減るはずなのに」と思いますよね。
 2012年には、フロリダ州で17歳の黒人の高校生が自警団としてパトロールしていたヒスパニック系の男性に射殺されました。
 オバマ大統領は、この事件に関して、自らの経験を語りながら、「こうして撃たれたのは自分だったかもしれない」と国民に対して痛切な訴えを行なったのですが、それでも、銃規制への道は遠いようです。
 「全米ライフル協会」というのは、西部劇の世界を引きずっているような過激で時代錯誤な圧力団体、というイメージを僕は持っているのですが、彼らの主張にも否定しきれない面はあるのだ、と著者は述べています。
 2014年には、全米での銃で命を落とした人数は、交通事故の死者を上回っているにもかかわらず。
 オバマ大統領は、2016年1月に銃購入者の身元調査を徹底する大統領令を発表しましたが、これもアメリカでは賛否両論なのです。

 この大統領令は、これまで起こった多くの乱射事件の犠牲者の遺族をホワイトハウスに招いて行なわれた、大統領自身のスピーチにより明らかにされた。中でも20人の小学校1年生を含む26人が犠牲になった、コネチカット州のサンディフック小学校乱射事件に言及したときに、大統領が涙を流したその姿は、スピーチを聞いた人の印象に残るものであった。
 しかしオバマ大統領に同意するアメリカ国民は半分に過ぎない。アメリカ人の銃を持つ権利に対する支持には、我々日本人には想像できないほど根強いものがある。
 テキサス州選出の共和党のゴマート下院議員は、犠牲になったサンディフック小学校の女性の校長がM4(陸軍標準装備のライフル銃)をもっていたら、彼女は素手で犯人に立ち向かわずにすんだのであり、乱射事件は防げたかもしれないと発言した。この発言は非難を浴びたが、サポートする意見もあり、賛否両論といった反応だった。
 そして、銃所持の権利は否定されるべきでないと考える人の比率は、1959年から半世紀以上かけて、36%から72%へと倍増した。オバマ大統領がスピーチで言及した度重なる銃の悲劇は、結果的に人々を武装に走らせたわけである。


 著者は、1966年にテキサス州オースティンのテキサス大学の時計塔に登った25歳の白人学生が、そこから眼下の通行人をライフルで狙撃して16人の死者と32人の負傷者を出した事件を紹介しています。
 いまからちょうど半世紀前に起こったこの事件の際、警察の標準装備は短銃で射程距離が短かったため、役に立ちませんでした。
 そんななか、多くの一般市民が自発的にライフル銃を持って時計塔に近づいて犯人を狙撃し、犯人の身動きをとれなくして、犠牲者を減らしたのです。
 日本のように、相手も銃を持っていないことが当たり前の社会なら、お互いに持たないほうが安全だろう、と思うはずです。
 それに対して、アメリカ人は、「いざというとき、銃を持っている相手に対して、何もできないかもしれない」と考えてしまうのでしょう。

 読者の皆さんは、そこまでして家庭で銃をもっていないと心配だと感じる心理状況自体が、銃社会の病理を反映するものだと思うかもしれない。しかしそれは、日本のような平和な社会の発想である。
 すでにアメリカ国内には、2億丁を超える銃が出回っている。その持ち主には、犯罪者も心に病を抱えた者もいるであろう。彼らの放つ凶弾の犠牲になるくらいなら、善良な市民の側でも、憲法で認められている正当な権利を行使して銃を携帯すべきであるとの考えがあっても、何ら不思議ではない。
 それに加えて、銃規制を説く有識者の中には、ガードマンを雇って安全な所に住んでいるため、自ら銃を持つ必要がないような人たちがいる。そのような人が、自分は恵まれた境遇にいることを棚に上げて、ガードマンを雇えない人が家族を自分で銃で守ろうとする権利を奪おうとするのは許せないというロジックに、説得力を感じる人も多い
 全米ライフル協会(National Rifle Association:NRA)は、このような議論を展開し、支持を広げている。オバマ大統領、ヒラリー・クリントン氏、そしてブルームバーグニューヨーク市長は、恵まれたエリートだから銃規制を唱えていると批判される。こうして、銃所持の権利を主張することに、貧しい者の味方であるとのニュアンスが加わる。


 銃規制と「格差問題」と結びつけて語られると、「持てる者」は、なかなか反撃しづらそうです。
 そして、「恵まれたエリートだから、理想主義に酔える」という主張には、一面の真実もあるような気がします。


 シェールガス時代のアメリカのエネルギー戦略と中東とのパワーバランスなども、わかりやすく紹介されていますし、アメリカからみた「アメリカの本音」がわかる新書だと思います。
 日本の話があまり出てこないのも、たぶんそれが、「アメリカにとってのいまの日本に対する評価」だからなのでしょうね。